T ダゴニアの姉弟(後半)

ダゴン神殿

「お前ら何をした」
 血まみれの神殿を見てオシリスが最初に言った言葉である。しとしとと降っていた雨は上がり、中に隠れているシリウスと対峙するように、ミラ、イサク、オシリスの三人は石造りの神殿の正面に立った。
「我々は何もしていない。シリウス殿が我々にダゴンをけしかけた」
「なんだと!?」
「話を聞きたいか」
 にわかには信じられぬといった顔で、逃げ出さないよう兵に抱え込まれたまま、オシリスは説明するイサクの白い顔を見上げた。
 オシリスはまだ本当の少年である。ダゴニアの次期国王とはいっても、十七かそこらではたかが知れていた。即位しても当分は父君が面倒を見なくてはなるまい。そしてもちろん、ミラとイサクには彼を王にする気はなかった。
「でたらめを言うな。姉貴にダゴンが扱えるはずがない」
 オシリスはイサクの語るこれまでの経緯を一蹴した。
 向こう気の強さでけっこうな数の兵を倒してきたらしい。ミラの元にはかなりの剣の使い手であるとの報告も入っている。見れば着ているものはあちこちが破けていて、ところどころ返り血もついていた。
(よくこんな動きにくい服で戦ったな)
 イサクはよくよくオシリスのなりを見て、心の中で感嘆した。贅沢に飾られた上着は肩を押さえ込むように作ってある。下は長い柔らかい布を、足をからめとるように幾重にも巻いてあって、不慣れな者なら歩くこともままなかろう。当然、力の掛かるところはびりびりに裂けていた。
「ダゴンをおとなしくさせろ。このままではどうにもならん」
 ミラがオシリスに命じた。が、返ってきたのは
「ふざけんな」
という言葉だった。
「なんでお前らのいうことを聞かなきゃならねえんだ」
 貴人にあるまじき言葉遣いであるが、二人とも不問に付した。代わりに殺気だった周囲をなだめ、優しい口調でイサクが誘導する。
「ダゴンは男君のいうことを聞くのだろう。しかも君は次期国王だ」
「そうだ。だがやらねえ」
 かたくなに、だがおだてられて悪い気はしないという様子で、オシリスはふん、と横を向いた。
「ではなぜシリウスのことを守っている」
 ミラの言葉に少年の顔色が変わった。
「オレが姉貴よりおとると、そう言いたいのか!」
 ぎらぎらした目で彼のことをにらみ返す。対するミラは涼しい顔をしていた。
 ダゴンを使役するのは男王に限られる。それがダゴニア王家の決まりであった。そもそも女王が立つことはありえないし、嫡男であれば幼少からそう教えられている。何の訓練も受けておらず、生贄となるだけのはずだったシリウスがダゴンを操ること自体が、オシリスに対する挑戦でもあった。
「むかつくがやってやる」
 何もやつらのいうことを聞くことはない。自分が篭城する姉を連れ出し、ダゴンに彼らを襲わせればよいのだ。
 そうオシリスは決めると、静まりかえる神殿に向かって進み出た。二歩、三歩と慎重に歩みを進めていく。自分をこんな目に会わせた成り上がり者どもに、どうやって鉄槌を下すか考えながら、だ。ことにミラにはやられたとの思いが強い。
 はじめて会った時、ミラは
「どうぞよろしく」
などど言って、十も年下のオシリスに手を差し出した。彼はそれを見て
(なんて弱腰な奴だ)
と目いっぱいバカにしたのである。いくら追い詰められたとはいえ、ここまで思いきったことをするとは予想できなかった。それはダゴニア王とオシリスの不覚である。逆に言えば追い詰めすぎたのだった。
 オシリスはミラとイサクに復讐することは決めていても、それからどうするかは何も考えていなかった。とりあえずやつらを八つ裂きにする。そのことで頭がいっぱいになっていた。自分が失敗するなどとは考えてもいない。
「よく見てろよ」
 閉じられた扉の前まで何事もなくオシリスは歩いていき、元気よく吠えた。彼を取り囲む兵士達の間にどよめきが起こる。ハッタリにせよ本気にせよ、対した度胸である。ミラは無表情にその様子を眺めていた。イサクの計略はうまく行きそうな按配であった。
「姉貴、出てこいよ!」
 なんの物音もしない神殿に向かってオシリスは怒鳴った。猪突猛進、正面からシリウスに向かって行く。
「そいつらはオレのもんだ! オレに返せ!」
 いきり立ってそんなことを言ってもしようがない。シリウスがますます怯えて立てこもるだけである。
 案の定、神殿からは何の動きも見られなかった。重い石の扉を開けさせようと、オシリスがどんどんと壁を蹴る。うなり声がかすかに中から聞こえてきたが、それだけだった。らちが明かないと見て、オシリスは神殿の正面に座り込み精神集中をはじめた。シリウスのコントロールから、ダゴンを無理やり引き剥がすつもりであるらしい。
 そのまま待機せざるをえなくなった。二十分待っても三十分待っても戦況は変わらず、イサクは少し焦ってきた。
(ちっ、仕方がない)
 彼は舌打ちをして隠してある一群に合図を送った。とにかくダゴンを神殿から引っ張り出さなくてはならない。そうすればなんとかなる。
「火を掛ける気か」
 様子を見ていたミラが言う。しぶしぶイサクはうなずいた。
「あまりやりたくありませんが……。このままではどうにもなりません」
 木蔭に隠されていた四、五台の火焔砲が持ち出された。イサクが現場を見て一番に手配しておいたものである。使うかどうかは決めていなかった。もし使えば被害が大きすぎてシリウスを殺すことにもなりかねない。それでもイサクは用心深く、セッティングだけはしておいた。
「どうする」
 火焔砲が神殿のまわりに配置されてからさらに三十分がたった。オシリスは脂汗を流してうんうん唸っていたが、なんの変化もない。火攻めもやむなし、そうミラとイサクの結論が出かけたときである。
「閣下! 女が出てきました!」
 石の扉が開き、青ざめて消耗しきった様子で白い衣の少女が神殿から転がり出てきた。そのまま泥でぬかるんだ地面に倒れてしまう。
(生きているか)
 ほっ、とミラは誰にも分からないようにため息をついた。彼女に死なれてはならない。ミラはどうやってもシリウスを連れて帰るつもりだった。
 かすかにシリウスは目を開け、そして気を失った。それを見て、よろけた足取りでオシリスが立ち上がる。
「出てこい!」
 オシリスは石の壁の向こうにむかって怒鳴りつけた。ごうごうという振動が石の建物を揺るがせる。兵士の間からはおお、と声があがり、イサクは思わず一歩後ろに下がった。日頃めったに感情を見せないようにしているミラも、これには驚きを隠せなかった。
 壁をぶち破り、破壊音とともに小山のような怪物が彼らの前に現れた。それも一匹ではない。二重に植わった牙を持ち、緑色に濡れた肌をした狂暴な生き物が四匹、オシリスを取り囲むようにして彼らに向かって吼え立てた。
「さてと」 
 オシリスがくるりと振り向く。その目は緑色の水妖と同じくらい、暗く、鈍く光っている。
「ミラ、てめえからやってやらあ」
 ここからが正念場になる。ミラは用意しておいた剣のつかを握り締めた。刀身を光らせて、抜き身の剣を高く掲げる。
「たいしたものだ」
 イサクが用意した役を演じきらねばならない。堂々と、いかにも悪役らしく振舞わねばならぬ。
(どうせ全部ついでだろ)
 イサクの耳打ちがよみがえる。
(ああ、その通りだ)
 腹を据え、ミラはオシリスの顔を正面から見た。黒いマントをひるがえし、はるか向こうまでまたたく光を反射させ、長い剣を放る。それはオシリスの足元に音を立てて突き刺さった。

覇王

 完全にオシリスは頭に血が上ってしまっていた。もはやミラしか見えていない。だから足元に剣を放られてまごついた。
「何の真似だ。こんなもんはいらねえ」
 ミラは尊敬をこめて、仁王立ちするオシリスに言った。
「たいしたものだ。さすが、というべきだな」
 世辞も含みも何もなかった。本当にそう思ったのである。その素直な言い方に気勢をそがれたものの、オシリスはなおも言った。
「へっ、いまさら遅いぜ。てめえから血祭りだ」
 ゆらゆらと水妖の頭が彼の背後で揺れた。彼らの主が命令すれば、一瞬でこの場に生きている者はいなくなる。
 兵達はおじ気づいてしまって、その場にふんばっているのが精一杯だ。トップが逃げ出さないからそこにいる。それだけであった。
「その前にやることがあるだろう。足もとの剣を取れ」
 ミラは腕組みをし、考えるような素振りで言った。
「何のことだ」
 オシリスが問う。
 だらだらと話を続けている時点で、すでにオシリスの負けであった。やるならさっさとやればよい。しかしもう、さっきまでの勢いはなくなっていた。
「確かにお前はダゴニアの王らしいな。なら即位の儀を行わなくてはならないだろう。剣を取ってシリウスを刺し殺し、その怪物に食わせてやれ」
「……なん、だと?」
 詭弁である。オシリスが気づいてしまえばそれまでだが、彼は王という言葉にぐらついた。
「我々は王と戦いがしたい」
 そう主張するミラに続き、さらにイサクが猫なで声で、こんな風にささやきかける。
「君はダゴニアの王のはずだ。さっきその力をよく見せてもらったよ」
「何を言ってやがる」
 警戒するオシリスにイサクはこうたたみかけた。
「我々の目的はこの星だ。ダゴニア王を滅ぼすことではないよ」
 どこまで本気なのか分かりかねる言葉である。オシリスは不審を抱きつつイサクの次のセリフを待った。
「君が王として立つことに我々は何の異存もない。むしろこの特殊な土地に慣れた者がいるのは望ましいことだ」
「けっ」
「君にも配下の者がいよう。もし君が王となっても彼らに危害は加えない。いや、我々は君についてくる者達を歓迎する。本当だ」
 とうとうとイサクはまくしたてた。
「シリウスは王ではない。なのにいかにも王であるかのように振舞った」
 ダゴン神殿をイサクは横目で見やり、また視線をオシリスに戻した。
「君は王だ。その資格もある。そして、こういう事態のためにダゴニアの王家には生贄の儀というしきたりがあるんだろう?」
 その通りだ。オシリスは心の中で同意していた。
 彼らの言うことは間違ってはいない。ここでシリウスをダゴンに与えれば、自分は本物の王として認められる。代々ダゴニアの王家ではそうしてきた。自分の代で勝手に取りやめる訳にはいかない。
(……姉貴を? オレがか?)
 自分が直接手を下さなくてもいいのではないか、そうオシリスが迷ったのをイサクは見逃さなかった。
「その女は単なる供物のはずだ。なのに王より強い力を持ち、王の証であるダゴンを操った。のちのち生きていれば君の邪魔になる。そうじゃないのか?」
「ぐっ……」
「我々が立ち会ってやる。王には決断力も必要だぞ」
 巧妙に、イサクはオシリスをからめとっていく。むろんこの後に控えるミラの言葉を、オシリスの頭に染み込ませるためだ。
「甘ったるい同情など王には必要ない。君はその女を刺し殺しさえすればそれでいい」
 その通りだ、とオシリスの中では答えが出ている。あとは実行さえすればいいのだ。
(そうだ、オレは……だけど、あれは姉貴なんだ)
 一緒に仲良く育った。困ったときはなんでも姉に相談した。父王に彼女を贄にすると言われたときは驚いたが、それも必要なのだと自分を無理に納得させた。
(お前はこの国の王になるのだから。しっかりしないと駄目だ)
 しかしそんな父の言葉は、彼には少し荷が勝ちすぎていた。父は頼りない長男を叱りつけ、即位の際には生贄の儀を行うとはっきり言った。
(どうして姉貴なんだ)
 父王に何度も談判した。シリウスを僧院に置くことでは駄目なのかとも尋ねた。それでも父王は首を縦に振らなかった。
(シリウスが憎いわけではない。お前のため、この国のためだ)
(王族とはいえ、シリウス様の能力は高すぎる。このままなら国が割れるかもしれん)
 そんな大臣達の噂話も耳に入ってきた。そういう言葉を聞かされ、仕方なくオシリスは生贄の儀に同意したのだった。
「いいのかい? まだその女は生きているぞ。邪魔者は早めに取り除いたほうがいいんじゃないか?」
 再度のイサクの問いかけに、もはやオシリスは自分が誰と戦っているのかさえ、だんだんと分からなくなっていった。
「できないのか。ならお前は違うのだな」
 冷たくミラが言い放った。イサクの甘言とミラの冷気、そのバランスがオシリスを焚きつける。
 手応えがあった。
「やってやらあ」
 彼は剣を取った。揺れ動くダゴンを押さえ、倒れているシリウスのすぐ前まで歩いていく。そこに座り込み、剣を高く振りかざしこう叫んだ。
「オレはダゴニアの王だ!」
 が、剣はいつまでたっても振り下ろされなかった。じれったげにイサクが言う。
「はやくしないか。女一人、なぜ殺せない」
 言われ、再びオシリスは剣を振り上げる。しかしすぐそこに置いてしまった。思いなおし、三たび剣を取り上げる。
(今度は本気か)
 ミラとイサクがはっと思った時である。
「ちきしょう!」
 オシリスは立ち上がり、手にしていた剣を投げ捨てた。顔は涙と悔しさでぐしゃぐしゃになっている。自分に姉は殺せない、そう思い知ったのだった。
(できねえ)
 王位も王族も、大臣達の言ったことも不意にどうでもよくなった。オシリスはまわりを見渡し、血まみれの神殿と侵略者達の顔、それから居並ぶ兵士達を見た。
(もう、いいや)
 父王もいない。国もなくなる。それは彼のせいかもしれなかったが、そればかりでもないようにも思えた。自分が王であることを放棄しても誰も責めまい。それよりも何よりも、彼は姉を殺したくなかったのだ。
 思考がそれたのか、怪物のコントロールが緩んだ。おとなしくオシリスに従っていた水妖は、自分を縛っていたたがが外れたと見るや、とたんにさっきまでの主を単なる餌に格下げした。
 思ったよりも数倍早く、ダゴンの湿った太い尾がそこにいた者を襲う。食物を探して、何トンもの巨体が我先にと王家の姉弟に向かってくる。
「くっ」
 オシリスは素早く飛びのいたが、シリウスはその場に置き去りにしてしまった。ミラは前後を忘れて思わず飛び出そうとした。
「やめろ!」
 声とともに、シリウスに食いつこうとした怪物の動きが止まった。四匹ともがっちりとオシリスに縛り付けられ、まったく身動きが出来なくなっていた。
(助けちまった)
 自分はダゴニアの王であるより、シリウスの弟であることを選んだ。オシリスはそのことに安堵し、また自分で愕然とした。
「やはりできなかったか。ならシリウスとこの星は我々が貰うぞ。いいな?」
 ミラのその言葉で、オシリスはふと我に返った。計略に乗せられたのは自分の落ち度だったが、姉を殺すよりははるかに良かった。なんと言われても彼は姉を失いたくなかったのだ。
 オシリスは倒れているシリウスをかばうように前に座り、泥の上から侵略者達を見上げた。意地も何もない、ただの少年の顔だった。
「好きにしろ。オレは逃げねえ。こいつらも動かねえはずだ」
 しばらく空気が止まっていたが、やがてミラの声が響いた。
「捕虜を連行しろ。大丈夫だ。ダゴンは動けない」
 そして全軍撤収命令が出された。 
 作戦はすべて終了した。予想外の被害が出たものの、不満に思うほどでもない。分からないことはいくつか残ったが、それも後で解明すればよかった。兵士達は凱旋の歌を歌い、ミラはシリウスを手にした。ダゴニアを手中に収め、銀河連邦に叛旗を翻したエイシェント軍の名は、これから全銀河にゆっくりと浸透してゆくだろう。
 イサクの計略は十七才の少年のプライドを砕いただけで、他はたいした実害はなかった。けれどもその少年が立ち直るのには、長い時間が掛かりそうだった。



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