一 始まり
  
 クラン、族長になる

 長い挨拶だった。クランはこの席の主賓にもかかわらず、白い誓い石の前に突っ立ったまま大あくびをしてしまった。
 その様子があまりにもあからさまだったので、喋っていたサリーム翁はじろりと片目で彼をにらんだ。不謹慎な、そう思ったのだろう。
「……であるからして、私としてはクラン殿には早く、花嫁を迎えて欲しいと切望する次第であります。族長たるもの、いつまでも独り身では困るというものです。しかしまあこれは……」
 別になりたくてなったわけじゃないんだけどなあ、とクランは正装用の赤いストールを全身に巻きつけたまま思った。軽い砂が天井から吹きつけてきて、その皺目に入る。払い落としたかったが、大事なストールが外れて落ちてしまうと大ごとなのでやめておいた。次期族長が自分で赤いストールを正しく巻けないと知ったら、サリーム翁はきっと泡を吹いて倒れてしまうだろう。
 さっきから立ちっぱなしなので、とうとう足が痛くなってきた。はきなれない、いつもと違う固い靴をはいているせいだ。なんでもいいから早く終わりにしてほしかった。
 彼がこの席にいるのは、単にヴィー族の族長が世襲制だったからである。彼には他に兄弟がいなかった。前族長である父親が散々迷った末に、彼を次の族長にすると発表したことも知っていた。
「……クラン新族長はきっと新風を吹き込んでくれるでしょう。ではこの辺で終わりにしたいと思います。みなさま、御静聴ありがとうございました」
 ジジイは話が長いよ、いつもだったらそう言ってしまうところだったが、足が痛かったので言わずに済んだ。言ったらまた一悶着あるに決まっている。
 実のところ、サリーム翁を含む十二人の長老達はクランが族長を継ぐことに反対なのだった。理由はいうまでもないのだが、それが本人に分かっているかどうかは疑わしい。
「では誓い石に、汝の血をもって誓いなさい」
となりにやってきた立会人が、古代装飾のついたナイフで彼の指を切った。
 立会人は傷口をしぼり、壁際の巨石の根元に彼の血をしたたらせる。幸いにも足のほうがずっと痛かったので、クランは黙って立会人にやらせておいた。
「誓いはなされた」
 重々しく、立会人が宣言した。彼と立会人を取り囲み、長老達が血のあとを確かめる。十二人の長老は順番に石の前に進み出て、誓いのしるしを確認した。数百年間、ずっと続けられてきた儀式だった。
「では、ミタラ神の承認を……」
 神官がここまで言った時だった。白い神殿の柱の向こうに、クランは見たことがあるものを見つけた。
「え?」
 声が響いて、サリーム翁が眉をひそめる。他の長老達も、彼に非難の視線を浴びせた。
 クランは神殿の一番奥、出口に向いて立っていた。他の者は彼に向き合うようにしており、石の柱の間から外が見えたのは彼だけだった。
「おい、あれ……見ろよ!」
 さらにクランは大声を出した。サリーム翁は我慢できなくなってたしなめようとした。
「クラン殿。あなたはもう族長なのですぞ。そんなことでは」
 困る、とサリーム翁は言えなかった。このヴィー族の宝でもある、巨大な金色の帆船が神殿の壁を突き破って飛び込んできたからである。

――「金色の帆船」冒頭より――

  

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