アラウンド・ザ・シークレット

序章・とりあえず勢揃い

一 打ち合せ 

 魔王は悩んでいた。一応、筋書き通りに光の王女をさらってきたのだが、そもそもどうして自分がこんなことをしなくてはならないのか、よく分からなかったからである。
「私は魔王だな」
「はい、そうです」
「なんで、私はあんな小娘をわざわざ自ら出向いて、さらってこなくてはならなかったんだ?」
 ゴシック調にきらびやかに飾られた大きな椅子の上から、とりあえず手近にいる側近のセラフィムに聞いてみる。素直なのが彼の長所で、セラフィムは黒い革表紙に銀箔で「シナリオストーリー」と押されている分厚い本を取り出すと、そのページをめくって魔王に見せた。
「ええと、魔王様はラスボスってことになってますね。わたくしめはその前の、露払いを割り振られているようです」
「単なる配役か?」
「そのようで……あ、違いますね。魔王様は三変化することになっていて、二段階目からはスーパー・ドミネンス魔王になってます。ここからはスタントマンですね。魔王様の出番は初めに二回、最後にちょっとです。あ、あと勇者の親友をそそのかし、寝返らせるってのがあります。それだけですね」
良くも悪くも素直なのがセラフィムである。本を閉じ、彼はあっさりとそう言ってのけた。
 CGの張りぼての前で、魔王は角の生えている頭を振った。くるぶしまでの長い、紺色の髪が揺れる。なんでもこの髪は今回の契約に入っており、「出演中は絶対に切らないで下さい」とくどく念押しされていた。
「せこい……私の役回りはそんなにせこいのか? あんなどうやっても使えない剣士の一人や二人、こっちにもらってどうしようというのだ」
 魔王はあぜんとしていた。だいたい勇者に死なれては困るから、相手のレベルに合わせて人員配置をしなくてはならない。それだけでも一苦労なのにザコ戦にも出ず、ボス戦の援護にも出せないただ飯食いが一人増えるのだ。しかもストーリーの中盤から後半にかけてと聞いて、魔王はがっくりしてしまった。
「で、そいつはどこで裏切ることになってる」
 どうせそこで四大将軍のうちの誰かがいなくなるのだろう。水精将か雷精将あたりを当てておこう、魔王はそう思い、だるそうにセラフィムに聞いた。
「ラストダンジョン直前、わたくしの前ですね。あ、ちょっとこれは大変ですよ」
どれどれ、と魔王は椅子から降りて彼の側近が持っている本を覗き込んだ。ちらっと内容を一瞥し、青白い肌をした、整った顔を歪ませる。
「……これはひどいな。どうにかならんのか」
「こちらにも都合がありますからねえ。あ、王女様も返してあげないといけないですね。どうしましょうか……ここでサーキュラーを出してしまうと、町につくまでの王女様の護衛がいませんよ。わたくしはその後に戦闘がありますしねえ」
敵方の剣士、カーンが王女を連れて逃げ出すシーンは、四大将軍がすべて全滅した後だった。
 魔王は頭を抱えた。カーンだけでは、おいはぎ街道を王女を連れて抜けるのは無理だ。こっそり護衛をつけて守ってやらねばなるまい。もちろんモンスターからではなく、夜道に出没する盗賊どもからだ。
「仕方がない。私がやるしかあるまい」
えっ、とセラフィムが驚く。
「魔王様、おんみずから、ですか?」
「この時期、誰もこの城にはいないだろう。しかたがない。それにしても……やつらにここまでしてやる必要があるのか?」
「しょうがありません」
 ウェーブのかかった白い髪をして、赤いマントをはおったセラフィムは言った。彼はあきらめもよかった。
「初心者向けRPGですからねえ。ユーザーには親切に、そう設計書に書かれていますから」
「次の出演は断ろう」
 次作もあると魔王は聞いていた。こんなに大変で、しかも「単なる敵役」だけではわりに合わない。主人公達の倒すモンスターを揃えるだけで、彼は五誌のアルバイト雑誌に求人を出さざるをえなかった。それでも足りないのだ。
「そうしましょう」
セラフィムがうなずく。彼もこの企画が持ちあがってからろくに休みを取れず、疲れ果てていた。
 シリーズ物のロールプレイングゲームが主人公は変わらないのに、作品ごとに最終ボスが変わるのは実はこのためなのであった。最近では魔王やマッドサイエンティストでは引き受け手がいず、野望に燃える君主あたりに話がいっているらしい。しかし、彼らがやらなくなるのも時間の問題と言われていた。
「これが終わったらどこか風景のいいところにでも行こう」
 魔王は言った。
「もう赤い三日月だの、捻じ曲がった魔界樹だのにはうんざりだ。この城にも地下にダンジョンを作ってしまったから、迷子になる者が絶えない。いっそのこと、南の島にでも行くことにしよう」
「そうですねえ。まだ始まってもいないのに、わたくしも疲れてしまいました」
 セラフィムが同意した。そこにはない青い海と明るい陽射しを夢見つつ、彼らはゲームがはじまるのをぐったりとしながら待っていた。


二 光の王女

 なかなか居心地のいい場所だった。王女フーシャは明るくライトアップされた部屋で、魔族セラフィムのいれたお茶を、おいしくご馳走になっていた。
「魔王様がこれを王女様にとおっしゃられて」
 彼は奥に向かって手をたたいた。出てきたのは数種類にも及ぶケーキの皿である。岩石のような風体の召使いはテーブルにそれを置くと、ていねいにお辞儀をして立ち去った。
「急いで用意させたんですが、お口に合いますかどうか。どうも、こう、若い女性がいるのは初めてで……。無骨者ばかりなんで、何かあったら言っていただければ何とかしますから」
 ベルガモットがほのかに香る。この紅茶も急いで買ってきたのだろう。ちょっと濃い目かげんのアールグレイを飲みながら、フーシャはにっこりと笑った。
「いいえ。そんなに気を使っていただかなくても大丈夫ですわ。みなさんお優しいし、わたしはここがけっこう気に入ってますの」
 嘘ではない。パーティを組んで彼女を取り返しにくるはずの婚約者より、この城のモンスター達のほうがよっぽど親切だった。魔王なぞはその最たるもので、格好をつけてあれこれ文句を言ってはいるが、ここまでの道中、やれあれはないか、これはどうしたと彼女を構いきりだったのである。
「わたしの国では午後にお茶の時間がありますの」
 来るときにフーシャはそう魔王に言った。だからであろう、午後三時になるとセラフィムは何をおいても彼女のところに飛んでくる。魔王に彼女を退屈させるなと厳命されているのだ。
「おいしいですわ、とっても」
 苺ののったミルフィーユを一口食べて、フーシャは心からそう言った。その銀鈴を転がす声を聞き、セラフィムはほっとした顔になる。彼はきのう、彼女が甘いものが食べたいと言ったのを見逃さなかったのだ。
「そうですか」
 王女にすすめられ、セラフィムもケーキを頂くことにした。モンブランの山を崩しながら、おいしいものですねえ、と声を上げる。
「でも食べ過ぎると太ってしまいますわ。注意しないと」
「王女様はやせすぎです。少しくらい肉がついたほうがいいと思いますよ」
「そんなことないですわ。それに太ったら魔王様の用意してくれた服が入らなくなってしまいます」
それはそうですねえ、とセラフィムがのんびり言った。それでもフーシャは誘惑に勝てず、二個目のケーキに手をつけた。
「いいのですか、お太りになっても」
セラフィムがからかう。いいんです、と十七才のフーシャは自分の欲求に素直になることにした。それにこんな荒れ果てた山のてっぺんからふもとの村まで、自分のためにわざわざケーキを買いに行ったことを考えると、食べないで残すのもなんだか悪いような気分になる。自分の国ではフーシャはそんなことを考えたことはなかった。
 この城は平和で満ち足りていた。フーシャは自分が国に帰るつもりなど全然なく、ずっとここにいたいと思っていることに気がついていた。
(魔王様、あの男をやっつけてくれないかな)
国に帰ればむりやり結婚式を挙げさせられる。たいして自分を好いていない男と結婚したって、面白くもなんともないだろう。それよりここで魔王やセラフィム達にかまわれていたかった。そっちのほうがずっと良かった。
「ジークはどの辺まで来ているのかしら」
 カップを置き、ひとり言のように彼女は言った。おや、とセラフィムが聞き耳を立てる。それも計算の上だ。
「ここにくるのは大変なのに……もしかして、辿りつかないかも」
くすくすと笑い、彼女は続けた。
「こなくってもわたしは困らないのだけど」
 セラフィムは聞いていなかったふりをした。けれどもこの言葉はちゃんと魔王に伝わるはずだった。このケーキのように、だ。
「お茶をもう一杯いかがですか」
 白髪の魔王の側近が、優しく声をかけてきた。フーシャは可憐にほほえむと、香気の立つ暖かい飲み物のお代わりをもらった。


三 勇者ジーク

 場面は変わってこちらは魔王達のかたき、このゲームの主人公たる勇者ご一行様である。総勢五人、いずれもたいした荒くれ者ばかりだった。道々のモンスター達から金をせびりとり、立ち寄った村では勝手に他人の家の引き出しを開け、とやりたい放題である。
「しけてんな、傷薬だとよ」
 戦闘終了後、気持ちよく風がそよぐ草原でジークが言うと、親友のカーンは無愛想に答えた。
「序盤はこんなもんだろ。それにしてもエンカウント率が低くねえか。ここらで少し経験値を稼いでおかないと後が大変だぞ」
「まったくだな」
 その後ろからついてくるのは紅一点、攻撃魔道師の明華、回復専門のタリオン、それからスピードだけが取り柄のヤコブである。おかまいなしにずんずん歩いていく二人のあとを、彼らは一生懸命追いかけていた。
「あたしは経験値稼ぎに同じところをぐるぐるまわるのはヤだからね」
明華が言うのにヤコブも同意した。
「ダンジョンに何度も入るのもやめてほしいな」
「僕はああいう、薄暗いところは嫌いなんだ。さっさと通り過ぎてくれよ」
 タリオンも文句をつける。うるせえ、だまれ、とジークが一喝すると、二人はふん、と横を向いた。
「HPがろくにない、てめえらの荷物を持って歩いてんのは俺だぞ。すぐやられちまうくせにガタガタぬかすな」
 大男のカーンがぼそっと言う。その迫力にやっと、若い回復魔道師とシーフは静かになった。序盤はどうしても力技がメインになる。戦闘にいないと困るタリオンはともかく、すぐ騒ぐくせにほとんど役に立たないヤコブは、このパーティでははずれっ子の扱いになっていた。
「うるさいね。とっととお歩きよ」
 明華がいらだって男どもを叱咤する。この黒髪の女魔道師はまあまあのレベルだった。ゲームシステムにより、固定メンバーはジークとカーンに決まっている。後は酒場で飲んだくれてるのや宿屋でぼんやりしているのを拾ってくるのだ。当たり外れも大きいので、いいキャラクターを拾えればそれだけで快調にゲームは進む。レベル的にも現在、このパーティで一番の戦力は明華だった。
「また野犬の群れの真ん中でテントを張りたいのかい。もう日が暮れるっていうのに、まだ次の町にもつかないじゃないか。あんまりふざけてると、あたしは次の町でこの旅から降りさせてもらうよ」
「そう言うなよ。俺達、仲間じゃねえかよ」
 2ランクも上の彼女にどやされ、ジークは首をすくめた。いま明華に抜けられたらまずい。大型の火焔呪を使える攻撃魔道師はあんまり見つからないのだ。
「一応だよ。いちおう、ね」
 タリオンが嫌味に口をはさんだ。この修行中の回復魔道師は、ジークが困ることがあるとすぐこうやってつついてくる。役には立つがむかつく若僧だった。
「殺されたいか、このガキ」
 とうとうジークは怒鳴った。まだ戦闘の余波が抜けきっていない。馬鹿力のうえに怒ると見境いがないから、下手をするとパーティの連中でも半殺しの目にあわされる。
「ジークなんかと結婚するフーシャ姫はかわいそうだ」
 そううっかり口をすべらせたヤコブがつい先日宿屋で袋叩きにあったことを思いだし、タリオンはあわてて口をつぐんだ。
「落ち着け。まだ先は長い」
 カーンがジークをなだめているのが聞こえてきた。夕暮れに小さな明かりが見える。町の灯に一同の足取りが軽くなった。
「宿に個室があるといいけどね」
 荷物を担ぎなおし、明華が一人言をいう。軽くなった足取りはやがて早足になり、明かり目指して小走りへと変わっていった。

 

 モドル  コンティニュー

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