覇王ミラ外伝〜イサクの受難

前編

1章 奥様は海賊

 夫が帰ってくるまでまだちょっと時間がある。今日の予定は一つだけだし、それも夜になってからのことだ。ひさしぶりに飛び立とう、そう思ってガレリアは広大な庭にあるスペースブースによじ登った。
「おくさま」
 とたんに執事のレイノルズに見つかってしまった。なんでこんなところにいるのかと思ったら、整備士たちにおやつを配りに来たらしかった。
「まさか、お出かけになるつもりではございませんね」
 籐のバスケットを持ち、けわしい顔をして彼は言った。今朝ガレリアはすぐりのパイを焼き、それをみんなに配るように言ったのである。彼女はそのことをすっかり忘れていた。
「あら」
 下に置いてあった三輪駆動車(トリプレット)を見落としたのもうかつだった。レイノルズは年寄りなのであれしか乗れない。大昔に流行ったもので、彼はそれを何十年も前に買って大事に使っているのだ。
「ちょっと出かけてくるだけよ。夜には戻るわ」
 ほとんど博物館行きのトリプレットが無事に動いているのは、ひとえにガルヴィータ家が大金持ちだからに他ならない。もっともそれを言うなら、自宅の庭に野球場とサッカー場とテニスコートと競泳用のプールを作って、さらに宇宙船のブースと自家用機をおいておけることを説明したほうが早かろう。
「そろそろ旦那様がお帰りになります。おやめください」
 レイノルズはいつになく強硬である。おそらく夫のイサクが言い含めておいたに違いなかった。
 だいたい自分も昔同じようなことをしていたくせに、イサクは結婚したとたん彼女に「あぶないから宇宙に出るのはよせ」と言い出した。船を置いておくのもあまりいい顔をしなかった。彼女の船の装備が独身時代と変わらないと知るや、たちまちケンカになったものである。
「これがなかったらあなたは死んでいたのよ。それを処分しろですって?」
「もう君は海賊ガレリアじゃない。俺の大切な妻なんだ。自覚してくれよ」
 イサクは大切な、という部分を強調して言った。それでも全然効き目はなかった。
「あぶないからって……子供じゃないんだし、ちょっと出かけるぐらいいいじゃない」
「心配なんだよ」
「あなたほどじゃないわ。あ、もしかしてあたしの家のことを気にしてるの?」
「そうじゃない。そういうことじゃないんだ」
 じりじりとした気分のイサクに、ガレリアはこう言ってのけた。
「それなら大丈夫よ。もう家を追い出されたから関係ないもの」
「違う! 本当に心配してるんだ! どうして分からないんだよ! それに」
 言わなくていいような気もするが、勢いでイサクはついこう言ってしまった。
「勘当したのされたのって、お義父さんと君だけが騒いでるだけじゃないか」
「……それが、何?」
 こう返されてイサクは返事に詰まった。いいたいことはたくさんある。しかし今の彼に口出しできる権限はない。
 ガレリアは大財閥ガルヴィータ家の一人娘でもある。この豪邸はイサクが彼女と結婚した時にくっついてきたものだ。ほかにもいろいろとしち面倒くさいものが一緒についてきたのだが、それが現在のイサクの微妙な立場をよく物語っていた。
「……なんでもないよ。とにかく、宇宙に出るのは駄目だ。危なすぎる。自分のことをよく自覚してくれ」
「ふーん。ならあなたのほうがよっぽど心配よ。何をしでかすか分からないんだから」
 ガレリアはそんな彼を涼しい顔で受け流してしまった。
「……それなら勝手にすればいいだろ。どうせ俺の言うことなんかきかないもんな」
「あら、どうしたの」
 イサクが急に静かになってしまったのでガレリアは声をかけた。が、そっぽを向いてしまっていて答えようともしない。見ると夫はすっかりいじけてしまっていた。
 そんないきさつがあるので、イサクはレイノルズによくよく言いつけておいたのであろう。
「すぐ戻るわ。そう言って頂戴」
「奥様!」
 よく手入れしてあるし、エンジンも快調だ。一つ年下の夫のことなんかきれいに忘れて、ガレリアは自分の名を冠した小型高速艇、ハードラック・ガレリアに乗り宇宙に出て行った。
 イサクが帰ってきたのは夕暮れである。困った顔のレイノルズと、スペースブースの傘状のトップが開いているのを見て、彼にはすぐ何が起きたか分かった。
「またか」 
「ええ……おとめしたんですが、すぐ戻るとおっしゃられて」
 彼女がレイノルズの制止など聞くはずがない。スーツ姿のままイサクは腕時計を見た。
「二時間ほど前だと言ったな」
 少々時間がかかりすぎていた。どこをほっつき歩いているのか知らないが、早く戻ってこないと今晩のマガン夫妻との会食に間に合わなくなってしまう。
「困ったやつだ。連れ戻しに行くからもう一台用意してくれないか」
「はい、分かりました」
 イサクがこうやって出て行くのは初めてではない。そのたびに彼女は「すぐ戻ってくるつもりだったのに」などと言うのだ。実際、すぐそこでうろうろしているのがほとんどで、あまりにひどいのでイサクは船にこっそりと追尾装置をつけたくらいである。
「ハードラック・ガレリアを捉えました」
 簡易レーダーに三つの点が映った。彼女の船を示す青い点と、黄色の点が二つ、接近して輝いている。
 ところが今回は少し遠かった。しかももう二隻、レーダーには映っている。
「高速機を出してくれ」
 ため息をついてイサクは言った。トラブルの予感がした。

 ハードラック・ガレリアは軍艦ではない。だがその装備は大型船に匹敵する。かつて銀河を縦横に渡った伝説の船だ。なりは小さいが自力でワープもできる。操作性がよく軽いので、いったん高速航行に入ればどこまでも加速していく。
 しかし今はその操作性のよさが災いしていた。装甲がいいので損傷はないが、決着がつかなくなりつつあった。
「退路を確認して」
 もう時間が迫っている。いつまでも遊んでいるわけにはいかない。
(それに……)
 おそらく後を追ってくるであろう、夫のこともある。彼が本気になったら何をしでかすか分からない。目の前のガキどものポンコツダンプなど、あっという間に粉みじんだ。
 とはいえ、彼女が苦境に立っているのも確かである。古い型の量産機でも二隻も三隻もあったら面倒だ。
「阻まれました。このままでは挟撃されます」
 無機質な音声が答えた。ソフトな女性の声や張りのある男性の声にも変更できるが、ガレリアはこの無表情な電子音声風が気に入っていた。宇宙船に取り付けてある人工知能を恋人代わりに扱う趣味は彼女にはない。おおかた長旅で退屈しだすとそんなことを始めるのだ。一人乗りの船には最初からそういうへんてこな装飾を施してあるものも多い。
「参ったわね」
 ワープをかけて逃げようかとも考えたが、こんなに接近していてはみんな巻き込んでしまう。自分はいいが巻き込まれたほうは時空の彼方に消し飛ばされる。それもまずいだろう。
「小型高速艇を発見しました。通信キャッチ」
 瞬時にスクリーンが宇宙空間に浮かぶ二隻のサイクル式シップから切り替わった。
「ガレリア! なにやってる!」
 イサクは真っ赤になって怒っていた。とりあえず、笑顔をつくって彼女は夫を迎えた。
「あら。マイ・ダーリン、おかえりなさい」
「ごまかすな! ハートマークなんかつけたって無駄だ!」
 いきなり攻撃が激しくなる。仲間が来たのを知って、悪ガキ共が彼の船を撃ち落そうとやっきになっているのだ。イサクの船には自衛のための装備があるきりで、まともに着弾を食らったらひとたまりもない。
「網をかけるわ。ちゃんとシートベルトをしてね」
 何か言おうとした夫を無視し、彼女は画面を消した。猛スピードで接近してくる小型船を真向かいから捕獲ネット、通称投網で捕まえる。反動がくるからタイミングを計ってほんの少し、船体をずらすことも忘れない。海賊時代によくやったから慣れたものだ。
 そのまま彼女は流線型をしたハードラック・ガレリアの尾部を開け、彼の乗った船を引きずり込んだ。二隻のサイクル式シップからの砲撃が止まるほど鮮やかだった。

 髪はくしゃくしゃ、シャツはよれよれ、ついでにネクタイはどこかへ放り投げてしまっていた。先ほどの衝撃で首まわりにからんで苦しかったのだ。
「たいした妻だな。夫を投網で引っ張り上げるとはな」
 ぶつぶつ言う彼にガレリアはあっさり言った。
「でも撃ち飛ばされちゃうよりいいでしょ。ちょっと今大変なのよ」
 イサクはコックピットの奥にある椅子を引きずり、操縦桿を握る彼女の隣までやってきた。計器類を覗き込んでなぁんだ、と言う。
「ワープしちゃえばいいじゃないか」
 これだから、と彼女はため息をついた。
「今は戦争中じゃないのよ。それにもし彼らが時空の彼方に飛んでっちゃったら揉み消すのはあなたなんだから」
「あ、そうか」
 それは困るな、とイサクはスクリーンを見ながら考え込んだ。
 ハードラック・ガレリアを挟み込む形で前方に一機、後方に一機、旧式のサイクル式シップが浮かんでいた。ちゃちな中古船のくせに改造に金をかけ、どちらの船も輝線レーザー砲なんぞを取り付けている。前は赤、後ろはグリーンだ。両方とも繁華街のネオンみたいな色で、ガレリアにはあまり趣味がいいとは思えなかった。時々撃ってくるそれを彼女は器用によけながら次の手を考えていたが、思ったより腕がよくてぼんやりしていると直撃を食いそうになる。
「あれはなかったっけ」
 イサクが言った。何か思いついたらしい。
「あれって何」
「デルタ砲。そうそう、デルタパルス砲を積んでただろ、この船。あれならピンポイント攻撃で逃げられる」
 デルタ砲にはたいした破壊力はない。しかし精度がいいので、外宇宙に出る船にはたいてい初期装備としてついている。エンジン部を狙うなどしてうまく使えば、それだけで大型船と渡り合うことも可能だ。イサクはそのことを思い出した。
 ところが妻のセリフは予想外のものだった。
「あなたがあんまり言うから取っちゃった。まさかこんなことになるとは思わないもの」
「え……?」
 イサクはその信じられない言葉に、まじまじと彼女の顔を見つめた。元戦術家である彼の常識からは、考えられないことが起こっていた。
「とっちゃったって……あれは自衛用の小砲じゃないか。なんであれがなくて大口径のターボバルカンなんか積んであるんだ」
「だってアステロイドの粉砕用に必要なのよ。そのほうが早く家に帰れるし」
「粉砕……」
 そのまま絶句する。彼はこの時初めて、なぜハードラック・ガレリアが空恐ろしいほどのスピードで銀河を渡れるか理解した。邪魔者を破壊して直進すれば、なるほど早いに違いない。
 しかし今、そんなものをぶっぱなしたら前方の中古トラックは粉みじんになる。
「信じられん……俺は君を誤解していたよ」
 そう言うイサクにガレリアはこう返した。
「あら、あなたほど無茶苦茶じゃないと思うわ。五万隻の船を全部、一瞬で航行不能にするなんてあたしにはできないもの」
「あれは違うんだ。俺じゃない」
「でも計算してたでしょ」
「してないよ」
 必死に彼は否定した。本当に、あれは偶然だったんだと彼女に言い張る。
「あら、そうなの」
 苦しげな彼の抗議にもガレリアはどこ吹く風であった。
「ねえ、名軍師さん。それは分かったから早くなんとかしてちょうだい。もういいかげんレイノルズがきりきりしている頃よ。あなたも着替えなくちゃだし、あたしもシャワーぐらい浴びたいわ」
 がりがりとイサクは頭をかいた。それからくしゃくしゃのシャツの袖をまくり、腕組みをして大きなスクリーンを見上げた。
「まったく、君にはかなわないな」
 イサクはそうぼやき、ピットの中央にしつらえられた円卓から鍵盤型の演算コンソールを呼び出した。それを素早く叩き、ひとつのシミュレーション映像を作って彼女に見せる。
「こんなのは駄目かな。俺は悪くないと思うんだけど」
 ガレリアはそれを見てにっこり笑った。
「さすがね。あたしの旦那様だけあるじゃない」
 ふふん、と彼は得意げになる。
「まあ当然ってとこかな。でもうまくいくかは君次第だ」
「できないわけないでしょ」
 イサクは後ろに下がって、彼女の補佐、副操縦士の席についた。この船での彼の指定席でもある。
「海賊ガレリアの腕前、よく見せてもらうよ」
「まかせなさい」
 言いながらガレリアは勢いよくエンジンを点火した。響き渡る振動と轟音が心地よい。後ろで夫が各種メーターと数値の点検、チェックをしている音が聞こえている。
 軽いうなりと全身を伝う震えが二人を包んだ。ぴりぴり痺れるのは電磁場の変動だ。
「3、2、1……」
 電磁ネットを全角に大きく広げる。花が開くように円錐形に展開させ、わずかに船体をひねった。
「もうちょい広げろ。後方は百二十度に、前方はもう少し、そう八十度くらいだ。引き綱は内側に……できるかい?」
「当たり前じゃない」
 言われた通りにガレリアは船を動かす。そのたびに磁力線でできた大輪の花が広がり、膨らんでいく。すると投網は前後に位置する二隻のサイクル式シップの下に、いい具合に広がっていった。
「いいんじゃない」
 まあこんなもんか、とイサクは妻に答えた。ガレリアはネットの動きを見ながら、ちょうどいいタイミングを計っている。
「お、おい」
「二隻一緒だ。引ききるわけないって」
 スクリーンの向こうで小僧どもが慌てふためいていた。確かにそのまま引けば、ガレリアのほうが分が悪い。
「でもね」
 ガレリアは船をスピンさせながら下方に急発進させた。満開になった大輪の花は、今度は急速にしぼんでいく。引っ張られた花びらの先がねじれて内側に巻き込まれ、一緒に二隻のサイクル式シップも巻き込んだ。
「わあっ、やめろ!」
「ま、待ってくれ!」
 イサクの計算通り、二隻のサイクル式シップはネットに絡まってぶつかった。それを見てひゅう、とイサクが後ろから口笛を吹く。
「バカ女! この網を外しやがれ!」
「覚えてろ! ぶっ殺してやる!」
 若者達の罵声が通信チャンネルを通って入ってきた。それを聞いたイサクが笑う。
「君が誰だか知らないみたいだ」
 のんびりとガレリアは答えた。
「本当ねえ。お尻ペンペンだわ」
 悪ガキ共の罵声はまだ続いていた。しょうがないわね、とガレリアは夫を振り返って笑った。

 とっ捕まえてみれば柄の悪いことこの上なかった。彼女に向かって悪口雑言の限りである。
「この女、いつか殺してやるからな」
「ババアがなめんじゃねえぞ」
 わりと広めのピットの床に縛り上げてられて転がされたまま、勢いよく騒いでいる。片方は中途半端な長髪を後ろで束ね、銀のピアスを三つも四つもつけていた。もう片方はもじゃもじゃのひげを暑苦しく伸ばし、いっぱしの海賊気取りである。
「ほどけって言ってんだよ。俺たちが誰だか知ってんのか」
 もっともガレリアもこんなことは慣れっこで
「困ったわね」
とは言うものの、さほどの難儀も感じていなかった。もちろん彼らの名前も知るわけがない。戦闘で負けた人間に当然の扱いをしているだけである。
 ところでイサクはというと、そんな彼らをほったらかして戦利品の収奪にかかっていた。あんまりいいのがないなあ、などと勝手なことを言う。
「どれもこれも純正なんかついてないじゃないか。バッタもんばっかりだ」
 くるりくるりと小型のカメラアイを動かし、中古ダンプの内部を覗く。二台ともそんな感じでめぼしいものがないことにがっかりしていた。
「ちんけな船に乗ってるな。これじゃ海賊船とはいえないよ」
 余計なお世話であろう。さらにイサクは分捕り品を探し、船内の奥へカメラを向けた。
「これはまあまあかな」
 オーディオセットを見つけ、器用にマジックハンドを操作して取り外す。新型だったから中古屋に流せばそこそこの値はつきそうだった。
「何やってんだよ」
 持ち主の抗議などなんとも思っていない。それはガレリアも一緒である。負けた奴がいけないのだ。
「積荷はどうなの」
「何もないよ」
 ああだこうだと、二人がのんびり戦利品をあさっていた時だった。
「奥様。それに旦那様まで何をなさっておいでですか」
 急に船が年寄りの声で小言を言った。あっ、とイサクが振り返る。
「あ、ああ。レイノルズか」
 画面には黒服の執事が大きく写っていた。さっきから呼びかけていたのに無視され、緊急用のチャンネルを使って割り込んできたらしい。
 おほん、とレイノルズは咳払いをし、二人に言った。
「そろそろ時間が迫っております。お二人ともお早くお戻り下さい。あと一時間で迎えの車が参ります」
「もうそんな時間か?」
 あわててイサクが時計を見る。ガレリアもこれからの予定を思い出した。
「まずいわね。すぐ戻るわ。この前買ったボルドーのドレスと帽子を出しておいて頂戴」
「かしこまりました」
 レイノルズが頭を下げる。彼女が通信を切ると、イサクが声をかけた。
「ガレリア、もう行かなきゃ」
「そうね」
 ところでとっ捕まった二人組であるが、このやりとりを聞きながら床の上で口を開けていた。そのうちピアス小僧のほうがおそるおそるたずねてきた。
「ガレリアって……あんたまさか、ハードラック・ガレリアか?」
「そうよ」
 なんということもなく、ガレリアが微笑む。うそだろ、とひげの方が言った。
「だって引退したって、そう聞いたぞ」
「あら、それは……」
 何か言いかけたのをイサクが割り込んだ。
「そう引退したんだ。もう船は乗らないって、この前決めたよな」
 ちょっと出かけりゃこの騒ぎだし、と彼が言うとガレリアが反論した。
「待ってよイサク。少しならいいって言ったじゃない」
 それを聞いてピアス小僧とひげが顔を見合わせる。
「イサクって……あの、イサク・ヨシュアか!?」
 どうすんだよ俺まだ死にたくねえ、バカ聞こえるぞ、などとやっているのを尻目に、ガレリアはコックピットの自席に座った。
「二十分で戻るわ」
「了解」
 イサクが時計を確認する。なんとか間に合いそうだった。ついで床に転がっている二人を引きずり、壁際に取り付けられたポールにタイダウンでくくりつけた。
「揺れるからじっとしてろ。それからお前達、名前は?」
 イサクが聞く。二人はくくりつけられたままおとなしく答えた。
「ヨッチ・ジェンキンズです」
「ノエル・パーリーです」
 ひげがヨッチでピアスがノエルか、とイサクが確認する。そうです、と彼らが答えている間に、船体が大きく振動した。
「そろそろ行くわね。イサク、席について」
「分かった」
 イサクが自分の席に戻る。
「二人ともちょっと家によってもらって、それからにしてちょうだい」
「は、はい」
 素直な二人の返事を聞いて、ガレリアは船を急発進させた。あっ、と何か思い出したように言う。
「すぐりのパイがあったからあれをご馳走してあげるわ。船もなくなっちゃったことだしね」
 自分達のおかれた状況を改めて自覚し、青くなるヨッチとノエルを差し置いて、なんだよ、とイサクが口をとがらせた。
「俺の分は?」
「ちゃんと取ってあるわよ。会食から帰ってきてからね」
 船が音を立てて加速する。星々の間を突っ切り、漆黒の空間を切り裂いてブルーグレーの機体が飛び去っていく。彼女の操作に素直についてくるのはやはり整備がいいせいだ。
(やっぱりこの船は最高ね)
 ガレリアは上機嫌でさらにスピードを上げた。ボディがかすかに唸るのに合わせて、イサクがスイッチを切り替える音が聞こえる。ああは言っても彼もこの船に乗ることを楽しんでいるのだ。
 満足しながらガレリアは船をもう一段階上の高速軌道に乗せた。少し視界が狭くなったが、その感覚が心地よかった。爽快な気分で彼女は船を奔らせていった。

 家に着けば慌しい。レイノルズが鬼のようなしかめ面で待っており、帰った早々にもイサクに小言を並べ立てた。
「分かってるよ。それより着替えを出してくれないか」
 ガレリアはとうに自分の部屋に引っ込んでいる。続いて執事の矛先は彼らの連れてきたへんてこな二人組に向いた。
「で、この者達はなんなのでございますか」
「まあいきがかりだよ。あとで家に送ってやってくれ」
 レイノルズはかなり失礼に、本人達を前にしてどこのちんぴらでございますか、とやった。その物言いにイサクは苦笑せざるをえない。
「奥様がこの者達にお茶とお菓子を出すようにとのことですが……そんな必要がございますか」
「そう言うなよ。たくさんあるんだろう」
 レイノルズはまだぶつぶつと小言を並べ立てていたが、仕方なさそうに奥に引っ込んだ。替わってお仕着せを着た給仕がやってきて、バカ丁寧な言葉遣いで茶葉は何にするのか、レモンかミルクか、ブランデーは必要か、砂糖の種類はどうするかなどと二人組を質問攻めにした。
「な、なんだよ、この家はよ」
「頼むから説明してくれよ」
 ヨッチもノエルも半泣きになっている。無理もなかった。イサクだってここに来たばかりの頃は、その豪華さとだだっぴろさに度肝を抜かれたものである。ガルヴィータ家の別邸を彼らは拝借して住んでいるのだった。ちなみにレイノルズはここの旧管理人兼勘当娘のおまけである。
「俺んち」
 どうにも説明のしようがなくて、イサクはそうとだけ言った。すぐりのパイが用意されてくる。宇宙海賊の二人組は広くてきれいなダイニングに連行され、押し頂いてそれを食べる羽目になった。

「まったく、もう……お二人揃って……」
 やれやれと執事がため息をつく。執事の襲撃が済み自室に戻って着替えが終わると、今度は秘書がイサクのところにやってきた。
「よろしいですか」
 左右違う靴下をはいてしまい、彼がまだ部屋でうろうろしているのも構わず秘書はたたみかけた。
「いくつか連絡が入っておりますが」
「なんだよ」
 やっと右足のかたわれを見つける。イサクは左足の靴下を脱いで、拾った靴下と見比べた。
「まず明日の全銀河系通信拡充会議は延期になりました。議長のケルビン殿から急用の為、一週間ばかり延期したいと連絡があったそうです」
「ふーん。また新しい端末でも買ったんだろ。すぐ休むからな、あのおっさん」
 言いながら新しい靴下をはく。秘書は続けた。
「それとオシリス殿からミラ=シリウスパルサーの鎮魂式をやりたいと」
「あんまり騒ぐなって言っておけ」
 イサクは旧い仲間達の顔を思い浮かべながら言った。それから、と秘書はさらに続ける。
「タミルの補償についてですが……」
「明日考える」
 即答である。いまさら言うことなど何もなかった。今現在、彼の関わった戦争の関係者で、惑星一つ分の補償ができる金額を出せるのはガルヴィータ財閥しかない。問題はすでに長期化していたが、このままいくともっと長引きそうだった。
「そうですか」
 そこへ迎えの車が来た。レイノルズがどんどん、とけたたましくドアをノックする。イサクが秘書を従えて出てくるのと同時に、ガレリアも部屋から出てきた。黒の上品な鞄を抱え、ボルドーのドレスで登場である。
「見て見て。素敵でしょう、これ。少し高かったんだけどいい色だと思わない?」
 長い髪はアップにして同色の帽子をかぶっている。ここが流行なの、と彼女はイレギュラーなヘムラインを指差した。うんうん、とイサクまだ頭を切り替えられないまま、彼女に返事をした。
「あなたも素敵よ」
 ガレリアはイサクの腕を取り、べったりと甘えかかる。それを見て秘書はあきらめて最後の連絡事項を伝えた。
「明日、会長がいらっしゃいます。昼頃の予定ということなので、必ず自宅にいて欲しいとおっしゃってました」
「……どうしてそれを最初に言ってくれないかな」
 がっくりとイサクは言った。だが最初に言われたら靴下を間違えたことに気がつかなかったかもしれない。話を小耳にはさんだガレリアが嬉しそうに言った。
「あら、パパが来るの? あなたも家にいるし、明日は楽しくなりそうね」
 レイノルズが玄関のドアを開ける。待っていた運転手がうやうやしく頭を下げた。
「明日は猫を捕まえておいてくれ」
 車に乗り込みながらイサクは執事に言った。かしこまりました、と執事は礼儀正しく返事をした。

2章 イサクの受難

 レイノルズがこまねずみのように働いていた。無理もない。今日は大旦那様がやってきているのだ。態度だって不良の娘夫婦に対するものとは全然違う。じゃあ日頃はなんだと言われそうだが、イサクはそれを責める気にはなれなかった。
「レイノルズ」
「は、はい。何でございましょうか」
 とうとう見かねて、彼は執事に声をかけた。
「そんなに緊張しなくってもいいよ。猫と遊んでいるだけだから」
「は……いや先ほどガーヴィン様が……ああ、そうですね」
 芝を敷き詰めたテラスの上には白いテーブルが置かれ、親子がそこで談笑していた。足元には誰かがえさをやっているらしくこの家の庭に居着いてしまった白猫がいて、見ているとひょいと父親のほうのひざに乗り、そこでうとうとしだした。
「平和じゃないか」
 この間まで喧嘩していたようにはみえない、とイサクが言うと、レイノルズが言った。
「大旦那様のおっしゃっていたことがでたらめなんでございますよ。それに原因はイサク様だったとお聞きしましたが」
「……お前って嫌なやつだな」
「そうでございますか」
 レイノルズはさっきまでガーヴィンにおたおたしていたくせに、イサクには平然と答えた。昼ひなか、涼しい風が吹くガルヴィータ家別邸でのことである。
 二人が様子を見ているとガレリアがイサクを呼んだ。少し父親と立ち話をして家の中に入る。
「どうも、こんにちは」
 なんとも言いようがなくてイサクは間抜けっぽい挨拶をした。まあ座りなさい、と妻の父親、ガルヴィータ財閥の総帥はにこやかに彼に声をかけた。

 ガーヴィン・ガルヴィータがやってくる時には必ず何かある。機嫌のいいときにはなおさらだ。でなければ娘婿に対していい顔をするわけがない。
「実は頼みがあってね」
 やっぱり、と心の中で思いながらイサクは言った。
「なんでしょうか。できることならしますよ」
 半分社交辞令である。しかしガーヴィンはにこにこと笑顔を浮かべ、そうかよかったよかったとイサクに言った。
「コルネリに行かんかね」
「は? コルネリって惑星コルネリですか」
「そうだ。いやなに実はもうチケットも手配してある」
 鉱物資源星コルネリは、最近ガルヴィータ財閥が競り落とした物件である。かなりの安値で手に入れたものの、入札までいろいろとトラブルがあり、その余波で現在採掘がストップしていた。
「あの、俺が行かなくちゃならない理由はなんですか」
 相手の機嫌を損ねないよう、イサクは慎重にたずねた。幸いにもガーヴィンの笑顔は、質問を受けてもそのままだった。
「ああ、たいしたことじゃない。ビンテージの連中がこの頃うるさくてね。我がガルヴィータ財閥の物件に手を出すなんていい根性をしているとは思うんだが、それを追い払うように地元の人間に指導してやって欲しいんだ。君になら簡単だろう」
「……ビンテージ、ですか」
 一呼吸おいてイサクは言った。どこが簡単だ、と思ったが言わなかった。
 ビンテージとは宇宙海賊の通称だ。恒星間を行き来するようなタンカーを襲撃するだけの武力ときちんと組織立った指揮系統を持つ、いわば宇宙マフィアであり、この間イサクが捕まえたような半端な連中とは一味も二味も違う。当然うかつに手を出す者はいないし、宇宙空間で彼らに遭遇したらまず逃げろというのが鉄則でもある。
「あの、俺はもうそういうのはやらないって、前に言ったように思うんですが……」
 ガーヴィンは猫を抱え、ぐりぐりとその腹をなでた。ふぎゃ、と白猫が鳴く。
「そうか残念だ。ミィちゃんはいい子だなー。この家が嫌になったらさっさとガレリアを連れてウチへ来るんだぞ。こんな男と一緒にいることはないからなあ」
「……どういう意味ですか」
「あんなにコルネリには金をかけたのに。もしかしたらタミルの援助ももう出せないかもしれないな。我が家には金がないんだ。かわいそうだろう、ミィちゃん」
「ふにゃー」
「ガレリアも勘当してしまったし、ウチにはもう跡取りもいない。頼りの婿はこのありさまだし、まったく運のないことだ」
「分かりましたよ」
 たまりかねてとうとうイサクは返事をした。
「行きますよ、行けばいいんでしょう。いつから行けばいいんですか」
「明日行ってくれるか」 
 けろりとしてガーヴィンは言った。いや、さすがだな、天才軍師が来てくれるとなれば心強い、などど勝手なことを言っている。
「そうそう、一人じゃ退屈だろうから君の友人達も呼んでおいた。会社のほうも休暇届を出しておいたから、一週間でも一ヶ月でものんびりやってくるといい」
「……そうですか」
 お願いではない。決定である。立場の弱いこともあって、いつもイサクはガーヴィンのこの手にやられてしまうのだった。
「じゃあ、明日出発します。それでいいんですね」
 強引なところは親子だけあってガレリアといい勝負だ。念を押すイサクに、ガーヴィンは、いやーいいムコが来てくれた、としごく満足そうであった。

 イサクとその友人達の出身は、先の大戦までさかのぼる。彼らはいずれも覇王と呼ばれ、銀河を統一したミラ・エイシェントの腹心の部下達であり、友人でもあった。中でも一番の側近は戦術・戦略を担当したイサクである。
「おまえ、だまされてんだよ」
「そんなワケねえだろ」
 知将イサクともナンバー2とも呼ばれたほどであるが、策の鋭さに比べて本人がわりあいぼんやりしていることはあまり知られていない。
「だってそう言ったし……」
「あれは本物だよ」
「ウソいうなよ。そんなはずがないじゃないか」
 いや、彼のために言えば、ぼんやりというより印象が柔らかいといったほうがいいだろう。肉も薄いし顔立ちも優しい。特に訓練を受けたような様子でもなく、一見しただけでは元軍人とは誰も思わない。そこが彼の強みでもあり、情けないところでもあった。
 そういうわけでヨッチとノエルは正直に船をなくしたいきさつを語っているのに、全然仲間達に信用されていなかった。
「ほんとだよ。ハードラック・ガレリアが一緒だったんだ」
 彼らのラボ仲間はその発言を一笑に付した。そのとき上役がやってきて新しい工場長が到着したと告げ、彼らはぞろぞろとその後をついていった。

 連れて行けとだだをこねるガレリアを置いて、コルネリに到着したイサクはさっそく待ち合わせ場所に向かった。その途中のことだ。
「てめえ、うざいって言ってんだよ」
「なんだと」
 レンガを敷いた小さな通りでケンカをしているやつらがいた。まわりにはすでに人だかりができている。見るとけしかけている者や勝敗を賭けている者などいろいろいて、ちょっとした騒ぎになっていた。
「なんだ」
 もちろんイサクもその人の輪に参加する。こういうあたり、若干おっちょこちょいでもある。
「いいぞ」
「そんなヤツぶっ倒しちまえ」
 ケンカをしているのは白いスーツをキザったらしく着込んだ嫌味な感じのする若い男と、イサクよりも若くて筋骨たくましい、無骨で色黒な男だった。髪は黒いが瞳はグリーンだ。水属性の星系出身者であろう。民族衣装っぽいデザインの派手な上着をはおっていた。
(ん?)
 イサクは色黒で無骨な感じのする男のほうをよく見た。知っている顔だった。
「オシリス? オシリスか?」
 思わず声をかける。が、相手はちらっとこちらを見ただけだった。ぺっ、と白いスーツの男がレンガの上に唾を吐き、イサクのほうを見る。
「仲間か。見掛け倒しで根性のないやつだな」
「応援なんか頼んじゃいねえ。てめえなんかオレ一人で充分だ」
 やはりイサクの友人の一人、オシリス・ダゴニアだった。構えを取り直し、白いスーツの男に向かっていく。
「邪魔だから先行ってろよ。こいつをぶっとばしてすぐ向かうからよ」
「二人まとめてやってやるよ。こいよ、根性なし」
 スーツの男もファイティングポーズを取った。どこかで習っているのだろう、洗練された構えだった。ただ洗練されすぎていて、実地にはやや心もとない感じもする。
「だっせえなりだな。おまえらもてないだろう」
 白スーツの男がイサクの服装をあざ笑った。無理もない。今日は寝坊したあげくにレイノルズが朝から外出しており、誰も彼のことをかまわなかったのである。ガレリアの姿も見えなかった。
 なのでイサクはねぐせのついた髪に年寄りのような色のシャツを着込み、着古したボロボロの安ジャケットを着ていた。イサク自身は軽くて使いやすくて気に入っていたのだが、周囲からはとてつもなく不評であり、かつイサクの日常的な服装に対する無頓着さを公表する一品となっていた。ガルヴィータ別邸への引越し時の持ち物検査に引っかかり、ゴミ袋に入れられそうになったこともある。
 このジャケットについてレイノルズは「旦那様、恥ずかしいので早くその上着は捨てて下さい。ガルヴィータの威信に関わります」とまで言ってのけた。事実、そんなようなシロモノではあった。
「見えねえ、どけよ」
「てめえが邪魔なんだよ」
「なんだと」
 イサクの後ろでも何かもめている声がした。どうやら場所をめぐって見物人どうしでつかみ合っているらしい。背後で小競り合いが始まっていた。
 あっ、と思った時にはイサクは後ろから突き飛ばされていた。次の瞬間、彼は前方からきれいなアッパーを食らってそこにひっくり返っていた。
「なんだあ? おい、何やってんだよ、お前」
 オシリスの仰天する声と、白いスーツの男が、こいつ弱えな、とせせら笑ったのが聞こえた。ああもう、とイサクはひとりごちる。
(痛いのと戦場は嫌いなんだよ)
 彼はそう心の中でつぶやきながら、だんだんと意識が遠くなっていくのを自覚した。

 前線嫌いのイサクという風評は兵士達の間では有名であった。それを補ったのは勇猛で鳴らしたオシリス・ダゴニアと、謀将と呼ばれたケルビン・ランタイムである。
「ミラがおらんけに、一度断ったんやけどな。お前さんが来るならええか、そう思ってこの話、引き受けたんや」
 待ち合わせ場所の薄暗いカフェで、ケルビンが煙草に火をつけながら言った。あざのできた顔でイサクがうなずく。
「バカじゃねえのか、あんなところに飛び込んできやがって」
 あきれたようにオシリスが言った。
「俺の代わりにぶん殴られることはねえだろうよ」
 氷の入ったアイスコーヒーをすすってなあ、と言う。
「あれからどうしたんだ」
 あざをなでながらイサクは聞いた。オシリスは口をとがらせる。
「逃げちまったよ。自分からふっかけてきたくせにな」
 イサクはついさっきからの疑問を口にした。
「あの男、見覚えがある。だけど誰か思い出せないんだ」
「なんや、ぶっとばされた上に知り合いか。上流階級は大変やな」
 カーキ色のつなぎのポケットから次の煙草の箱を取り出し、ケルビンが言った。ごま塩頭のこの親父はゲリラの頭目上がりである。年は四十五か六か、そんなところであろう。今はもういない、彼らの盟主であったミラ・エイシェントよりもひとまわり年上になる。
「オレは知らねえ」
 あっさりとオシリスが言った。ケルビンは相手の顔を見ていないので答えようがない。諦めてイサクは本題に入った。
「で、ビンテージの連中は今どういう状況なんだ」
 運ばれてきた暖かいコーヒーに口をつけて、イサクは言った。二人がそれを聞いて顔を見合わせる。
「ビンテージ? 何言ってんだよ。それだけじゃねえぞ」
「それだけじゃない?」
 イサクの言葉にケルビンが微妙な顔になる。
「なんて言われてきたんや」
 どうも妙な展開だった。ビンテージは手ごわいとはいえ、たかが海賊相手にこの二人が必要というのも大げさだ。イサクの頭を不安がよぎった。
「いや、ビンテージが来てるから追い払えって。なんで俺が、とは思ったんだけど」
 マジボケか、イサク、などと言われ、彼はまたもやガーヴィンにはめられたことに気がついた。えーと、と言いかけたところをケルビンがさえぎる。
「しゃあないなあ。戦争や、戦争。コルネリに戦争を仕掛けてきたドアホウがおるんや。しかもぎょうさん金持っとるさかい。だからお前さんが呼ばれたんや」
 オシリスも言った。
「今カーボン石って高えんだよ。この辺は辺境だし、荘園でないところは自治区でとったもん勝ちだからな。けっこうあるぜ、こういうの」
 みんな来るし、傭兵としちゃ破格だから乗ったんだ、とオシリスは言った。そうか、わしはこのくらいやったぞ、とケルビンが言う。どちらもけっこうな金額であった。
「こんなおもろい話があんのに、かったるい会議なんかやっとられんわ」
 しかもええ金になるしな、とケルビンが豪快に笑った。
「だまされたうえ、俺だけタダ働きか」
 イサクが落ち込む。が、
「身内なんてそんなもんだ。便利に使われるのはしょうがない」
 彼の心中など察することなどなく、ケルビンとオシリスはそうあっさりと片付けてしまった。

 ビンテージどもが来ていないわけではない。しかし奴らは単なる傭兵隊である。ならばこちらに引き込むことも可能だ。
「しょぼいなあ。あんた、大金持ちじゃねえかよ」
 かつての名参謀、現大財閥の婿養子のことは全宇宙に知れ渡っていると言ってよい。いかにも、といった感じの仕立てのいい麻の上下を着込み、コルネリ唯一の高級レストランの特別室で、イサクはガタイのいい宇宙マフィアのボス、というかコルネリ担当指揮官と向かい合っていた。
「手持ちはこれしかないんだ」
 ふん、と相手は顔をしかめる。これっぽっちで、てのは無理だ、と人相の悪い親父は言った。
「あとこれもつけるよ。どうかな」
 イサクは小さな封筒に入ったチップを渡した。あまり乗り気でない様子でビンテージのボスはそれを受け取り、彼の用意したハンディ型再生ボードに差し込んだ。
「へえ、やるじゃねえか」
 チップにはガルヴィータ財閥の商売敵数社について、ぎっしりとデータが詰め込んであった。ケルビンが自前の情報網を駆使して集めてきたもので、門外不出、そういうマークのついたものばかりである。ビンテージの親父にはなかなかおいしい情報ばかりだった。
「少し足んねえな。まだ何か持ってんだろう。それも出せ」
「まだ足りないって。困ったな」
 おやおや、とイサクが鷹揚に言うとビンテージの親父は居丈高になった。
「雇い主を裏切るにはそれ相応のもんがいるんだよ。分かってんのかガキ」
 イサクがとぼけた顔で言う。
「ずいぶんと欲張りなんだな。このくらいでいいじゃないか。億単位のクレジットを積んでもこんな情報はまず出てこないよ。それに、君達が雇い主に義理立てしたなんて話は聞いたことがない」
 ビンテージの親父はむっとした顔になった。
「本来ならてめえの話なんか聞く必要はねえんだ。頼まれたから来てやってんだ。こんなはした金じゃ話にならねえ。これでビンテージを雇おうなんで虫が良すぎらあ」
「そうかな」
 相変わらずのんびりとイサクは言った。
「その情報は使い方によってはすごい武器になると思うけどね。君じゃダメかな。もっと上の人間だったら分かるだろうね」
 ビンテージの親父は若僧に煽られて茹でダコのようになった。
「ここでその生意気なツラ、吹き飛ばしてやってもかまわねえぞ。ガルヴィータには義理も借りもねえからな」
 あっはっはっは、とイサクは笑った。
「俺のツラを吹き飛ばしてもガルヴィータは痛くも痒くもないよ。仲間達がなんて言うかは知らないけど」
「仲間達?」
 その時である。
「だりーことしてんなよ。こんなヤツ、オレが宇宙(そら)に捨ててきてやらあ」
「おっさんの船は飛ばんで。それに隣のごついやつらもみんなおねんねや」
 ドアを蹴り開けてオシリスが入ってきた。続いてケルビンも煙草をふかしながらやってくる。ビンテージの親父は慌てた表情になった。
「おい、まさか……まさかあんたらもガルヴィータについたのか?」
 ケルビンが煙を吐きながら答えた。
「まあそういうことや」
「オレがおまえら全部、片付けてやってもいいんだぜ」
 イサクがその後ろから言った。
「ガルヴィータに寝返ってもらえるかな。どうだい?」
 茹でダコのように赤かったビンテージの親父は、すうっと血の気が引いて真っ青になってしまった。三人を見回しながらぶつぶつもぐもぐと口の中で何か言っていたが、やがて頭をひとつ振ってこう言った。
「分かったよ。けどあんたたちにつくのもごめんだ。どんな目に遭わされるか分かりゃしない。俺たちはコルネリから手を引くよ」
 そんなにおびえなくってもいいだろうによ、とオシリスが苦笑いする。やってもいいで、とケルビンが物騒に言った。
「こっちについてくれないのか」
「嫌だね」
 イサクにそう返事すると、ビンテージの親父はあたふたと封筒をしまい、帰り支度を始めた。
「契約の相手はサントライドだ。そこの坊ちゃんだよ。俺たちはもう降りる。後はあんたら商家同士で勝手にやってくれ」
「サントライド?」
 聞き返したイサクにビンテージの親父は言った。
「そうさ。もう関係ねえからかまわねえ。もらうもんもらったら用はねえや。じゃあな」
「ちょっと待ってくれ」
 逃げ腰の親父をイサクは引き止めた。こればかりはビンテージの協力が必要だった。
「ならラボの連中を置いていってくれないか。ここにあるのは古い船ばっかりで、俺が連れてきた整備士には扱えないんだ」
 ビンテージの親父はジャンクパーツの扱いに長けた者を置いていくと約束した。海賊どもの直接協力は得られなかったが問題がひとつ解決して、イサクはほっと胸をなでおろした。

 かつてのガルヴィータ家がイサク達の属するエイシェント軍と手を組んで大きくなったように、サントライド家も金づるになるものを探していた。それがカーボン石の相場であり、寡占し、上手に操作すれば巨万の富を得ることができる。
 だからと言って人のものを横取りしていいということもないので、イサクらは会議を重ね、情報を集めてまわった。分かってきたのは「強引にここの権利を手に入れたガルヴィータも、力づくでそれを横取りしようとしているサントライドも、どちらも地元の人間には歓迎されていない」という事実だった。彼らには予想ができ、またがっくりと脱力する話でもあった。
「まあそうかもな。だけどつまんねえなあ」
 オシリスがぼやく。内部の人間であるイサクにはかなり頭の痛いことでもある。ケルビンだけがさくさくと自分の仕事を進めていた。遊んでる暇はないで、と二人の尻を叩く。
「ビンテージがいなくなったら新手がきよる。分かっとるか、イサク」
「ああ、分かってるよ」
 しみのついたカフェの椅子に後ろ向きに座り、ぼけっと天井を見上げながらイサクは答えた。視界は前のテーブルにいるケルビンの吐いた煙で白く曇っている。オシリスはイサクの斜め後ろで床にじかに座り込み、巨大な蛮刀を磨き上げていた。
「次は何が来ると思う」
 蛮刀の光り具合を確かめながらオシリスが言った。うーん、とイサクがうなる。
「サントライドには自前の警備艦隊がない。ウチと違ってね。だからかえってこわいんだ」
「どこの傭兵隊と契約するかってことか」
 オシリスが言う。イサクは目の前に漂ってきた煙をぼんやりと目で追った。
「うん。でもさ、実はビンテージ以上の傭兵隊ってあんまりないんだよ。あれだけの戦闘力のある艦隊を正規に雇うとなると、今度はバカみたいに金がかかるしね。正直言って、サントライドがこの星にそんな金をかけるとは思えないんだ」
「ガルヴィータはかけんのやな」
 テーブルに置いたハンディ端末をいじりながらさりげなくケルビンが言った。カード型のメディアを繋ぎ、こんなにデータが入りよるわ、と一人で楽しそうにしている。イサクはちらっと一瞥して、それがコルネリに来る途中の星間シャトルでCMを打っていた、最新式のものであることに気がついた。
「俺ならビンテージも雇わないね。内部の人間にやらせる」
 イサクがそういうとケルビンがにやりと笑った。
「ガルヴィータは儲けもんやな。お前さんがただや」
 自分で言っておきながらはあ、とイサクはため息をついた。
「俺はもうやらないって言ったんだけどなあ。それにこういうゴタゴタがらみは苦手だよ。タミルだけでたくさんだ」
「そこや」
 ケルビンが次の煙草に火をつける。あまりに煙ったくなってきたので、オシリスが立ち上がってすりガラスの窓を開けた。
「うるせえなあ。何の騒ぎだよ」
 窓を開けたので外の声が入ってくる。拡声器を使ってアジテーションをしている、ばかでかい男の声が通りから響いてきた。
「俺たちのことさ。始まったみたいだよ」
 窓から外を覗くオシリスにイサクはぐったりと言った。ケルビンはあくびをし、テーブルに置いたハンディ端末の入力の続きを始めた。
 

3章 労働争議

 コルネリの労働組合がイサクのところにやってきたのは、それから数日後のことだった。組合の委員長及び幹部二名は、イサクらがたむろっている薄暗くてさびれたカフェにしゃちほこばって乗り込んできた。
「我々はガルヴィータ財閥代表として、イサク・Y・ガルヴィータ氏と、この星におけるカーボン鉱石採掘労働者の現状について話し合いたい」
 なんで俺が労働争議までしなきゃならないんだ、彼がそう言いたくなるのも無理はない。げっそりしているイサクの隣で議事録を広げ、ケルビンはにやにや笑いを隠しながら座っていた。
「ひとつ前置きしておきますが」
 筆記者としてケルビンを同席させることを説明した後、イサクはこう念を押した。
「今回私はコルネリの治安維持のために来たのであって、こういう話をするために来たわけではありません。だから私がお約束できる範囲内でお話します。それ以上のことはあなた方の意に添えないかもしれません」
 とにかく相手から引き出せるだけの情報を引き出し、しかも丸め込まなくてはならない。こういう知恵に長けたケルビンも同席している。手に負えなくなったら彼に頼ろう、イサクはそう決めて言葉を繋いだ。
「ただし、検討は致しましょう。それでよろしいですか」
 組合の委員長と幹部二名は緊張しきった顔でうなずいた。イサクは心の中でほっと胸をなでおろす。どっちにしろ急ごしらえの労組と会社代表である。一週間前までこの星には労働組合というものはなかったのだ。
「我々の要求は次の通りです。多項目に渡りますので書面をご覧ください。それからですね……」
 どうしてなのか、こういった話し合いはいまだに紙を使って行われる。イサクは渡された書類を見ながら考え込んだ。隣ではケルビンが古式ゆかしくペンで記録を取っていた。
「……ということです。イサク殿、いや会社側の返答をお聞かせ願いたい」
「あ、ああ」
 眼鏡を持ってくればよかった、と彼は激しく後悔をした。もともとひどいガチャ目なので片方だけコンタクトレンズをはめているが、乱視が入っているうえ、こう暗いところで文字を読むのは少々つらい。考えるふりをしながら時間をかけて書類を読み終え、イサクは言った。
「この書面の分は全部の条件をのみましょう」
「え?」
 組合側のキツネにつままれたような顔を見て、イサクは笑った。
「これじゃたいしたこと書いてませんよ。週休二日、ボーナスあり、有休あり、労災を認めろ、年一回のベースアップ。それに現労働者の全員雇用ですか。私でなくても即答できます。ガルヴィータ・カンパニーは大企業なんですよ」
「ほんとですか?」
 委員長が驚く。まあねえ、とイサクは言った。
「ベースアップの金額についてはここでは返事できませんし、全員雇用についても、あまりに勤務態度がよくない場合は解雇、ということにはなると思いますが。その辺は常識を踏まえての処分をさせていただきますよ。ただし、基本的には首切りはしない方向です」
 話と違うで、と幹部の片方がつぶやいた。
「あとですね」
 さっきのつぶやきが聞こえたものの、この場ではあえて無視し、イサクは別の書類を出して先の議題に移った。書記のほかにケルビンはレコーダを回している。それにはばっちり録音されているはずだった。
「掘削用シャトルバスの設置とのことですが、これについて少し説明をしてもらえますか。私はうといので分からないんですよ」
 ケルビンがようやるわ、という顔をしている。組合側はどんなものか説明を始めた。
「地下の掘削地点を結ぶシャトルです。イサク殿はこの星の掘削方法についてご存知ですか」
 いや、とイサクが言うと委員長が言った。
「長年にわたる採掘により、この星には掘削地点近くに飯場街ができています。全部で八つありますが、いずれも地下です」
 コルネリのカーボン石は、巨大な鉱石の塊として地下に埋蔵されている。その鉱石があまりに巨大なために、この星では掘削のため近くに地下街を作った。
「ただし、カーボン石の産出地点は時期によって差があります。気温により鉱石の形状が変わってしまうからです」
「気温?」
「はい」
 けげんそうな顔のイサクに組合の委員長はこう説明した。
「地下では気温はほぼ一定です。その時点では鉱石はごく普通の、まあ岩石の形をしています」
 ところが地上に運び出したとたん、気温によって鉱石は軟化してしまう。夏季には液状化することも珍しくない。なので発掘のハイシーズンは厳寒期となる。
「そのためほとんどの人間が各町を転々としながら採掘を行っています。飯場街で働く者も、季節によって町々を移動していきます。それぞれの町をつなぐシャトルバスがあれば、今まで以上に採掘・運搬が楽になり、時間的ロスもなくなります。シャトルの軌道には今まで通路に使っていた古い採掘跡が使えるはずです」
「ふーん」
 ただし、このシャトルバスの設置にはかなりの金がかかる。古い採掘跡が使えるといっても拡張工事やら補強工事やらも必要だ。その手間と金を惜しんで歴代の管理者はやってくれなかったのだと言う。
「やりましょう」
 あっさりとイサクは言った。あまりに簡単に言ったので組合側はおろか、ケルビンですら目をみはったほどだった。
「結果として増産につながるなら会社側の利益になります。これくらいなら私の稟議で出せますよ。関連の部署がありますからそこにやらせましょう。いいですね」
「は、はい」
 組合の委員長と幹部二名は顔を見合わせた。予想もしなかった結果だったらしい。おずおずと委員長がイサクにこう聞いてきた。
「ガルヴィータってのはそんなに羽振りがいいんですかい? 私らは、こう、もっと……」
「もっと、なんですか?」
「い、いや……」
 口ごもった委員長にイサクは言った。
「何か言ったからって別に怒りはしませんよ。いろんなことは言われ慣れてますし、私個人として話は聞きますので、あなた方に迷惑がかかることもありません。聞きたいことがあればお答えしますよ。この部分は議事録にも残しませんので」
 ケルビンがペンを置いた。組合側の三人は目配せをした後、思い切ったように委員長がイサクにこう言ってきた。
「あのですね、実は……」 
 大きく出たかいがあった。イサクは微笑むと世間話のように彼らから情報を引き出していった。

 ガレリアは恒星間通話の向こうでおかんむりだった。こともあろうに夫は彼女に無断でとんでもない買い物をしていたのである。
「信じられないわ。あなた、自分がいったい何を作ろうとしているのか分かっているの?」
「分かっているよ。だから君にこうして頼んでいるんじゃないか」
「コルネリで必要って、本当にそんなものがいるの?」
 一方でイサクの情けなさは見られたものではない。すがりつかんばかりにして妻のご機嫌を取り、なんとか了解を得ようとしていた。
「そう言ったじゃないか。それに君だってずいぶんと高い服を買っているだろう」
「それとこれとは話が別よ! そんな金額、パパにしか出せないわ。一応頼んでみるけど、駄目でも何か言わないで頂戴。あなたが無理を言っているの。分かったわね」
 ぶつっ、と通話が切られる。昨夜、組合側の人間が帰った後にイサクは簡単な試算を出してみた。結果、彼らの要求する地下シャトルは、コルネリそのものの値段よりも高くつくと出たのだった。
「あーあ、貧乏くじを引きっぱなしだよ」
 激安物件にはウラがある。ガーヴィンにそんなことを言っても通じないだろう。それにしても、と彼は気を取り直し、ホテルのベッドに寝転がってケルビンが取っていた議事録を開いた。
(搾取、か。それなら美味しいけどなあ、この星。代々の持ち主はそうやってきたんだろうな)
 カーボン石の産出量のわりに住民の生活水準は低い。都市部はともかく、全体で見れば生活基盤も充分に整ってはいなかった。ケルビンの議事録には一緒に細々としたコルネリのデータも書き込まれており、イサクはそれと話し合いの内容をつき合わせながら読んでいった。
(なんだい、ここ。真面目にやるととんでもなく金かかるぞ)
 安く落とせたのもそのせいだ。サントライドはおそらくこの星にまったく金を出す気はないから、戦略としてはイサクのやり方は正しかったと言える。けどね、と彼はノートを持って仰向けになり、ごろごろとベッドの上を転がった。
(売っちゃったほうがいいな。搾取しないんだったら儲からない)
 ひどい結論である。イサクは起き上がり、スプリングの上であぐらをかいた。
「けど企業イメージってもんがあるしなあ。せっかく信用してもらったのに、それをぶち壊すのも気が引けるし……どうしようかなあ」
 整備し、今まであったロスがなくなったとしても今度は維持費がかかる。その経費を引くと現在の産出量では足りない。
(採掘方法を変えればいいのかな。手作業のところに機械を投入してもっと大掛かりにして、精錬工場もここに持ってくる)
 現状、コルネリのカーボン石は他の工業星に持っていって加工している。これまでこの星には、それだけの資金と技術力を投入したオーナーがいなかった。ひとつにはこの星域の運搬費がかなり安いことがあげられるし、またやはり初期投資の大きさが響いている。
(精錬加工もここでやれば利幅が取れるし、埋蔵量はかなりのはずだからうまくいけば黒が出る。どうかな)
 しかし新しいやり方が現場になじみ、黒字になるには数年かかるだろう。工場も軌道に乗るまでは巨額の赤字が続く。どっちへどう転んでもコルネリは金食い虫だった。
「あー、そうだ」
 彼が何か考えついたところに、フロントから電話がかかってきた。恒星間通話です、と女性の声が告げる。相手はガレリアであった。
「パパに今回限りだって言われちゃったわよ。今度やったらあなたも追い出すって」
「本当かい。よかったよ」
「あと、わたしもそっちに行くわ」
「えっ」
「パパにあなたがこれ以上、とんでもないことをしないように見張りなさいって言われたのよ。四、五日あればつくと思うわ」
 彼女がくるなら、とイサクはひとつ頼みごとをすることにした。
「あ、そう。じゃ俺の眼鏡持ってきてよ。前に使ってたやつでいいから」
「前使ってた眼鏡?」
「そう。ないと不便でね」
「……分かったわ。服もいるの?」
「あれはどうしようかな。一応持ってきて」
 ガレリアは電話の向こうで、レイノルズに夫の荷物を用意するように言いつけた。執事は頭を一つ下げ、さっそくクローゼットの整理を始めた。
「わたしも一応準備するわ。船の整備をしておくわね」
「分かった」
 彼女の力を借りることになったら大変そうだ、イサクはそう思いながらもガレリアに了解の返事をした。

 

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