Y グッドラック


 彼らはタートゥーンに戻って来た。いろんなことがあったようにも思うし、ひとときの夢を見ていたような気もする。それぞれに感慨にふけりながら、三者三様に乾いた軍用宇宙港に降り立った。
「おい、あれ」
オシリスがイサクをつついた。
「ハードラック・ガレリアやな」
 ブルーグレーの機体の前に、ガレリアが立っていた。細い腰に右手を当て、思いつめたような顔をしていた。
「イサク、何をしたのよ。軍法会議なんて」
足音を立てて、ガレリアは彼につめよっていった。
 風がきれいに巻いた長い髪を吹きさらっていく。ぴったりとしたカメリアピンクの上下は戦闘服だ。腰に帯びた剣は細く、彼女によく似合った。
「……すまない。迷惑をかけた」
「本当ね。パパもおじいちゃんも怒りまくってるわ」
うなだれるイサクに、彼女は強い調子でそう言った。
「おかげであたし、家を追い出されちゃったわよ」
「ご、ごめん、ガレリア」
 脇で聞いているオシリスとケルビンは、風向きが変わって来たことに気づいた。更に強く、ガレリアは言う。
「どうしてもあなたと別れないって言ったら、親子の縁を切るですって」
「えっ……」
 顔を上げたイサクに、彼女はにっこりと笑いかけた。
「あたし、この船とあなたしか残ってないのよ。責任取ってくれるんでしょうね?」
 まだ全部言い終わらないうちに、イサクは彼女を抱き寄せていた。彼女の手に触れると、暖かくてやわらかくて安心できた。ずっと長い間、彼はそんな感覚から遠ざかっていた。
「ごめん、ガレリア……本当に……すまない」
 いつのまにか、彼はガレリアにすがって泣き出していた。
「もう、男の子がそんな風に泣かないの。みっともないんだから」
子供のようにイサクは泣きじゃくっていた。ガレリアは慈母の表情で、じっと彼を見守っていた。

 彼らをそこに残し、ケルビンとオシリスはぶらぶらと宙港の出口に向かった。途中にはターキーらがいて、ケルビンを迎えに来ていた。 
「オシリス、お前はどうするんや」
「そうだな」
伸びをして、オシリスが答える。
「オレ、いっぺんダゴニアに帰る。あそこはオレの育ったとこだし、ダゴン共も心配だしな」
「なんや、それ」
「ハラが減って暴れてないかと思ってさ。あんなバケモノだけど、慣れるとけっこう可愛いんだぜ」
「そか」
 ターキーが彼らにその辺の売店から飲み物を持ってきた。オシリスもケルビンも一気にそれを飲み干してしまい、空き容器をターキーに押しつけた。
「ケルビンはどうすんだよ」
「わしか」
ケルビンは、空き缶を持たされて歩いているターキーを見上げた。何です、と彼は言った。
 バンディラはずいぶんと治安がよくなった。少しずつ景気もよくなってきたし、軍艦だけでなく交易船も入るようになった。ターキーはあの娼館を出て、最近建てられた町工場に勤めている。
「わしもバンディラに戻るわ。またここに帰ってくるけどな。イサクだけじゃ心配やさかいに」
 名前が出たところでイサクとガレリアが追いついてきた。あ、その折はどうも、とターキーが挨拶すると、彼は珍妙な顔をした。
「あら、お友達?」
「ええ、そうです」
 ターキーが胸を張る。イサクはますます変な顔になる。ケルビンとオシリスは一生懸命笑いをこらえていた。
「あっち行けよ」
えっ、とターキーが言った。
「そんな風にじゃけんしなくてもいいじゃないですか」
「そばに寄るな」
 イサクが言うとみんな大笑いになった。ガレリアだけが不思議そうな表情になる。
「なんだ、彼女がいたんですか」
「どういう意味だよ」
そのやりとりに、ケルビンとオシリスは死にそうになって笑っていた。
 話しているうちに宙港の建物の外に出た。建物の外にあるロータリーの一番目立つところに、大きな花束を抱えた若い男が立っていた。どうやら彼らを待ってきたらしかった。
「お前、あの時の……」
「は、はい。ハムラン・ダーフです」
聞き覚えのある吃音に、一同の足が止まる。花束を見て、ケルビンがイサクに案内せい、と言った。
「ああ、こっちだ」
 再び彼らは歩き出した。イサクに先導され、大きな公園のような場所に向かう。墓所の奥の奥、あまり人のこない落ち着いた場所に、ミラの墓は作られていた。
「ずいぶん、こじんまりしてますね」
 花を置き、ハムランが言った。
「あ、あの時のご恩は忘れません。おれ……い、いや、自分はミラ閣下に、大変お世話になりました」
「……そか」
ケルビンが言う。
「ここには何も入ってないんだ」
 イサクは空を見上げて言った。
「ミラはここにはいない。あそこにいるから。この墓は一応、ここにあるだけなんだ」
「なあ、イサク」
 墓前でケルビンがイサクに言った。
「あの、シリウスちゅうんは何だったやろな。わしには分からん。分かるか、オシリス?」
「そんなことオレに分かるかよ」
 イサクはじっと墓碑銘に目を落とし、それから言った。
「本当の女神だったんだろう」
 全員がなんとなく思っていたことでもあった。イサクはそんな空気を感じ取り、話しつづけた。
「銀河の、空の女神だ。だから人であることをやめて宇宙に出ていった。ミラはきっと彼女に呼ばれて銀河をめぐり、彼女の元にたどり着いたんだよ」
 みんな、思い思いに空を振り仰いだ。少し黙り込み、それからケルビンが言った。
「敬礼、や。それで送ったろ。それが一番似合っとる」
 そうだな、とイサクとオシリスも同意した。
「敬礼! 覇王ミラと我らの銀河に」
 明るい、抜けるような空がそこにあった。ミラが追いかけた少女の服のような、白い雲が浮かんでいた。それはどこまでも遠く、銀河の果てまでも続いているように彼らには思えた。



モドル トップ

inserted by FC2 system