X 夢見るかけら

造反

 エイシェント軍と銀河連邦との最後の戦いは、オシリスの配下にある空挺部隊が連邦の偵察機に接触し、その小競り合いが引き金となった。こういった事態にしては異例とも言える速さで情報がオシリスの元に流れ、彼はただちに部下の加勢に成功した。
 ミラが登場するまでは少し時間があったから、それまでにオシリスは思う存分連邦軍の鼻面を叩いていた。ケルビンが潜り込ませた諜報部隊はせっせと働き、時を同じくして敵の通信網を破壊した。
「全軍準備が整いました。出撃できます」
それ以上に早かったのはイサクの対応である。総大将が行くまでは現場に判断を一任せよ、彼はそういう指令を出し、同時にありったけの戦力を投入した。
 ミラはその時ちょうど、現場からははるか遠くのガルヴィータ家の会合に呼ばれていたところだった。彼が戻るまでにイサク、オシリス、ケルビンの三人はほとんどの準備を終え、戦況はミラに有利に進んでいた。
「偶然にしてはずいぶんと手回しがいいな、イサク」
「はい。ちょうど修理の終わった艦がいくつかありましたので。幸運でした」
「そうか?」
ミラは疑問を差し挟んだ。
「私には充分準備をしてあったように見えるが。そんなに偶然が重なるわけがあるまい」
「はっ……」
 旗艦バジリスクで、ミラは今までの報告を聞き終えて言った。何もかもが気に入らなかった。自分の留守中に戦端が開かれたこと、手際良過ぎる側近の動き、それに呼応するような連邦軍の混乱、その全てに嫌な臭いを感じていた。
「謀ったな」
「何をおっしゃいますか」
イサクは頭を下げたまま、彼の顔を見ようとしない。
「おおかた、ケルビンあたりが入れ知恵したのだろう。オシリスは単純だから、お前が言えばやるはずだ。違うか、イサク?」
「何を……疑っていらっしゃいます」
イサクがおもてを上げる。気のせいか顔色がよくなかった。
 ふふん、とミラは鼻でわらった。
「見え透いているぞ、イサク。三人で奇襲をかける相談をしたと認めたらどうだ。私の許可が下りないから無断でやったと素直に言え」
「そんな訳がありません」
「嘘をつけ。顔に出ているぞ」
 ごまかしきれない。イサクはそう見てとうとう言ってしまった。
「戦略上、必要と見て実行しました。私の独断です。オシリスとケルビンは関係ありません」
「ほう、そうか」
この時までミラには余裕があった。薄笑いさえ浮かべて、イサクのことを追求していた。
「では計画を立てたのはケルビン、実行犯はオシリスでいいのだな」
「違います。すべて私の独断です。彼らは言われた通りにしただけです」
「嘘をつくな」
「本当です」
 必死に仲間をかばうイサクに、ミラの中で何かがはじけとんだ。何かは分らない。ただとてつもなく気に入らなかった。
「……お前にそんな度胸があるとは知らなかった」
「は……」
「前線を嫌がる小心者のイサク、そう兵士達に噂されていたのにな」
「閣下!」
 苛烈な言葉が飛んだ。
「戦闘終了後、軍法会議を召集する」
「ミラ! 聞いてくれ!」
「しかるのち、処分を行う。利用価値のなくなったお前を、ガルヴィータ家がどうするかは知らん。私には関係のないことだ」
「ミラ!」
 裏切り者の言葉を、覇王たる者が聞くわけもなかった。張り詰めた空気の中、ミラは口を開いた。
「本来なら今ここで処刑すべきだが、腹の立つことにそうもいかん。まだお前に代わるほどの戦略コンピュータはないからな」
 やっとの思いでミラは怒りをこらえた。目の前が廻っているように感じられた。
「分ったら早くキリアに乗って状況を見に行け! 二度と顔を出すな!」
イサクを追い出し、彼は巨大な椅子に座り込んだ。身動きできないほどの疲労感が、彼の全身を覆っていた。

 奇襲攻撃が功を奏し、戦局はミラの一方的な展開になっていた。電撃的な初期攻撃から連邦軍は立ち直れず、追い詰められ、苦戦していた。
「原因不明の可聴波をキャッチしました」
一方でエイシェント軍も勝利まぢか、というわけではなかった。ミラの方はときおり混じるノイズ音に星間通信を邪魔され、指揮の滞りが目立った。
「なんじゃい、これは」
 わりを食ったのはケルビンである。宇宙ノイズの一種のようだったが、発信地を探ると移動していることが分った。しかもだんだんと大きくなっており、近づいているようだった。
「ケルビン、このうるさい音を何とかしろ!」
「いまやっとるわ。うるさいのはお前さんじゃい」
小さい声で彼はミラにぶうたれた。それにしても、と計器類の数字を見ながら思う。
(えらい質量や。まるで星が一個、まるごと動いとるみたいや)
 彼の物思いをキリアからの声が突き破った。
「ケルビン! この音……カンタレラのあの音楽だ!」
「なんやと!?」
「ケルビン、外を見ろ! 早く、早くしろったら!」
 驚く間もなくディアナからも通信が入った。そのあまりに騒がしい声に彼はあきれかえった。
「どいつもこいつも……やかましわ、まったく」
ケルビンの配下の映像チームからも、ほぼ同時に通信が入って来ていた。
(なんじゃ、もう)
それも至急のランプがついていた。いいかげん嫌になりながら、彼は通話をオンにした。
「ケルビン殿! 信じられませんが、外に、バジリスクの外に人影があります! あれは……あれは……」
雑音は最大になり、そこにいる全員に聞こえていた。それはもう雑音ではなくメロディーを持ち、美しい音楽を奏でていた。
「シリウス!」
 宇宙服もなく、ヘルメットもかぶらずに白い服の少女がバジリスクの上にいた。涼しい風の吹く丘の上にいるように、彼女は巨大なバジリスクに腰掛け、くつろぎ、歌っていた。

再会

 信じられなかった。メインスクリーンに大写しになったシリウスの姿は、失踪当時からまったく変わっていなかった。
「あれはシリウスやない」
最初に立ち直ったのはケルビンだった。
「なんでだ、ケルビン」
イサクが、これも理知的に彼にたずねる。
 ケルビンの手もとにあるデータは、彼女が人間ではないことを示していた。質量、エネルギー量とも大きすぎる。それに、真空状態の中で人間が生きていられるわけがない。
「けど、あれは姉貴だ。生きてる、いなくなっちまったと思ったのに。どうしてなんだ」
オシリスの言うことも正しかった。間違いなく彼女は生きている。何もない空間を自由に渡り歩き、呼吸する。心臓は動き、細い手足はしなやかに伸びをする。
「シリウス! シリウス!」
 一方、ミラはあたりはばからず、シリウスに向かって呼びかけていた。
「ここだ!」
スクリーンの彼女の顔がミラを見た。そう、しっかりと彼女はミラを見ていた。
(あなただったのね)
 ずっとシリウスは誰かに呼ばれているように感じていた。彼の顔を見た時、古い古い記憶と不器用に愛されたことが重なった。許せなかったことは、すでに過去に置いてきてしまっていた。
「場所は!」
「艦上右、小翼付根付近です」
 すべてを放りだし、ミラは船内を走り出した。後を追う兵士達と士官連中を追い払い、シリウスめざして一目散に、最短の場所にある非常階段に取りついた。
「いかん!」
ケルビンが全艦内にミラを止めるように通知した。が、間に合わない。
「ミラを止めるんや!」
階段を駆け上がり、その上の細い梯子を見つけ、登る。ミラにとっては、戦争など既に頭から消えてしまっていた。シリウスがそこにいる、それだけが彼を動かしていた。
 バジリスクの混乱はディアナとキリアにも伝わった。イサクは急いで船をバジリスクに向かわせた。
(君はどこから……いや、そんなことはどうでもいい)
ミラが思ったことに即座に呼応して、シリウスの声が聞こえてきた。
(あなただったの。ずっと、誰かが呼んでいるような気がしていた)
 梯子を登りきりさらに上、旗艦の上に登ろうとしてミラは止まった。もうこの上には行けない。三重構造の装甲、内圧に耐えるための分厚い特殊鋼、それから各種のラインを防護するための内装が彼を阻んでいた。
「閣下! お待ち下さい!」
下を見れば誰もが彼を引きとめようとそこに集まっている。ミラは一度彼らを眺めわたし、またシリウスのいるであろう場所を見上げた。
「シリウス」
再び、今度はそっと呼びかける。
 彼女は気がついた。
(ミラ)
答えが返ってくる。ミラは思いをぶつけた。
(ずっと、ずっと探していた。だからここに……いや、そこに行きたいんだ)
どうしてか、シリウスがほほえんだのが見えた。
(待ってて)
 彼女は船のへりから飛び降り、ミラのほうに両腕を伸ばして飛び込んでいった。厚い装甲も重い扉も、なにも彼女には関係なかった。自分を呼ぶミラの方に、ふわりとシリウスは身を躍らせた。
(シリウス)
しっかりと、ミラは飛び込んできた彼女を抱きとめた。もう戦争は終わる。ここにシリウスがいるからだ。
 探して探して、やっとミラは望むものを手に入れた。幸福というのはこういうものかと彼は思い、そして腕の中のシリウスに笑いかけた。彼女もミラに微笑み返す。
 すさまじい閃光がバジリスクから発生した。それは津波のように敵味方の区別なく周囲の船を巻き込み、宇宙空間に大量の光粒子と何光年にも渡って送り届けていった。そしてそれを追って徐々に電磁嵐が巻き起こり、光の爆風の中心地から外側、ある一定の場所からのものは、すべてその暴風域に入っていった。

 戦乱は終わった。指揮官をなくしたものの、エイシェント軍は辛うじて勝利した。ケルビン、イサク、オシリスはミラの抜けた穴を埋めようと、必死になって駆けずり回った。
 あの後、連邦軍は彼らに降伏を申し入れてきた。その知らせを一番初めに受け取ったケルビンは驚き、敵軍司令官に聞きなおした。
「投降、やと?」
「そうだ」
 バジリスクはボロボロだったが、磁気嵐の直撃を受けなかったため、どうにか形を保っていた。ただし、ミラがいた旗艦最上部、小翼付近はひどい状態で、焼け焦げどころか高熱で外装以外は融けてなくなっていた。
「ボスのおらん喧嘩相手に降参するっちゅうのか」
「仕方がない。イサク殿がおればそちらに繋いでもらいたい」
 オシリスとイサクがやって来た。ケルビンはイサクと通話を代わった。
「イサク・ヨシュアだ。私はさきほど処分をうける予定だったのだが……それでもいいのか?」
 今度驚いたのは連邦軍司令官であった。いったい何が起きたのかいぶかしみながら、彼はイサクに降伏の意を伝えた。
「貴軍はどうなっているんだ。いや、まあいい。とにかく、こちらに交戦する気はまったくない」
「なにが、どうしたんだ」
「先刻の攻撃でこちらは全艦航行不能だ。二十光年に及ぶ磁気嵐で、救援もしばらく来られない。我々は投降する。あんなものを使われたらたまったものではない」
 やっと彼らは敵軍司令官が何を言っているのか理解した。シリウスの置き土産は、光粒子センサーを採用した精密極まる連邦軍のコンパスを、ことごとく破壊してしまっていた。上下も分らなくなり、よく見ればあちこちで宙返りをしている船があった。
「そちらの……覇王軍の勝利だ。だからはやくなんとかしてくれ!」
通信中、敵旗艦はぐるんと半回転してしまった。切羽詰った連邦軍司令官の顔が赤くなって行く。血が下がってきたらしい。コンパスが壊れてしまったため、重力場の調整ができないのだ。
「分った、早急に手配をしよう」
 イサクはそう言って通信を切った。勝った気のしない、虚しい勝利だった。



モドル トップ ススム

inserted by FC2 system