W パラダイム・シフト

列強

 この頃を境に、銀河系は戦国時代に入っていく。弱体化しつつはあるものの、今なお広大な領土を誇る銀河連邦、ミラ率いるエイシェント軍、荘園制度を採用し、国家に匹敵するほどの資産を持ついくつかの商家、それからビンテージと呼ばれる海賊たちがそのおもな主役だ。特に海賊達は激烈な資産奪取を繰り広げる商家にそれぞれ雇われ、やがてビンテージ・マフィアと呼ばれる組織に育って行く。彼らは雇い主から独立した後は、金目のもののあるところには集団でどこにでも出現した。
 王都タートゥーンにも攻め込まれ、ミラは彼らを苦労して撃退したことが何度かある。組織だった攻撃をしてこないため、かえってタイミングがはかれずやりづらいのだ。連邦も商家も、宇宙空間ではまともに彼らを相手にしない。遠くから姿を発見したらさっさと逃げてしまう。やりあっても得るものはないからだ。
 だがこの場合、そうも言っていられなかった。
 連邦軍との状況は一進一退、ややミラの方が押していた。前線では火花が散っているが、中峰から後ろには動きはない。指令系統は待機のままであり、後方の数万の兵士は退屈しきって各戦艦に宙ぶらりんになっていた。
 艦隊を扇状に展開したものの、ミラにもどうするか考えあぐねていた。連邦艦隊を囲い込むように、展開した両翼をそろそろと前進させていく。だが思ったよりも敵軍の攻撃は厳しく、なかなか包囲網を完成させることができない。かといって斬り込んでくるわけでもないのだ。
「被害のもっとも少ないと思われる、両翼上下九十度に展開します」
 イサクの声だ。彼は今、旗艦にはいない。巡洋艦キリアに乗り、膠着した戦端の中ほどの、状況が一番よく見えるところに移動していた。
「おい、はやく補給をよこせ」
こちらはオシリスだった。彼は最も戦いの激しいところ、つまり左翼の先頭にいる。もう燃料も食料もあまりない。思ったより消耗が激しく、急いでミラは最後の備蓄を差し向けていた。
「イサク、何か動きはないか」
「いいえ。足止めして時間を稼ぐつもりのようです。おそらく援軍を待っているのでしょう」
 ミラのほうも支援物資を待っていた。もう届いてもいい頃なのに、なかなか補給船がこなかった。
「てめえ、これっぽっちじゃ足んねーぞ」
「次がくる。少し待ってろ」
わめくオシリスに答え、ミラは通信を切った。彼の焦りもよく分かる。モノ不足では士気に関わってくるし、第一前線の兵士を取りまとめているのは彼なのだ。
 なるべく早くけりをつけたかった。宇宙空間で持久戦など無謀もいいところである。敵の援軍もなかなか現れない。緊張だけがじりじりと高まっていく。
「たいへんや! やつらがきよった!」
 ケルビンの声で、なにごとかとそこにいた全員が転送された映像に目を向けた。極小監視バルーン、ツィックからの映像である。ケルビンは通信、情報のセクションを受け持ち、ミラと同じく旗艦バジリスクに乗っていた。
「うわ、いっぱいおるわ……七十、五、六万は下らんな。なんでこんなにおるんや」
 数十時間におよぶ睨み合いが続いているところを、突如、雲霞のようにビンテージ共が湧いて出た。ミラはざっとその数を概算し、あることに思い当たった。
「イサク」
「はい」
「どのくらい補給艦隊は遅れている」
 驚きを押し隠し、冷静に聞こえる声が返ってきた。
「十五光時といったところです」
「ケルビン、敵の司令官に通信を開け」
「なんでや」
「おそらく連邦の援軍もこない」
ケルビンもミラの言いたいことが分かった。
「了解。お安いご用や」」
 最後にミラはオシリスに話しかけた。だが全部言い終わらないうちに、彼がミラのセリフを取った。
「おい、オシリス」
「補給は来ねえ、作戦は変更ときたかよ」
「よく分かったじゃないか。お前にしちゃ上出来だ」
へっ、と言ったのが聞こえてきた。
 ミラは全軍に命令を下した。
「作戦を変更する。敵は海賊、ビンテージ・マフィアだ。我が軍の補給艦隊はやつらにやられた。よって補給はこない」
 全艦隊を衝撃が走る。平然とミラは続けた。
「だが連邦の援軍もこないはずだ。ここで負けたら次はない。以上、各自すみやかに戦闘態勢に入れ」

 動揺したのは連邦軍も同じだった。いや、もっとひどかったかもしれない。その証拠に連邦軍の司令官はなかなか通信に答えなかった。
「こちらバジリスク、貴軍司令官と連絡が取りたい、応答せよ」
 ケルビンが一生懸命に呼びかけている間、イサクは巡洋艦キリアで戦略シミュレータと睨み合っていた。
(これじゃまずいんだよ)
何度計算しても四割以下の勝率しか出てこなかった。しかし彼の頭は七割五分の勝率があると言っている。あまりの差に、彼はどちらを信じるか迷っていた。
「閣下」
 迷った末に、イサクはすべてを告げることに決めた。ご託宣を有効利用するのはミラの仕事である。そう割りきった。
「中央、左右と攻め込みビンテージを三分割し、集中突破します。それが一番有効でしょう。左右の先頭は機動力の高いものを集中させます。中央の先鋒はオシリスです」
ふむ、とミラがうなずく。
「この場合は必要以上に戦闘を仕掛けてはなりません。連邦軍の動きも分かりませんし、逃げることに全力を注ぐべきです」
「そうしよう。勝機はどれぐらいだ」
 恐れていた質問が来た。
「シミュレーションによれば四割です」
「お前はどう思う」
観念したようにイサクは目をつぶった。まだ迷っていた。
「私は七割五分……充分いけると思います。けれど」
「なんだ」
歯切れが悪い。ミラにもイサクの迷いは伝わってきた。
「連邦の動きは不確定因子として、このシミュレーションには入っていません」
どういう風に伝えるか、イサクは慎重に言葉を選んだ。
「連邦が協力、援護してくれればよし、そうでなかったら……我々は生き延びる事も難しいかと思われます」
 長い沈黙があった。
「他に方法はない。少しでも成功するならそれでやるしかない」
 決断が下った。通話が途絶する直前、つながったで、とケルビンの叫ぶ声がイサクの耳に聞こえてきた。

前進せよ!

 連邦軍の司令官はいなかった。画面には映ったのだが、そこにはふぬけてぼんやりした顔の、若い男がいるきりだった。
「こちらミラ・エイシェント。貴君が連邦軍の司令官か?」
通信ターミナルで調整を取るケルビンも不審に思った。しかし繋がった先は、ちゃんと銀河連邦旗のある大型船だった。男はおどおどとミラに答えた。
「わ、私はハムラン・ダーフ。銀河連邦軍指揮官代理だ」
「代理?」
 ミラのしかめ面がこわかったのかもしれない。男はわあっと叫んでがたがた震え出した。
「あ、あいつ逃げちまったんだ。おれに、ここに座れって言って……お、お、おれ、ただの清掃兵なんだよ。許してくれよう」
「……分かった」
 なんと言ってよいか分からなかったが、ミラは一応そう言った。哀れなハムランは必死でミラにすがりついてきた。
「こ、この船、えらいやつ誰もいないんだよ。ビンテージは来るし、お、おれ、どうしたらいいんだ。何にもしないから助けてくれよう」
 恥知らずな話で、ビンテージの襲来と同時に連邦艦隊の要人はみんな、船と部下を捨てて逃げ出してしまっていた。残っているのはハムランのような後方要員と、貧乏くじを引いた者、それから何も知らない者ばかりだった。
「ケルビン、連邦軍の使っている周波数を探してくれ」
「了解」
 イサクのカンはこれを指していたのかもしれない。そう思ってから、ミラは戦艦ディアナにいるオシリスに通話を入れた。
「作戦に少し変更がある」
「またかよ」
 話を聞き、なんだってえ、とオシリスは言った。それからイサクの指示通りに、自分の船とそこに従う一団を、指定された場所に移動しだした。

 再び、ミラはハムランの乗る船に通話を入れた。
「な、なんだよ」
助けてやる、そうミラが言うとハムランは目を見張った。
「な、なんで、あんたがおれたちを助けてくれるんだ。お、おれたちは敵なんだぞ」
「助けてくれって、さっきお前は私に頼まなかったか」
「い、言ったけど、ほんとうか」
「本当だ」
 話をしているうちにミラは笑ってしまいたくなった。ハムランがそう言うのは当然である。なにもわざわざ敵軍を助けてやる必要はこれっぽっちもないのだ。頭のいない連邦軍などビンテージにくれてやって、その隙に逃げ出してもいいのである。
「ど、どうしたらいいんだよ」
「これから私の言う通りにしろ、いいな」
「う、うん、わかった」
パイロットと代われ、とミラは通信を転送させた。青ざめた男が画面に出る。胸に光る階級章が痛々しくミラには思えた。
「何だ」
「指揮官はもういない、そうだな?」
「……そうだ」
 少し間を置いて、相手は答えた。いまさら隠しても無駄だと思ったのが分かった。
「どうするつもりだ。こんなにたくさんいる我々を、捕虜にでもするのか」
「ではそうしよう」
 男の表情が硬くなった。観念したようにミラの顔を見る。
「その船は旗艦だ」
ミラは言った。
「我々はここを脱出する。このバジリスクが動いたらついて来い。旗艦が動けば全艦動く。こちらも現在の兵力だけではビンテージの突破は難しい」
男が目を見張る。
「……信じられん。我々を助けてくれるのか」
「無事脱出したら捕虜でも何でも希望を聞いてやろう。それまで死ぬな」
 ぶつっ、と音がして通話が切れた。同時に先頭のディアナが動き出した。群がる海賊どもを片っ端から蹴散らし、前進していく。陣形が変わり、左右から同じように尖った部分ができてビンテージの群れを分断する。真ん中の目立つところにはキリアがあった。
 しんがりのバジリスクが動き出した。ゆっくりと、マッコウクジラのような黒い巨体が泳ぎ出す。思いきったように、赤い連邦軍の旗艦が後に続く。ここでミラは連邦軍全艦に呼びかけた。
「私はミラ・エイシェントだ」
連邦艦隊から驚きの声が上がった。
「我々、エイシェント軍はビンテージ・マフィアの襲来に際し、この宙域を離脱する。ついては貴連邦軍にも協力をお願いしたい。我々だけでビンテージの突破は困難だ。繰り返す……」
 ミラが通信回路を切ると、連邦軍の旗艦が海賊共に向かって砲撃した。まさかミラと連邦が手を組むとは思わなかったらしく、ビンテージは慌てて予定変更をした。つまり、逃げる者が続出したのである。
 一隻、また一隻と連邦の船がバジリスクに寄り添ってきた。伴泳する小型の回遊魚のようにその数は次々と増え、ついにはほぼ全部の船がミラの後をついていった。

救済者

 ビンテージ・マフィアから、敵味方合わせておよそ五十万の兵力をほぼ無傷で救い出したミラは、一躍英雄として知られるようになった。同時にこのことはミラの存在を、連邦の暴政からの救済者と人々に認識させることになった。
「次はカンタレラに向かう」
 それでなくてもミラの周囲は慌しい。次々と版図を広げる彼が本心を見せるのは、現在ではイサク一人になっていた。
「カンタレラには何もありませんが……なぜです?」
 例の、タートゥーンでの執務室でのことである。イサクが不思議に思ったのも無理はなかった。資源もたいしてないし、戦略的に使える場所でもない。たったひとつの利点はそこの住民がおとなしいだけである。
「カンタレラには女神信仰がある。シリウスの手がかりがあるかもしれない」
 さすがにイサクは、この時友人として忠告した。
「ミラ。少し落ち着いたほうがいい。闇雲に探したってシリウスは見つからない。それにもう、そんなことで軍を動かすわけにいかないんだ」
「……そうだったな」
 ミラはこびりついたものを払い落とすように頭を振った。今の彼には名声がある。けれども、なくしたものも大きいような気がしてならなかった。
「お嬢様はご機嫌うるわしいか。最近ほったらかしだろう」
 大変なのは自分ばかりではない。そのことにミラは思い当たる。自分達がいつのまにか強大な権力を握ってしまっていることに、怖れと焦りを感じるのだ。
 イサクは少しわらった。
「まあね。次の休みはデートだよ」
友人を売り飛ばし、好きな女を探すこともできずに自分はここにいる。英雄と呼ばれても何にもなりはしない。あれだって計算の上の行動だった。
 そんな痛烈な思いが湧きあがってきた。
 ミラは確かに少し疲れていた。事ここに至ってそんなことを考えても無意味なのだ。
「カンタレラはケルビンに調査させましょう」
イサクが言った。
「シリウス関係は調査予算費を取ります。私の直轄の組織にやらせます。報告は極秘で閣下にお持ちします」
「そうしてくれ」
現状ではそれが精一杯だった。もはやエイシェント軍は、ミラの私設軍隊ですらなくなっていた。
「それから」
 イサクはこう付け加えた。
「今日これからの予定は全部キャンセルして、オシリスとチェスをすることをおすすめしますよ。じゃなかったらホットチョコレートをお持ちしますから、それを飲んで寝ちまうことですね」
 それを聞いてミラは笑ってしまった。久しぶりにこんな風に笑った気がした。

 エイシェント軍が他の幾多の新興勢力と違ったのは、その集金能力の高さにある。ミラの通った後にガルヴィータ家が入り、事業を興して歩く。連邦の開発計画は穴だらけであり、商売のプロから見ればまだまだ儲かる余地があった。もとからある資本にほんの少し手を入れるだけで、商家はミラの分を含めた投資額をはるかに上回る儲けを、それもやすやすと得ることに成功していた。
 そしてその上がりをミラが貰い受ける。巨額のバックマージンが定期に入れば、傘下の星々に重税をかける必要はない。
 ゆとりが出れば生活のランクも上がる。新規の事業を呼び込むわけだから、住民はミラを歓迎した。エイシェント軍の基盤は大きかったから、ガルヴィータ家も搾取をせずにすんでいた。
 あの手紙を見て、一度破棄された婚約を再履行しようと、ガルヴィータ家はイサクに持ちかけてきた。古風な、しかし拘束力の強いやり方である。両者は協定を結び、数年後に彼はガルヴィータ家に女婿として入ることになった。
 ところが一人娘のガレリアを押さえてしまったために、かえって現在ではミラの方が発言力は大きくなっていた。ガルヴィータ家とすればこれは予想外のことであったろう。だが、いまのところはミラのもたらす利益の大きさの方が勝っていた。だから彼はいつでも好きな時に好きなだけ、資金を調達することができた。それはイサクの政治力も大きい。
 ビンテージ・マフィアを撃破してからは、銀河の覇権を争うのは事実上、ミラと連邦の二者だけになっていた。他の商家は内乱が起きないよう領地を守るのが精一杯だったし、連邦以外には資金力、軍備力でミラを上回る勢力はなかった。覇王ミラ、人々は尊敬と恐怖をこめてそう呼んだのである。
 いつから、一体自分達はいつからこんな風になってしまったのか、ミラはそう思う時がある。かつてのイサクはあれほど冷静ではなかった。いついかなる場面でも的確な判断を下し、駆け引きの才を発揮する。現在のミラにはそれは必要不可欠のものだ。彼がいなくてはエイシェント軍は成り立たない。
 オシリスも同じで、この最若の将がいなくては軍を進めることなど考えられなかった。彼が命じれば兵は喜んで従う。彼自身も戦場へ出向くのが好きで、その統率力の高さはミラ自身ですら追いつかないほどだった。
(そして、ケルビンだ)
 情報戦というものを、はっきりした方法と共にミラのところに持ち込んできたのはケルビンである。技術屋上がりの彼は、必要だと思った機材を自分で準備することができた。同時にプロパガンダの効果の程を知りぬいており、ミラにいくつもの演出を施した。
(自分は何をやっているのだろう)
 ぐるりと回って、彼の思いはスタート地点に帰ってくる。そこにはいつも白い服を着たシリウスがいて、ミラのことをじっと見つめていた。
 彼の心はダゴニアの少女に固定されたままだ。どこまで行っても彼女は見つからない。シリウスは、彼が自分を探して銀河中に戦乱を起こしていることを知っているだろうか。もし知っていたら自分を許すだろうか。
 何も分からなかった。ミラに分かるのは、彼女を見つけたときにこの戦争が終わることだけだった。結果、自分がどうなるのかもまた分らなかった。



モドル トップ ススム

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