X 夢見るかけら

 サンクチュアリ

 ネットワークは広がっていく。情報は彼女の思考を肥大させ、拡大させていく。末端の天体からは大宇宙の不思議が次々と伝えられ、彼女の感じたことが送り返される。自由に情報網を操り、エネルギー偏移を起こして、彼女はさらに自己を拡大させて行く。
 かつてシリウスと呼ばれた少女は、変光する中性子星の中に存在し、同一化していた。制限なしの巨大なエネルギーは取り込まれた彼女の意識を変え、常時そこに存在することについて考えさせるようになった。彼女は答えを求め、宇宙の隅々まで情報を探った。はかばかしい答えはなく、彼女はそうやって作ったネットワークに自分の意識を乗せて検索するようになった。
 やがてネットワークは有機化され、その核に彼女が存在するように変化していった。くらげのようにネットワークは組織され、おのおの自律して動くようになった。末端の恒星やガス雲やアステロイド群は、彼女の身体の一部となった。宇宙を飛び回る彗星は、大事な感覚器官へと変化した。
(あれはなんだろう)
 遠くから彼女を呼ぶ者がある。すぐ隣の銀河の辺境にあるちっぽけな惑星からだ。
(カンタレラ)
その星はそういう名前で呼ばれていた。彼女を呼んだのは土地の女神に捧げられる旋律だった。遠く近く、うねるように音楽は彼女を引き寄せた。それを気に入った彼女はその響きに自分を同調させ、はるかな星々にその調べを送り届けた。
 音楽は彼女に、昔持っていたか細くて優美な姿を思い出させた。久しぶりにそのイメージを復元させ、穏やかなメロディーを口ずさむと遠い昔が懐かしくなった。
 ときおり揺らぎながら、そのリズムとメロディーは宇宙空間を満たしていった。その音楽のもと、彼女は自分自身が星々を渡って行けるように、ネットワークをさらに強固でしなやかなものに作り変えていった。

タミル侵攻

 タミルに関してはミラ最大の失敗と言われている。そもそも最初から彼の部下たち三人は、惑星タミルについてあまり攻撃の必要を感じていなかった。それでもミラに従ったのは、軍隊という組織に属していたからに他ならない。
「攻撃目標が見えてきました。あと三十光分です」
 最前線のパイロットからバジリスクに通話が入る。タミルには小さな補給基地と通信指令基地があった。タミルを周る衛星クラックにも、中継用のアンテナを積んだステーションがある。イサク達はそれを破壊するだけで充分だと考え、またミラともそう打ち合わせていた。
「クラック・ステーションを破壊しました」
撤退せよ、そうイサクが言おうとしたときである。
「さらにタミルの通信基地を破壊する。前進し、目標が見えたら爆撃せよ」
 ミラはそう指令を出した。驚いたのはイサクである。
「閣下。タミルの通信基地は民間の施設の真ん中にあります。宙間弾道ミサイルなど使ったら、すべて吹き飛んでしまいます」
オシリスからも同じような通信が入ってきた。
「おい、マジかよ。破壊力がでかすぎる。一度撤退した方がいいんじゃねえか」
「オシリスの言うとおりや。下がったほうがええ」
ケルビンの声もそう言った。このままだと住民の生活基盤も破壊してしまう。それはミラにとってもガルヴィータ家にとっても得策ではない。
 だがミラは頑固だった。
「いや、今叩く。多少の犠牲は仕方がない」
不本意ながらもイサクはそうオシリスに伝えた。彼もまた、仕方なく前線にそう命令した。

 結果としてミラはタミルの住民からひどい反感を買うことになる。ミラの破壊のあと、すでにかなりの金額をガルヴィータ家はこの星に注ぎ込んでいた。それでも再興などおぼつかず、タミルの街並みは荒廃したきりになっていた。
 彼らは占領したタミルに乗り込んでいったものの、雰囲気は今までで最悪だった。ほんの少しの距離を歩いて移動するだけでも、何が起きるか分からないのだ。
 護衛を連れたイサクを見て、たくさんの子供達が群がる。きちんとした身なりと優しげな空気を察知し、何かもらえると思って寄ってくるのである。
「お金ちょうだい」
「お菓子ちょうだい」
その様子は見ていられないほど痛々しかった。彼は乱暴に子供を追い払うボディガードを叱り、ただちに配給の開始とライフラインの復興を命じた。
「あれがそうだよ」
「ふん、ずいぶん話と違うね」
「しいっ、聞こえるじゃないか」
大人はミラ達を遠巻きにし、口々に囁いていた。噂と違う、それが彼らにはショックだった。覇王軍がくれば暮らし向きがよくなる、そう信じ込んでいた大人達には、突然の生活の破綻は裏切り以外の何者でもなかった。
「ちょっと、あんたがミラっていうのかい」
 いきなり小太りの、中年の女性が彼らの前に飛び出してきた。数人の護衛が彼女に対し身構える。それを見て、あんたはそんなに偉いのかい、そう彼女は毒づいた。
「おい、よせ」
イサクが彼らを制する。ガード達は構えを解いたものの、オシリスが目立たないようにミラのとなりに移動してきた。
 なんや、とケルビンが穏やかに声をかける。彼女と周囲の目を刺激しないよう、細心の注意を払っていた。
「おっさん、あたしはこの人に話があるんだよ」
 彼女はケルビンにそう言うとミラのことを見た。
「うちの人を返しとくれ! あの人は戦争には関係なかったんだ!」
ケルビンがぎょっとして言った。
「おいおい、おばちゃん。ちゃんと話してえや」
「あんたなんかに分かるもんか」
 そう言うと女性はそこに座り込み、わあわあ泣き出してしまった。
「あの人は病院にいたんだよ、それなのに……」
イサクとケルビンがあれこれ話しかけたが、彼女は聞こうともしなかった。そこで泣きつづけ、ミラに訴え続けた。
「あんたはうちの人を殺したんだ。町の中もこんなにしちまって……何が……ただの戦争屋じゃないか……」
「少し、落ち着いてください」
肩をゆするイサクの手を、触らないでくれ、と言ってはねのける。ケルビンは首を振り、ミラの近くに戻っていった。
「……済まない」
ミラが言ったのはそれだけだった。それしか言えなかった。
「それで……それだけで終わりなんて! あんたは……あんたなんか来なけりゃよかったんだ!」
 戻りましょう、とイサクはミラに声をかけた。押し隠していたがミラの顔色は真っ青であり、動揺が如実に現れていた。
(いかん)
ケルビンがイサクに本当に小さな声で言った。閣下、私が、とイサクが言うと、ミラはいや、いい、と首を振った。
「……すまない。私にはこれしか言えない。どうか許してくれ」
そうかいそうかい、と彼女はさらにふてくされたように言う。あんたなんか人でなしの人殺しだ、そう叫んでいた。
「閣下、もう行きましょう。時間があまりありません。タミルの人々のことは、私が責任を持ってなんとかします」
とうとうイサクはみなに出発するように伝えた。ミラの動揺をあまり町の人間に見せてはまずい。そう判断した。
 彼らが去った後、おばちゃん、もういいじゃないか、と町の人が彼女に話しかけた。いや、あたしは許すもんか、そう彼女は泣きながら言い張っていた。

謀議

 カンタレラの報告書をもう一度読みなおし、イサクは自分の引き出しにそれをしまった。白い衣をまとった女神が現れたなどどいう報告書は、とうていミラに見せられるものではなかった。
「なんや、イサク。おまえ、人の苦労を握り潰しよったな」
 振り返るとにやにや笑いながらケルビンが後ろに立っていた。半分開いたドアの向こうには、オシリスの姿も見えた。
「黙って入るなよ」
二人が中に入るのを待って、イサクはプライベート・ルームのドアを閉めた。
 入ったとたんにケルビンがタバコをつける。イサクはその辺にあった空き缶を拾い出し、彼の前に置いた。
「お前んとこの灰皿は毎回ちがうな」
「自分で持ってきてくれ」
うひゃうひゃとケルビンは笑った。オシリスは一番居心地のいい、エアコンの吹き出し口の前に座り込む。そしてイサクに文句を言われる。これもいつものことだった。
「こないだのタミル侵攻といい、今度のカンタレラのことと言い、ミラの奴、一体どうしちまったんだよ。どっかイカレちまったんじゃねえのか?」
 座ってすぐにオシリスが口を開いた。ケルビンがふっ、と煙を吐く。
「思ってたより繊細やった。そうやな、イサク?」
顔は笑っているが視線は鋭い。イサクは机の中からさっきの書面を取り出した。
「閣下は……ミラは崩壊寸前だ。こんな報告書は見せられない」
「こいつは姉貴だ。間違いねえ。なんでこんなとこにいるのか知らねえけどな」
報告書をぱらぱらとめくり、オシリスが断言する。
「だから見せられないんだ。今度、ミラの神経が焼ききれてしまったら……」
「この大事なときにどこに吹っ飛んで行くかしれん、そう言いたいんやろ」
意地悪くケルビンが後をとった。イサクは黙ってうなずいた。
「今度の戦いでどちらが銀河の覇者になるか決まる。もうシリウスがどうとか言っていられる状態じゃないんだ。なのにミラは、いつまでたっても彼女の亡霊から抜け出せないでいる」
 ふと、イサクはオシリスと目が合った。ま、しょーがねえよ、とオシリスは彼の言葉を肯定して、その場にごろりと横になった。
「辛いんよ」
ケルビンがタバコをもみ消す。
「だからしがみつく。お前さんのようにタフでもなければ、そこの野ザルのように単細胞でもないんや」
誰が野ザルだよ、とオシリスの声が飛ぶ。
「分ってるよ」
 イサクの言葉はだだっ子のようだった。
「けど、今はだめだ。これが終われば、ミラはどこで何をしていたって構わない。でももう、あの時と同じじゃないんだ」
いつものクールさが一転して激烈な調子になった。感情のままに、彼らに不満をぶちまける。
「もう庇いきれない。これ以上、覇王の名に傷をつけるわけにはいかない。でも、でも限界だ」
 ミラの不調はイサクにもかなりの負担を強いている。ケルビンもオシリスも、この時初めてそれに気がついた。
「またオレが行こうか」
寝転がったまま、オシリスがいう。イサクは首を振った。
「それも駄目だ」
オシリスは床から起きあがった。じゅうたんから拾ってきたほこりを払い落とす。
「あん時、てめえは『全部自分が責任を取る』って言ってオレを牢から出したよな」
「もう無理や」
 ケルビンが口を挟む。
「自分の立場をわきまえてみい。お前さんだって一軍の将や。もし死んだらイサク一人に責任は負いきれん」
「じゃあ誰が責任を取るんだよ」
「ミラや」
「それじゃどうにもなんねえじゃねえか」
堂々巡りをしていた。イサクがため息をつき、うっとうしい片眼鏡を外した。
 厚いレンズの下から真面目で気弱そうな瞳が現れる。臆病だから素顔を見せないのだと、以前彼は陰口を叩かれたことがあった。だが小心でなくては参謀など務まるまい。
「俺達、バカばっかりだな。何も、どうにもできやしない」
 少し元気になったイサクに、ケルビンは笑って見せた。
「まあ、三人寄ってもバカはバカってことや」
「打開策はない。そういうことか、ケルビン」
いや、と彼は言った。
 イサクとオシリスは思わずケルビンのそばににじり寄っていった。
「野郎が寄ってきたってじゃまくさいわ。もうちょいあっちいけ」
二人を追いとばすと彼は次のタバコに火をつけた。ぷっ、とまた煙を吹く。
「イサク、開戦時期を少し早うせいや。奇襲でもなんでもええ」
ええっ、とイサクが言う。
「まだ準備が整ってない」
「だから、奇襲しろと言うとるんやないけ。今なら向こうもそう思っとる。チャンスや」
「ミラはそういうの嫌いだぞ」
これはオシリスだ。彼がそう言うとケルビンは、嫌いもへちまもあるか、と一喝した。
「許可なんかいらん。勝手にやるんや」
「どういうわけだよ」
 さすがにオシリスは聞き返した。勝手にやっていいなんて話は聞いたことがない。
「お前の子分に喧嘩を売らせるんや。血の気の多いのがぎょうさんおるやろが」
けどなあ、とオシリスが渋る。イサクはイサクで、スケジュール調整の大変さを思って青くなった。
「ええか。戦場にさえ出ればミラはしゃっきりするんや。忙しくてつまらんこと考えるひまもなくなる。それにな、イサク、オシリス」
 ケルビンは若者二人の顔を見た。
「ミラはもうあかん。イサク、お前さっき自分で言うたやろ、崩壊寸前てな」
イサクもオシリスも声が出なかった。あまりにはっきり言われ、思考が止まってしまっていた。
「……ああ、言った」
「ミラは……どうしちまったんだよ」
 オシリスもうなずく。静かになってしまった二人に、ケルビンは容赦なく言葉をぶつけた。
「あいつは戦争バカや。自分で自分をそうしてもうた。今んとこはそれでええ。けど、もうそろそろこの戦争も終わる。したら……多分生きていかれんやろ」
「ケルビン! てめえ!」
「言っていいことと悪いことがあるぞ!」
彼らの抗議に平然とケルビンは答えた。
「ほんとのことや。これ以上の戦乱は誰も望まん。かといってあいつに戦場に出るな言うほうが無理なん違うか? な、軍師さんよ?」
「そうだ……タミル侵攻は必要なかったんだ。だけどミラはあえて攻撃した。シリウスの幻影がミラにまとわりついて離れなかった」
 うなだれたイサクにケルビンはこう言った。
「これが最後の花道やと思うとったほうがええ。カッコよく演出して、散らしてやるんや。その心づもりでいけ」



モドル トップ ススム

inserted by FC2 system