アラウンド・ザ・シークレット

プログラム・ラン

魔界の貴公子

 しばらく来ないうちに魔王城はずいぶんと様変わりしていた。一番変わったのはその主で、勇者との最終戦に向けてはるばる辺境から呼び戻されたサーキュラーは、魔王にはりついて離れないフーシャ姫にすっかり面食らってしまった。
「以上で報告終わります」
「ご苦労であった。さがってよい」
 聞いているのか聞いてないのか、言葉だけはえらそうだが、魔王は全然彼のほうを見ていなかった。足元で彼の長い髪にじゃれているフーシャが、こんなことを言い出したからである。
「ね、魔王様、だっこ」
よしよし、と魔王は彼女を抱き上げて膝の上にのせた。見ようによってはかなりいやらしく見えなくもない。フーシャは猫や幼稚園児ではないのだ。
 が、本人たちにそういうつもりがあんまりないのも事実だった。だから困るのである。目のやり場に困りつつ、サーキュラーは彼女がいたあたりの魔王の髪に、色とりどりのリボンが結ばれているのを発見してしまった。
「で、魔王様、これから私はどうしたらよいのです」
 ああそうだった、と魔王は不意に思い出したように言った。実際いま思い出したのである。彼はセラフィムを呼び、だだをこねる王女を預けた。
「王女様、魔王様はお仕事があるのですよ。わたくしがお相手致しますから、お部屋にお戻り下さい」
「じゃあカードをしましょ。ねえ魔王様、お仕事が終わったら、ぜったい部屋に来てくださいますね。待ってますわ」
 返事はしなかったが、魔王はフーシャに手を振った。その様子を見て、サーキュラーは彼の母親もフーシャのような娘だったという話に思い当たった。ロリータ好みは血筋なのだろう。もっともどんな美少女であっても、サーキュラーはああいう娘は願い下げだった。
 「魔界の貴公子」との別称をとる彼は、女に困ったことはない。強いて言えば二股をかけてそれがばれ、ぶんなぐられたことがあるぐらいだ。遠征も多いから、可愛い女の子など見なれている。城に閉じこもりっぱなしで、初めて見るフーシャにのぼせあがってしまった魔王とはずいぶんと対照的だった。
 ついでに言えば、魔王とサーキュラーは父方のいとこ同士になる。どっちがどっちということもなかったのだが、学生時代、まじめで成績の良いほうが魔王になった。サーキュラーは喧嘩と昼寝ばかりしていたので、現在の魔王軍統括総司令の職についた。
「で、俺はどうしたらいいんだよ」
 魔王が遊んでいても、そんなことにはおかまいなくストーリーは進行している。彼が登場したと言うことは、物語はほぼ終盤、四大将軍は全滅しているはずである。セラフィムが速達で送ってきたコピーの内容を思い出し、サーキュラーはそろそろ王女を返さなくてはいけないことに気が付いた。
「あの女、勇者とやらに返さなきゃマズイんじゃないのか」
「そうなんだが……」
 歯切れが悪い。サーキュラーは何か嫌な予感がした。
「なに考えてる」
 しばらく迷った末、魔王はとんでもないことを言い出した。
「お前、王女に化けてカーンと一緒にパーティに戻れ。そうすれば護衛をつけなくて済むし、王女も返さなくていい」
「……おい」
 アタマ大丈夫か、そう言おうとしてサーキュラーは言葉を飲み込んだ。すでに大丈夫ではないことに気づいたからである。魔王のフーシャへのいかれようはただごとではなかった。
 この魔王の状態を評して、「ストレスのせいだったかもしれませんねえ」とセラフィムが後でサーキュラーに言った。だがそれはすべてが終わってからのことである。現在のサーキュラーには青天の霹靂であった。
「俺の戦闘はどうするんだよ。このゲームの山場だぞ。グラフィックも特注だし、召喚魔法の連続攻撃にそうそう耐えられるやつはいない」
 こうたたみかけるサーキュラーに魔王はこう言った。
「私が出る」
「……マジか?」
サーキュラーがそう言えたのは、魔王の言葉から数十秒たってからだ。
 どんな策をめぐらしたのか、魔王は重々しくサーキュラーにこれからのことを伝えた。しかし髪にくっついている大量のリボンのせいで、あまり威厳があるようには見えなかった。そこへやっと王女をあやしつけたセラフィムが戻ってきて、君主のおぐしの乱れを見て青くなり、あわててそれを取り外しにかかった。


プリンセス・サーキュラー

 カーンの連れて帰ってきたフーシャ姫は、以前より少しおとなびたようだった。ジークは
「世間知らずがちっとは鍛えられてきたんだろ」
と言ったが、パーティに合流するまでのあいだ一緒にいたカーンには、別人のような変わりかたに思えていた。
「ねえ、パールとパッション、どっちがいい?」
「そうですわね。明華さんだったら、こっちのほうがステキですわ」
明華は二色に染め分けた爪を、荒野の真ん中でフーシャに見せる。フーシャはショッキングピンクを指差した。
「あ、やっぱり? あたしもこれいいと思ったのよ」
 明華は遊び相手ができて毎日こんなことをやっていた。モンスターしか見ないのにおしゃれしてどうする、とカーンは言ってしまいたかったが、そこはそれ、女心の不思議である。
 夜になればなったで、今度はタリオンが声をかけてきた。
「ねえフーシャ姫。光性転換魔法って知ってる?」
「いいえ。どんな魔法ですの」
不思議そうにタリオンに聞き返す。そのしぐさがなんとも言えず可愛らしい。可愛らしいだけではなくどことなく色っぽさもあって、タリオンは夢中になって説明してしまうのだった。
「物知りですのね」
説明が終わるとフーシャはにっこりとほほえむ。この顔を見たいがために、タリオンは自分の持っている知識をここ数日、フル回転させていた。
「物知りな方ってステキですわね。本当ならわたしはそういう方と結婚したいですわ」
 そんなことをフーシャは言ったことがある。タリオンはそれから数日とんでもなく上機嫌で、ジークとカーンに
「しっかりしろ」
と怒られるまで、どんなモンスターも彼の敵ではなかった。
「ねえ、魔王ってどんなヤツなの? 会ったことある?」
 次の目的地に向かう途中、道なき道を歩きながら、何気なく明華は聞いた。フーシャは少し考えて答えた。
「あまり会ったことがないから……でも紳士的な方でしたわ」
「そうなんだ。まあそうよねー。紳士的でインテリっていいよねー。こいつらとは全然違うし」
 明華に大笑いされても、男どもは何も言い返せなかった。魔王にびびりまくっていたのを見られてから、彼女にはことあるごとにバカにされ通しなのだ。
「フーシャ、ちんたらすんなよ」
「は、はい」
 ジークに八つ当たりされて、フーシャは慌てて足を速めた。
「大丈夫? 荷物持つよ」
 そうヤコブが手を貸してくれ、明華はつまんない男だね、と小さい声で吐き捨てた。

「ジーク。あのお姫様、どう思う」
「どうってどういう意味だ」
「だからよ」
 カーンは柔らかい香りの漂う野営テントの中で、がさごそと頭をかいた。薄暗いランプの明かりが二人の影を大きく、魔物のように揺らめかせている。ほかの連中はテントの中でぐっすりと眠っていた。カーンが話を聞かれないよう、香を焚いたのだ。
「あんなに物分りがよかったか? 一日に何十キロも歩かせて文句もいわねえ。明華のわがままにもつきあってやってる。お前が怒鳴っても泣きもしない。ほんとにあれ、フーシャか?」
「気にしすぎじゃないか。もともとおとなしい女だし、パーティの邪魔にならないよう必死なんだろ」
 カーンは少し考えるような様子になった。それにしてもなあ、と依然、ひっかかるように言う。
「モンスターが出ても怯えたところがないんだよな。エアリアルなんか出りゃ、俺達だって緊張するぜ。でもあのお姫さまときたら平気な顔してる。ずいぶんと根性が据わってると思うがな」
「バカなんだろ。もう寝ようぜ」
 ジークが面倒くさくなったように言った。カーンは諦めて
「ならいいけどな」
そう言って明かりを消し、横になった。ふううん、と誰かが寝返りを打つ。んん、と明華の色っぽい寝息がする。フーシャはそのとなりにいた。
(そいつは気づかなかったよ)
 エアリアルは同種族なので、防御力も弱点もみな知っている。だから油断が出た。それを見ぬかれていたとは思わなかった。
(もうちょいだな。風曵の谷まで来たらずらかろう)
 風曵の谷にはサーキュラーに化けた魔王がいる。フーシャ本人は魔王城でセラフィムがおもりをしているはずだ。道中、退屈しのぎにタリオンをからかったりしていたのだが、それもあと数日で終わりだった。
 それにしても、と王女の姿のままサーキュラーは闇の中で苦笑した。
(あの魔王がこんなことを考えるとはね。この世でいちばん恐ろしいのは女かもしれんな)


セカンド・インパクト

 風曵の谷の入口は巨大な洞窟になっている。そこを通り抜けてからやっとボス戦の舞台となる回廊にいけるのだ。もちろんそこにもモンスターは出る。道々の宝箱を拾い、かなりパワーアップしている敵を倒しながら、ジーク達は戦いの場所となる大ホールの手前まで辿りついた。
「あとちょっとだな」
もちろんセーブポイントでの回復も忘れない。充分に休憩してから、一行は持ち物の整理にとりかかった。
「フーシャ、それをよこせ」
 ジークが彼女の持っている金細工の指輪を取り上げる。自分がつけるためだ。フーシャは回復系の魔法が使えるので、高い魔法防御は必要ないと判断したためである。
(やれやれ)
 おとなしく指輪を渡しながら、フーシャの姿をしたサーキュラーはため息をついた。ほとんど戦力外と思われているとははいえ、この扱いはひどい。なんとなく彼は、魔王がフーシャをパーティに返したがらなかったのが分かったように思った。
「なんてヤツだよ」
 明華が毒づく。かまいませんわ、とサーキュラーは彼女に笑って見せた。事実、本性に戻ればちゃちい防御アイテムなど必要ない。それにもうそろそろこの茶番も終わるのだ。
 その余裕を見て、カーンが不審そうな表情を見せた。が、ジークが
「ぐずぐずするな。行くぞ」
と一行に命令したのでそれはそのままになった。
「待ってよ」
 取り残されかけたヤコブが、情けない声を出して追いかけて来る。サーキュラーは彼が追いついてくるまで、回廊の途中で待ってやった。

 ドアを開ければこのダンジョンのボスが待っている。ジークらが思いきって飛び込んで行くと、予想通り、細身で金髪の青年が部屋の真ん中で待っていた。
「てめえがボスか」
ジークが誰何する。青年はにやりと笑うと、巨大な金竜の姿に変化した。
「その通りだ。お前達などこのサーキュラー様がひねりつぶしてくれる」
 本当はサーキュラーではない。魔王だ。あまりによく真似てあって、サーキュラーは思わず笑い出しそうになってしまった。俺ってあんなだったのか、そう言いたくなるほどそっくりであった。
「うるせえ。とっととそこをどきやがれ」
 吠えたのはカーンだった。ここまではまあまあ計画通りである。パーティは防御力の高い、円形の魔方陣を組んでいた。
(どこからやるかな)
 いちばんの要になるところにはフーシャが配置してある。彼女の仕事はここにいて生き続けることだった。戦闘ではほとんど役に立たないので、フーシャはたいがい守護の役割をもらっている。フーシャ=サーキュラーはだんだん賑やかになってきたまわりに、浮き立つような高揚感を覚えはじめていた。
(変だな)
 焦りだしたのはジークである。そろそろ敵も消耗してくるはずだ。なのに、明華がどんな魔法を浴びせても、カーンがどれほど切りつけても、まったく弱ってこなかった。おまけにフーシャの様子がおかしい。歴戦の猛者のように、軽々と重量のある片手剣を振り回している。
「ヤコブ! 薬をおよこし!」
「ゴメン、もうない!」
 明華のMPが尽きる。タリオンの回復魔法も間に合わない。素早さが自慢のヤコブも、よけきれず傷を負っている。全滅は必至だった。
「なんでこんなに強いんだ。おかしいぞ」
「まるで……魔王戦みてえじゃねえか」
 元気なのは唯一、フーシャだけだった。瀕死の二人が彼女を振り向くと、フーシャはにやりと笑った。さっきの青年の笑みにそっくりだった。

「よく分かったな」
 前面の巨竜が言う。ジークとカーンの二人は、その言葉に耳を疑った。
「バラしちゃイヤですわ、魔王様」
 フーシャが答える。それから笑い転げて、さっきパーティの一行が見た、細い金髪の青年になった。
「あー面白かった。タリオン君、ゴメンよ。俺、男だったんだ」
「あ、あ、あ……」
タリオンは言葉もない。ジークはまさか、と言ったきり、次に何も言えなかった。
「バカヤロウ! ヤツは無傷だ!」
カーンの罵声が飛ぶ。はっ、と一同は気を取り直した。
「けっ」
 ジークがかかっていこうとする。そこを巨竜の一撃が見舞った。耐えきれずジークはその場に倒れ込んだ。カーンはもう消耗し尽くして、そこから動けなくなっていた。
「ヤコブ君、親切にしてくれてありがとよ。明華ちゃん、けっこういい女で楽しかったよ」
 サーキュラーは魔方陣の守護の位置から一歩どいた。
「バイバイ、みんな」
そしてそこに、魔王の操る雷光が落ちた。サーキュラーは口笛を吹き、つむじ風を呼び集めると回廊全体に火を放った。

 

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