W パラダイム・シフト

スターバースト

 規則正しい鼓動が聞こえる。今まで知っていたものと同じ、力強くて生命の存在を保証するものだ。それは全身に行き渡って、拡散していた意識を凝縮させていく。
(どこなんだろう)
瞼をあける。いや、そう思っただけなのかもしれなかった。
 わたし、というものが励起された。新しい、知らない場所に対する不安と、今までの自分の歴史が瞬間的に要約され、情報として意識のなかに置かれた。そこには背の高い青年の映像も入っている。できれば恋人と呼びたかった、そんな相手だ。
 あまりに性急な求愛を受け入れられず、彼女は自ら遠ざかった。彼の存在と一緒に、その頃の哀しいような灼けつく感情が呼び覚まされる。ひどいことをした、そんな後悔もある。
 けれども今の彼女には、もうはるか過去のことだった。自分によく似た勝気な少年の顔もあった。その情報は血縁という言葉と同時に示された。これはよく知っている、そう思ってから、彼女はもう一つの膨大な情報に目を止めた。今までの自分についての情報の量など、これに比べたらほんのわずかなものだった。
(わたし=ワタシ=私)
ほとんど無意識のままにサーチする。これもわたしだ、でもこんな情報は知らない。さっきまでこれはわたしではなかった。でも今はわたしのことでもある。
(これは違う鼓動だ)
 混乱を引き起こした源はその時空間軸の巨大さにあった。全身を走る規則正しい脈動もかつて知っていたものとは違う。びりびりと震え、その余剰なエネルギーが四方に放射され、拡散していく。
 やっとそのことに気づき、今度こそ本当に彼女は両のまぶたをあけた。
(ほし……そらのほし)
 何億光年もの光が暗黒を渡り、彼女のもとに届いた。近く遠く、星辰は彼女にささやき、語りかけた。背中の光輪が彼女の鼓動とともに明るく輝く。心臓部には爆発しそうなほどの燃料がつまったパルサーがある。
 ゆっくりと彼女は思い出した。何かに呼ばれたような気がして、彼女は生まれ故郷に舞い戻った。本当は呼ばれたのではなく、引き寄せられた。それははじめて彼女があの森に入り込んだ時からあの時まで、意識の底にずっと残って彼女を呼んで止まなかった。
(そして、落ちた)
 ダゴニアのあの湖には亀裂があった。ほんの少しだが時空間が歪んでおり、シリウスはその隙間から数十億年も過去の宇宙空間に飛ばされた。飛んだ先は赤くて巨大な恒星の内部であり、そのまま彼女は核分裂の渦に巻き込まれ、爆発した。
(今なら、分かる)
 彼女の心臓が脈打つと、光輪にエネルギーが送り込まれて星々が誕生した。微小なちりが吹き集まり、固まって燃え出すさまを彼女は興味深く眺めた。
(こんにちは)
 よく様々な生き物に対してやったように、彼女はできたばかりの星に話しかけた。こうやると、相手によっては答えを返してくるものがある。簡単な思考や演算機能があるものは、話しかけることによって自律して動き出す。特に考えたことはなかったが、彼女には生まれつきそういう能力が備わっているようだった。
 若い星は返事をしようとしたが、熱量が足りずに意味不明なことを伝えてくるに留まった。
(そうだ)
燃えるガス雲が彼女にまとわりつき、たわむれる。彼女はそのうちのひとつを手に取り、青白い光をした恒星にふっ、とふきかけた。
 橋ができた。そこには彼女のエネルギーが流れ込み、かわりに相手の情報が入ってくる。力を得て星は饒舌になり、たくさんのことを彼女に教えてくれた。無限の空間に無限の話し相手がいる。彼女は気がつき、片っ端から星々に声をかけ始めた。
(こんにちは)
(はじめまして)
(ここにいるよ)
 面白くなってきた。彼女は無尽蔵にある自分のエネルギーを分け与え、話を聞かせてもらう遊びに夢中になっていった。

チムルイ攻略

 どうしても欲しかった。ここさえ押さえれば連邦領に切り込んで行ける。それはミラに召集をかけられた三人もよく分かっていた。
「ですが現状ではちょっと、いやかなり困難です」
イサクの声と共に、広いテーブルの上に立体映像が現れる。中心に惑星チムルイ、そのまわりを取り囲むように飛散した岩石の破片、さらにその外側には幾本もベルト状にリングがかけられていた。
「まずここ、外氷輪を抜けなくてはなりません」
 そこにいあわせた全員がその立体図像を見る。いくつもの青いリングの中にところどころ、赤く光る点が表示されていた。オシリスがその点を指差し、言う。
「そうは言ってもよ、このアイスピックをかわすのだって並の腕じゃできねえ。突破すんのは容易じゃねえぞ」
 この赤い点は連邦が設置した無人レーザー砲である。哨戒用の小さなものだが、こういった場所ではかなりの効果をあげることができた。彼の言葉にイサクがうなずく。
「その通りです。しかもこの氷のリングは回転していますから、ピックの位置も変わってきます。時間をかけることはできません。それから次です」
画像が拡大される。うひゃあ、とケルビンがそれを見て言った。
「これじゃあ入っていけん。どうなっとるんや」
 大写しになった惑星の表面には、岩石がうろこのように隙間なく覆っていた。イサクはその間に開いた、たった一つの小さな穴を指差した。
「ここが入口です。突入口はここしかありません。実際連邦もここから内部に出入りしているようです」
腕組みをし、ふうむ、とミラがうなる。以前は違いました、とイサクは付け足した。
「要塞化される前は、このれき石群もベルト状だったと聞いています。この先、カムルイにある大量の小惑星を砕いて並べたものが、この『チムルイの甲冑』と呼ばれる部分になったようです」
「砲撃で破れんか」
ケルビンが言った。イサクは首を振る。
「細かく砕かれてその場にあるだけです。潮汐の狭間がこの穴で、どうやってもここしか隙間はありません」
「それぞれの破片が動いているのか。どうしたものか悩むところだな」
 うかつに入っていけばすりつぶされる。過去、いくつもの船がこのチムルイの甲冑に粉砕されていた。勝手に、しかし密集してその場で動き回る石くれは、どんな最新鋭の砲門よりも頑丈で有効な防御法となっていた。
「せめて動かなければ……」
ミラが考え込む。しかしいい案は出てこなかった。
 要塞チムルイは今まで一度も落ちたことがない。難攻不落、それがチムルイの別称である。現在ここにいるのはスピンドルという男で、担当が彼に代わってからというもの、チムルイは不落要塞とも呼ばれていた。
 ミラの他にもたくさんの人間がチムルイに挑んでいるが、かつてこの地が連邦以外のものになったことはない。ここを取れれば銀河連邦の軍事境界線はかなり後退する。それがチムルイという場所だった。
 真面目におのおのが考えている中、オシリスだけが大きくあくびをしていた。もう面倒になってしまったのである。
「考えたってラチがあかねえよ。オレ、ハラ減っちまった」
思わずむっとした顔のイサクに言う。
「なんかさあ、この表面ってガサガサしててドーナツみたくねえ? あれ、チョコかかってんのうまいよな。運ばせろよ、イサク」
「あのなあ、少しは真面目にやれよ。大事な会議中なんだ」
うるせえな、とオシリスが言う。それにイサクがかちんと来て、つかみ合いになりかけたその時である。
「チョココーティングか。確かにいい手だな」
 ミラがくるりと立体画像を回転させてそう言った。なるほどなあ、とケルビンも言う。
「はあ? 何をおっしゃってるんです?」
「お、ミラも食うかよ」
オシリスは喜んでインターホンを取り、自分で揚げ菓子を持ってくるようにいいつけた。ケルビンは惑星の表面を見ながら、ここと、ここやな、と何やら場所を探している。ミラもそのとなりで話を聞いていた。
「おい、イサク」
「ガキと遊んどる場合やないで」
ミラとケルビン、二人に同時に呼ばれ、イサクはよく分からないままそこまで行った。なんでしょうか、と映像を覗き込む。
「あのな……」
 ケルビンはイサクに耳打ちした。話を聞いているうちにイサクの表情が変わってくる。なるほど、と彼はうなずいた。
「ドーナツが来たぞ」
 オシリスが嬉しそうに受け取った皿をテーブルの中央に置いた。彼の言った通り、表面にはチョコとシナモンのコーティングがされていた。
「じゃ、貰うか」
「お茶がいりますね」
 イサクが惑星の映像を消し、コーヒーを運ばせた。彼らが女の子のように甘い菓子を食べているのを見て、飲み物を持ってきた下士官は目を白黒させていた。

 小さな船がチムルイの外氷輪を抜ける。数は全部で三隻、それぞれ腕利きのパイロットが乗っていた。アイスピックと呼ばれる監視砲を無事くぐりぬけると、岩石群のうちでもやや大きめなものに着陸する。場所は各自ばらばら、惑星表面の三点に等間隔に散らばっていた。
 時間を確認し、三人のパイロットは一斉に積んできたタンクの栓をひねった。粘性のない、白っぽい液体がこぼれおちる。船にかからないように注意しながらそれを全部放出し終わると、彼らはまたその場から立ち去った。

 その様子をミラとその三人の部下達はスクリーンで見ていた。映像が切り替わり、チムルイの全景になる。岩石のすきまを伝い、素晴らしい速さで白い液体が惑星の表面を覆っていく。
「ホワイトチョコのフレーク掛けやな。もう固まっとる」
 ケルビンの言ったように、チムルイの防壁はしっかりと固定されてしまっていた。せめぎあう岩がくっついてしまえば、この石壁の威力は半減する。
「あとは殻を割るだけだ。何が出てくるかお楽しみですね」
のんびりとイサクが答えた。今回はバジリスクで高みの見物を決め込む予定である。要塞は自分で動いたりしないから、わざわざ最前線まで出て行かなくてもよかった。
 割るのはオシリスの仕事である。
「これならなんとかならあな」
アイスピックを強硬突破し、動く壁が塗り固められたのを確認して、彼は突入を開始した。

 オシリスは効率よく、しかも上手にチムルイの殻を割り取った。そのさなかである。
「思ったよりかてえぞ、これ。少し時間かかるな」
オシリスがぼやいた。単なる岩石群にしては抵抗が大きいことに手を焼いていた。
 入ってくる情報を見ながら、ケルビンも意外に壁が厚いことに気がついた。イサクも同様で、彼は自分専用の演算ターミナルを引き出し、計算を始めていた。
「おい、割れたぞ!」
それとほぼ同時に、イサクのターミナルもある答えをはじき出した。
「おいおい、ほんとか」
二度、三度と彼は数字を確かめ、ケルビンが中継したチムルイの映像を見上げた。
(あってる。これじゃ落とせないはずだ)
 くるみを割るように、チムルイは真っ二つに割れていた。大きな破片がいくつか浮かんでいるが、それもゆっくりと動いているだけでさほど脅威にはならなかった。
 オシリスから映像が転送され、バジリスクに届けられる。中に入っていたのは機械でできた内臓器官、童話に出てくる宙に浮く人工都市だった。
「まるでラピュータだな」
いみじくもミラが言う。地面は半透明に透ける物質でできており、その上には縦横に走るパイプラインがよりいっそうチムルイを幻想的に見せていた。
 連邦軍はチムルイの内部を掘り取り、惑星地下深くに都市を建設していた。掘り出された瓦礫、土砂はすべて周囲の外殻強化にあてられていた。
「よう割れんはずや。中と外が入れ違っとる」
 イサクの計算結果も同じだった。外側の総質量とチムルイの惑星質量は、ほぼ同じ値を示していた。

ラピュータ王

 卵の中身、チムルイ・ラピュータはおもちゃのような外見をしていた。家々の赤い屋根、チューブの中を走り回るカラフルな自動車、地面に当たる部分にある、透明なカプセルの中に見える様々な色をしたケーブルなどが目を引いた。
「どうする、ミラ?」
オシリスが配下の部下と共に周囲を飛びまわりながら指示を待つ。一見しただけでは、どこにも武器が備え付けてあるように感じられなかった。それで彼は躊躇したのである。
「いや、用心したほうがいい。少し待て」
ミラがそう言った時だった。
 チムルイの街並みの一角が本体から外れた。その部分はそれだけで独立して、宇宙空間に浮かんでいる。
「な、なんや!? おい、見てみい!」
ケルビンが注意を促した。
 次は反対側、更にその次は最初離れた隣接部分、と言った具合にチムルイはばらばらに分解していった。そのたびに惑星そのものの持つ求心力は弱くなり、分解速度は格段に上がっていく。
「オシリス、気をつけろ!」
 イサクが叫んだ時には遅かった。チムルイは重い中心部だけ残してまったくばらけてしまっており、それらの各部分は飛行能力を持つ宇宙船として独自に機能し始めていた。
「おい、なんだこりゃあ」
 要塞は分解した。そして一糸乱れぬ大編隊を組んで、すぐそばにいるオシリス達に襲いかかってきた。

 イサクは戦術の変更を余儀なくされていた。要塞攻略のはずが、空中大決戦になってしまったのである。焦りは自軍の乱れを呼び、前線の混乱を引き起こした。
「イサク、なんとかしろ!」
「今やってる!」
 それでもオシリスは目の前にいるあらかたの敵を潰していた。その網の目をくぐり、一隻の船が彼らの後ろに飛び込んでいく。
 それを追って最後尾の数隻がついていった。中型の敵艦は追跡を振り切り、迎撃を避けながらとうとうバジリスクの前まで辿りついた。
「取りつかれました!」
 旗艦に衝撃と轟音が走った。ミラが叫ぶ。
「早く排除しろ!」
 イサクは唖然とした。まさかこんな手を使ってくるとは思わなかったからだ。
「宇宙空間で乗っ取りか? 信じられん」
 そう思う間もなく報告が入った。
「非常口をこじ開けようとしています! ドッキングしようとしている模様です!」
 慌ててイサクが開口部シャットダウンの命令を出す。旗艦の乗っ取りを防ぐためだ。
「すぐに手前にある気密室の空気を抜け。意地でも中に入れさせるな」
 イサクの指示も虚しく、こう報告がかえってきた。
「やつらエアボムを持ってます。あんな大きいの見たことありません。隙間を可塑剤で目張りしてしまうつもりのようです」
「くそう。空気持参かよ」
 エアボムとは、要はゴム風船の巨大なものである。しかしはじけたとたんにそのゴムが周囲のものに張りつき、凸凹をすべて覆ってしまう。詰め物はだいたい空気であり、宇宙空間で事故があった際の応急処置に使われる。
「開いた部分から侵入してきました!」
「捕らえろ!」
「強すぎます! 我々では歯が立ちません!」
 ケルビンがバジリスクの中枢に当たる、オペレーティングルームを封鎖する。次いで自分はミラのいる艦橋部に移動してきた。
「お前が覇王か」
 追っ手を倒し、ドアを突き破って一人の男がミラの前に現れた。悠然として彼を見据える。
「なるほど、優秀な子分どもだ。死なせるにはもったいない。全部俺がもらってやろう」
男はそう言って剣を抜いた。すぐは切りかかってこないと見て、ミラはとびかかろうとする兵士達を手で制した。
「名を名乗れ」
「ギャビン・スピンドル。ここの責任者だ。不落のチムルイをここまで追いつめた男の顔が見たくて、こんなところまでやってきた」
 剣を取れ、と彼は言った。手を出すな、そうミラがまわりに言うと、ギャビンはうれしそうにくくっ、と笑った。

 ギャビンの剣が右から入る。ぎりぎりでミラがかわす。ミラの切っ先をギャビンがはねのける。細い剣先が肩口をかすり、ミラの着ているものを切り裂く。
 まことにクラシックに、ギャビンはミラに一騎打ちなるものを仕掛けてきた。ケルビンは一度閉めたオペレーションルームを開き、ギャビンの希望でこの様子を全艦に中継している。イサクは蒼白になり、かたわらでミラの戦いぶりを眺めていた。
 おかしなことにこの映像が流されたとたん、敵味方関係なく兵士達は戦いをやめてしまった。誰に言われたわけでもなく、自然に戦闘は止まってしまったのである。
「なにやってんだ」
 びっくりしたオシリスはバジリスクに急行した。ミラが負けたらとどめを刺される前に、自分が乗り込んでいくつもりだった。
(持ちこたえてくれよ)
オシリスの目から見れば、ミラの戦い方はあぶなっかしくてしょうがない。カンはいいものの、もともと生粋の軍人ではないのだ。それに比べたら敵将の動きははるかに洗練されていた。
「おい、ミラ!」
 バジリスクに到着し、ミラの元に駆け込んでいこうとしたオシリスを、青い顔のイサクがとめる。間断なくミラの声が飛ぶ。
「邪魔するな!」
 ギャビンが笑う。
「俺は二人だって構わんぞ」
「つうっ」
ミラの軍服の胸元が大きく裂け、床に転んだ。ギャビンが剣を振り下ろす。
「ミラ!」
 イサクの声をよそに、ミラが左に転がって直撃を避ける。その時にミラの剣が手から外れて飛んだ。床に突き立てた剣を抜き、ギャビンがさらに上から斬りかかろうとする。
 刹那、時が止まった。
「私の……勝ちだ」
ミラの手にある短剣がギャビンの喉元に押し当てられていた。ぐうっ、とギャビンが声をしぼり出す。
「油断したよ」
 止まったのは時ではなかった。彼らが動き出すと、また時間は進み始めた。
「俺の負けだ。首をはねるか、処刑するか。好きにしろ」
「どうするか決めていない。こんなのは初めてだからな」
正直なミラの言い方に、ギャビンは剣を押し当てられたまま、小さく笑った。
 縛められ、兵士達に追い立てられながら彼は最後にこう言った。
「今まで俺に勝ったらチムルイをくれてやると言っても、誰も乗ろうとしなかった。いろんな奴がやってきたが、本当に、一人もいなかった」
「そうなのか」
ミラが言うと、くくっ、とギャビンはまた笑った。
「一騎打ちを受けて立ったのはお前だけだ、ミラ。命がいらんのか、バカなのか。最後の最後に面白い奴と出会った」
 楽しかったよ、またな、と彼はまるで旧友に挨拶するように言ってその場を後にした。二度と会うはずはないのに、また明日、というのと同じように気軽な口調だった。



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