V 聖バンディラ

影を慕いて

 いなくなってしまった者をいつまで思っていても仕方がない。それはミラにもよくわかっていた。それでも、彼はシリウスを諦めきれなかった。
「あちーじゃねえか」
「静かにしろよ」
 だからここ、セント=バンディラにイサクとオシリスはいるのである。この惑星は砂漠が地表のほとんどを占める。快進撃を続けるミラのところに、白い服を着たダゴニアの少女を見たとの知らせが入ったのは、つい先日のことだった。
「なんでオレが行かなきゃならねえんだ」
「閣下、そんな情報を本気にしているのですか」
 深夜にミラはイサクとオシリスを呼び出した。あまりに急な呼び出しにイサクはねぼけまなこで出て行き、広大ならせん階段から転がり落ちた。オシリスは気持ちよく眠りかけたところを起こされ、不機嫌極まりなかった。
「ほかに誰も頼めない。行ってもらえないか」
 たってのミラの頼みでもある。目の前でシリウスが消えてしまったのをオシリスは見ていたから、しぶしぶながら引き受けた。
「まあ、いいや。行ってやらあ」
オシリスとしてもあの出来事は不可解であった。この宇宙のどこかに彼女は生きている。そう思いたくなるような、祈りに近い感情を抱えている。それはミラも同じであった。
 一方のイサクは何も見ていない。後から話だけをミラとオシリスから聞いたが、どうも理解し難かった。だいたい人間が一人、何もない空間に消えてしまうなんてありえるわけがない。
「分かりました。私も行きます」
 だから彼がバンディラ行きに同意したのは、オシリスの暴走を恐れてである。自分でオシリスを解放したものの、イサクには彼の短気なところばかり目についた。確かに戦場では役に立とうが、日常では歩く爆薬といってもよい。バンディラは政情不安な星だから、オシリスだけで行かせたら何をするか分かったものではなかった。
「済まない」
 短くミラは言った。最近の彼は口数が少ない。威厳が増したのか、心労が響いているのか、それは端からは分からなかった。しかしイサクには後者のように思えていた。
 連邦軍を蹴散らし連勝を続ける彼を、タートゥーンの人々はまるで救世主を迎えるように称えている。タートゥーンだけでなく、なぜかダゴニアでも人気がある。近隣の星系でも、ミラの傘下に加わろうという勢力が彼に打診を掛けてくる。
 けれどもイサクの目から見ると、よく働くミラというのはどこか調子がおかしいのだ。昔からそうだった。
「朗報をお持ちしましょう」
信じていなかったがイサクはそう言った。そう信じたかった。
 
 バンディラは軍事上の要衝である。一応連邦領であり、反乱軍の要人がいることなど知れたらただでは済まない、そんな空気が漂っていた。基地のない町はない、そういうところなのである。
「あぶねーじゃねえか」
 ゲリラも元気だ。場所柄、この土地の住民には過酷な労働と、収入のわりには多すぎる税が掛けられている。個人がある程度の収入を得るためには兵士になるしかなく、最近では現金がないために銃器の現物支給などどいう物騒なことも行われていた。銃で飯を食うためには他人を脅すしかない。山野を歩けば地雷に当たり、町を行けば半端者の集団に遭遇する。
「オシリス、静かにしてくれ。頼むから」
 もういいかげんイサクは嫌になっていた。ただでさえ剣呑なところへ持ってきて、オシリスは片端から喧嘩を売られてくる。とんがった雰囲気を察して、気の荒い若い連中が噛みついてくるのだ。オシリスもそれを喜んで買ってしまう。そこから彼を引き離すだけで一苦労で、この状態で調査などできるのか、イサクは不安だらけであった。
「よう、兄ちゃん」
「金持ってんだろ」
 悩み深いイサクに声をかけてきたのは鍛えられた体をした、大男の二人組であった。
「お前ら何だ。あっちへ行け」
へええ、と彼らはイサクをてっぺんからつま先まで、じろじろ眺めた。
「ひょろひょろのくせにいい態度じゃねえか」
 実はさっきから起きるゴタゴタの半分はイサクにも責任がある。金チェーンのついた片眼鏡なんかしていれば、こんな土地ではえらく目立ってしまう。ここに反乱軍がいると宣伝して歩いているのと同じであった。
 そこでしかたなく、彼は昔使っていた細いふちなし眼鏡をかけていた。それがいけなかったのである。
「協力してくれるよな」
いつもの青い、膝までの派手な上着も着ていない。シャツ一枚だと線の細さがまわりに思いきり見えてしまう。
「少し恵んでくれよ」
そうするとどうなるかというと、おそろしく気の弱そうな青年が一人、砂の舞うバンディラの街中で、屈強な男達にからまれまくるという事態が頻発する。
「てめえら、なにやってんだ。オレが相手にならぁ」
 そのたびにオシリスは彼らを退治しなくてはならなかった。逃げればまだいいのだが、イサクは相手をじっと観察したりするのでたちが悪い。金も出さずぼんやりしているように見えて、さらに怒りをかってしまったりする。
「ち、行こうぜ」
ほんの少し目を離しただけでこうだった。今度もオシリスは、屋台でうまそうな匂いを立てている串焼きを我慢しなくてはならなかった。
「騒ぎを起こすんじゃない」
「その変なメガネ外せ」
 どちらにしても目立つことには変わりがない。砂ぼこりにまみれ、人目を引きながら、彼らはシリウスの手がかりを探して街を歩いて行った。

 夜明けの晩に

 目撃証言があるわりには、シリウスの行方はさっぱりと掴めなかった。毎日なにがしかの収穫がある。ところがいざその手がかりを辿ろうとすると、ぷつんと途中で切れてしまうのだ。見たという者に会いに行けば見間違いだったと言われ、その場所に行けば立ち入り禁止で追い返されたりする。金だけふんだくられてガセネタだったなんてことも多々あった。
そんなことが続いて、イサクもオシリスもふてくされ気味だった。飽きてしまってもいた。
 バンディラは不慣れな人間がそうそう簡単に夜歩きできるところでもない。夜の時間を持て余してホテルに備え付けてあったチェスなどもしてみたのだが、オシリスは自分が負けると駒を投げつけてくる。
「ちっきしょう、ふざけんなよ」
「おい、やめろ、オシリス。痛いだろ。やめろったら」
 イサクにオシリスがチェスでかなうわけがない。それが分かるとオシリスの攻撃はさらに激化した。
「殴るな、おい、やめろ」
駒は石でできた大きくて本格的なものだったから、十回やって十回投げつけられたイサクはいい迷惑であった。しかもオシリスは手が悪くなると盤をひっくり返したりするのである。
 ミラの目が届かないものだから、少しだれてもいた。大きな通りを一つ入ったところにある店の前で、イサクとオシリスは立ち止まった。
「おい、ここ入ってみようぜ」
 先に興味を持ったのはオシリスである。「花占いの館」なんて看板があったが、バンディラには数多い、娼妓を囲い酒を飲ませる、そんな店であった。けばけばしい飾りつけが何も言わなくても、その手の店であることを語っていた。
「遊びに来たんじゃないんだぞ」
イサクが叱り付ける。オシリスはへとも思わない顔であった。
「ちょっとぐらいいいじゃん。姉貴も見つかんねえしよ、息抜きだよ」
「あのなあ、駄目ったら駄目だ」
 そうはいったものの、イサクの心は少し動いた。ミラもいない。顔もばれていない。軍務の重荷からも今のところ解放されている。イサクも真面目なほうだったから、こういう店は入ったことがなかった。
「ちょっとぐらい、いいか」
二人は好奇心に誘われ、連れ立って薄暗い店内に入っていった。
 どのお花にしましょうかあ、などという能天気な声が通路を歩く彼らにかけられる。大き目のソファに座らされた二人に、はあい、フリージアでーす、パンジーでーす、と甘ったるい匂いをさせて、まだ若い娘が両側から彼らにしなだれかかった。
「なんてお名前なのー」
「あ、お、おれ、お、お」
オシリスの方は完全にあがってしまっていた。一方のイサクは
「優しそう。あたし好み」
と言われ、すっかりいい気分でやにさがっていた。
 どんどんとテーブルに酒が運ばれ、つまみが出される。頼んでいないような気もするが、サイドからの女の子の肉弾攻撃に勝てるわけもない。イサクの頑健な理性ですら、どこかに行方不明である。
 たまにだからな、と自分を甘やかしつつ、彼はとなりの娘に聞いてみた。ミラのことなぞ、とっくに頭から消えていた。
「花占いってどうやるのさ」
すっかり酔っ払いである。オシリスも赤い顔をしてどこかを見て笑っていた。娘たちの歓声がこだまする。
「うんとね、ふたりっきりでするのよ」
こんな場所でこんな言葉を聞かせられれば、あらぬ方向に妄想は広がっていく。
「してみたい?」
「うん」
「何占う?」
ここでイサクは思わず
「人探し」
と答えてしまった。彼は仕事を放棄してこんなところで遊んでいる自分に、ほんの少し責任を感じて、そんなことを言った。だが、遊ぶ時は思いきり遊んだほうがよい。
 この場合の正解は「相性占い」だった。パンジーという娘はけげんな顔をしたが、ちょっと待ってて、と席を立った。すぐ戻ってくる。
「あのね、ちょっと特別だからセンセイを頼んできちゃった。でも別料金じゃないから」
「そう」
なんとなくがっかりした気分でイサクは答えた。ふーん、この娘じゃないんだ、そんなところである。まだ酔いがしっかりまわっているから、それでも期待は大きい。
「あ、センセイ来たよ」
うろんな目でイサクは座ったまま、そこに立っている人物を見上げた。彼と同じくらいの上背があって、聞こえてくる声は野太かった。
「どうも」
 思わずイサクは眼鏡を掛け直し、まじまじとその顔を見た。肌は浅黒い。濃い髭と上下に動く喉仏があって、背は同じくらいでも体格は向こうのほうがはるかに良かった。
「え……なに、これ?」
「だから、センセイ。男のひとね、いま彼しかいないの」
「ち、ちょっと待って」
「5号室が空いているから、そこへ行ってね」
 パンジーは残念そうな様子だった。そっちじゃしょうがないか、と言う。
「てっきりあたしのお客さんだと思ったのに。マジ、けっこうタイプだったのになあ」
「案内します」
 礼儀正しく、そして拉致されるようにイサクは5号室に連れて行かれた。それを追いかけて、オシリスの楽しげな笑い声が彼の耳に響いてきた。

 どうしますと言われても、どうもこうもない。イサクはダブルベッドが大半を占める狭い部屋に男と二人で押し込まれ、部屋の隅で縮こまっていた。
「こちらへ」
と呼ばれたが冗談ではなかった。猫足の椅子にかじりついたまま、そこから思いきって声をかける。
「あのさ、俺、違うんだ。悪い」
 男が彼のほうにやってきた。けっこうな力で腕を掴む。
「じゃ、マッサージしましょう」
イサクの都合など全然関係なく、男は彼を軽々とベッドに転がした。眼鏡が取られ、ライトのある枕元に置かれる。
「待て、やめてくれ」
イサクの言うことなど聞いてもいない。思ったより寝ごごちのいいベッドに、彼はうつぶせにされて着ているものをはがされた。首筋を大きな手が押さえつける。
「ちょっと待っ……わあっ」
 男はとんとんと、組み合せた両手でイサクの背中を軽く叩いた。肩を少しもんで、右だけずいぶん張ってますよ、などと言う。
「意外とお客さんみたいな人、多いんですよ」
「そ、そう」
「冗談で男と言ったらほんとに来ちゃった、とかね」
 イサクにとっては一安心といった具合であるが、それもつかの間、今度は自分の間抜けさ加減に自分で情けなくなってきた。うつぶせだから表情が相手に見えないのが、せめてもの救いである。
「まあ、ただ取りは悪いんでね。少し習ったんですよ」
言いつつ男は背骨の脇を押した。ぎゃあ、とイサクが悲鳴を上げる。今度はふくらはぎに手がまわった。
「眼鏡を見ても思ったけど、ずいぶんがちゃ目ですね。ほんとは片方だけコンタクトとか使いたいんじゃないですか」
「あ、まあね」
イサクは適当な相づちを打った。足の裏が心地よく揉み解されていく。
「お客さんの仕事、当ててみましょうか。けっこう当たるんですよ」
 なんでもないように相手が言った。この頃にはイサクも緊張が解けて、半分眠くなっていた。
「そうは見えないけど、お客さん、軍人だね。若いけど幹部クラスだ。違いますか」
「なんでそう思う」
「なんでだと思います?」
イサクの頭に警報が鳴り響いた。眠気がいっぺんに醒める。男の顔を確かめ、ベッドから飛びのこうと身動きした。
 しかし、相手のほうが早かった。
「まさかこんな若僧だとは思わなかった。おやっさんがそう言ったときは冗談かと思ったけど」
しっかりと男はイサクの首に太い腕をかけ、ひねり上げた。
「お客さんの名前は片眼鏡の軍師イサク・ヨシュア。あの小僧はダゴニアの元王子オシリス。違いますかね?」
 不覚をとった。
「おやっさんに会ってもらいたいんですけどね。なら首は折りませんよ」
 後悔してももう遅い。痛さで口も聞けなくなりながら、イサクはこんなところに入ろうと言ったオシリスを心底恨んだ。

バンディラ解放戦線

 敵なのか味方なのかも分らず、危害を加えられるのかどうかも不明だった。イサクとオシリスは幌のついたトラックに載せられ、砂漠を突っ走っていた。運転しているのはあの若い男である。彼はイサクにターキーと名乗った。
「もちろん本名じゃないですよ」
助手席からのうさんくさげなイサクの視線に、彼はこう説明した。
「最初から張ってましたよ。当然じゃないですか。まさかあんなところで捕まるとは思わなかったけど」
「……言わないでくれ」
 言いだしっぺのオシリスは後部座席で眠りこけていた。話によると、飲んで騒いで歌って踊って寝たと言う。自分もみっともないが、連れの行状はイサクの顔を青くするのに充分だった。ミラにばれたらただではすむまい。
「連れてきました」
 車を降り、赤茶けた石ブロックの建物の中に向かってターキーは声を掛けた。おう、入れや、と狭い入口から声がする。
「降りろ」
イサクは熟睡しているオシリスを起こそうとした。しかしびくともしない。
「起きろよ」
考えあぐねているとターキーが前の座席を倒し、オシリスを担ぎ出した。まるで荷物のように肩にしょって建物の中に入っていく。逃げたくても逃げられないので、イサクも黙ってその後をついていった。
「大したガキやな。爆睡しとるわ」
 室内でタバコをふかしていた中年の男が、驚いたようにオシリスを見ていた。着ているのはカーキ色のつなぎで、白いものの混じる頭を作業員風に短く刈り込んでいた。
「そっちのうらなりがイサクかい。なんやなあ、わし、考え直したほうがいいかもしれんな。こういうのを使っとるミラっちゅうのはどんな奴や」
「我々に何の用です」
 すすめられるまま、イサクはそこにあった鉄パイプの椅子に腰掛けた。どこかで見たことのある顔だったが、どうも思い出せなかった。
 となりの椅子に投げ出されたオシリスが、やっと気づいてあたりを見まわす。ゴミ捨て場から拾ってきたような一本足の円卓には、灰皿とバーボン、それから小型の立体星図が置かれていた。
「わしはケルビン。ケルビン・ランタイムや。一応、ここのゲリラ共の頭っちゅうことになっとる」
 あっ、とイサクは声を上げた。ここに来る前、ミラあてに送られてきた書類に写真があった。
「バンディラ解放戦線のケルビン殿ですか」
「そや」
正面に座るケルビンが、ぷっ、と煙を吹き出す。
「失礼ですが、連邦軍から五千万クレジットの賞金がかかってますね」
なんでこんな手紙が、とミラとイサクはそれを見て苦笑した覚えがあった。差出人は銀河連邦星間警察機構となっており、官公庁のやることらしく、手持ちの住所全てに送ったのに違いない。
「あんたんとこの親分よりちっと少ないけどな。ウチにもなんや手配書がきとるわ」
なんという事もない顔でケルビンが言う。同じ書類を見たのであろう。
「あのミラとかいうのと連絡が取りたかったんやけどふられてもうてな。そこでちいとばかし仕掛けをして、この星まで来てもらったんや。シリウスというんは、よっぽどお気に入りみたいやな」
 イサクもオシリスも、目の前の人物に警戒を強めた。ミラのシリウスに対する執着は、すでにエイシェント軍のアキレス腱となりかかっている。ケルビンがその情報をどう使うのか、それによってはバンディラ解放戦線を潰しにかかる必要があった。
「まさかお前さん達が来るとは思わんかった。けどまあ、話は早いわ」
「用件はなんです」
 短くイサクは言った。よく分からないままさっきから話を聞いていたオシリスも、固い椅子に座りなおした。
「手を組まんか」 
さらりとケルビンは言った。
「そっちとしてもこのバンディラは欲しかろう? わしらだけで抵抗するのもなかなか大変でなあ。ダゴニアと同程度の扱いでかまわん」
 裏があるのでは、とイサクが疑ったのが分かったのだろう。ここでケルビンはわきに控えるターキーを見た。
「それに、若いやつらにも少しはいい目を見させてやりたいんや。貧困と戦乱でこの星はいっぱいいっぱいでな。あんたらの入った売春宿かて、やりたくてやっとる奴はおらん」
ほかにゼニの入る商売がないだけや、とケルビンはつけたした。
「それに、おなじ兵士なら希望のあった方がいいやろ」
 イサクが返事をするまでしばらく間があった。不安になり、オシリスは横目でそっとイサクの顔を見た。
「……閣下に伝えましょう。決めるのは閣下ですから」
「そか。悪いな」
 ケルビンがタバコをもう一本、手に取った。火をつけ、何か言おうとしたイサクを手で制する。
「はじまりは聞いとる。けど、ここまででかくなったら責任ちゅうもんがあるはずやろ。ノヴレス・オブリージとかなんとか言うやつや」
彼の登場により、エイシェント軍には若干の方向修正がされることになる。覇王軍という呼び名が定着するのもこの時期からだ。
「わし、役に立つで」
 ふっ、と彼はイサクとオシリスにタバコの煙を吹きかけた。
「ケンカのやり方にはいろいろあってな。正面突破ばかりやない。少し教えたるわ」
二人を文字通り煙に巻き、にい、と彼は笑いかけた。謀将ケルビン。彼がそう称されるのはもう少し後のことになる。



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