覇王ミラ外伝〜イサクの受難

後編

4章 行軍マーチ

 ところ変わってここは昼は勤労青年、夜は宇宙チンピラのヨッチとノエルが勤めるスペース・ラボである。船をなくしてしまってからというもの、彼らはおとなしく仕事をしていた。工場長が変わってやたらと忙しくなったせいもある。夜遊びなどおぼつかないほどの残業が続き、彼らはすっかりくたびれてしまっていた。
「今日も残業かあ」
「仕方ねえだろ。急いで仕上げろって言うんだからな」
 汗をかきながらラボの床に散らばった工具と、ビスやらねじやらを拾い上げる。このラボはかなり広いはずなのだがここのところ修理船がいくつもいくつも入っており、二人は船と船の隙間で仕事をしていた。当然視界はよくない。
「モンキーどこだよ」
「そこにあんだろ」
 そこへ誰かが入ってきた。二人には足音しか聞こえなかったが、入ってきたのが数人で、うち一人が革靴であるらしいことは分かった。
「こんな船でいいんですか」
「かまいません。ウチとこで防護シールドを積みますから。それよりパイロットがいなくてね」
「おたくはけっこうな設備をお持ちですからな」
 一人はここの工場長で、どうも客を連れて来たらしかった。珍しいことである。ここには新規の客はめったにこない。ややあやしげな改造を手がけていることもあって、たとえ新規であってもほとんどが口コミでやってくる客ばかりだ。
「このタイプですとそこにいる二人が動かせます。ただどうでしょうねえ、そちらの奥様のようにはいかないと思いますよ」
 あっはっはっは、と客人が笑う。
「彼女はこういうデカイのは駄目なんですよ。私も意外だったんですけどね」
 しゃがみこんでいた二人には物陰からちらりと肩のあたりが見えただけだったが、ぱりっとした身なりの、優しげな雰囲気の男だった。こんな荒くれた現場には似合わない、大企業で事務でもしていそうな感じである。
「あんまりボロじゃだめだぞ。装甲ぐらいまともにつけさせろ」
 別の若い声が言った。
「こんなん浮いてりゃいいで。どうせコンピュータを積むだけや」
 最後の声はやや年のいった感じだった。五十になるかならないか、といったぐらいであろう。俺も乗るんだぞ、と最初の客が言うのが聞こえた。工場長が作業にいそしむ二人に声をかける。
「二人ともご挨拶をしなさい」
「はい」
 かったるいな、そう思いながらヨッチとノエルは腰を上げた。まだしなくてはならない仕事はたくさん残っている。つまらないことで時間をさかれるのはごめんだった。
「こちら、ガルヴィータ財閥のイサク・Y・ガルヴィータさんだ。輸送用ダンプとパイロットを探しているということでお見えになった」
「へ?」
 二人はよくよく客人の顔を見た。そして悲鳴を上げそうになり、ようやくそれを押さえ込んだ。
(げえええ)
(なんでこいつがここに)
「この二人でいいですかね。ウチも今忙しくて人手が足りないんですよ。本来ならちゃんとしたドライバーがいるんですが、みんな出払ってしまっていてね」
「いいですよ。こちらこそよろしくお願いしますね」
 にこやかにイサクが言った。ヨッチとノエルには悪魔の笑みである。何も知らず工場長は商談を進めた。
「他にありますか。ご希望があればつけますよ」
「そうですねえ……輝線レーザー砲を取り付けていただけますか。あれならここにもあるでしょう」
 工場長が目をみはる。
「ありますが、あんなものがこの子達に扱えますかね。ウチはそういう研修はしてないんです」
「大丈夫ですよ。付けてください」
 オシリスが口をはさんだ。
「そんな中途半端なモンじゃなくてよ、もっと使いやすいはねえのかよ。あれはパワーのわりに燃料食うからヤなんだよ」
「どうせディアナで来たんだろ。いざって時は使わせてもらうよ」
 こともなげにイサクが言った。オシリスが頭をかく。
「まあな。それにここじゃたいしたものは装備できねえだろうがよ」
 工場長が苦笑いした。
「まあ、おたくらとは規模が違うんでね。でもそれなりに輝線レーザーも使えるとは思いますよ」
「だそうだ。俺もそう思うよ。それなりの使い手なら今回の作戦には充分だよ」
 さっきからぼんやりと話を聞いていたヨッチとノエルは、イサクのこのセリフに震え上がった。
「お前のかみさんなら確かにそれなりやな。何しでかすかわからんがな」
「そうですか」
 工場長は何か納得したらしい。ヨッチとノエルが「あの、作業がありますんで」と言っていなくなったのを見てもたいして気にせず、イサクと引渡し日時の打ち合わせに入った。
 置かれた機体の影からヨッチとノエルの二人が様子を窺うと、目が合ったイサクはにやりと笑って見せた。イサクとその連れについて二人はあることに思い当たり、それから青くなって我が身の不運を呪った。自分達がひどい目にあうのは、すでに決定事項になっているのが明白だったからである。

 その数日後のことだ。
 イサクとその友人達は、まるでセールスマンのようにサントライド家別荘のインターホンを押した。
「こんちはー」
 サントライド家の別荘は遠かった。イサクも他の二人も歩いてきたかのように気軽な格好だが、実際はコルネリから宙間バスをチャーターし、さらに宙港から三時間もタクシーに揺られてきたのである。そのタクシーも揺れまくる上にいつ止まるか分からないようなボロで、オシリスなどは車酔いをしかけたほどであった。
「はよ出てこんかい」
「しょうがないよ」
 せっつくケルビンをイサクがなだめる。後ろではオシリスが青い顔をしてふらふらと立っていた。
「帰ろうぜ、イサク」
「用事が終わったらね」
 ぐったりとオシリスが舗装された地面に座り込む。ケルビンは待っている間に、煙草をつなぎのポケットから出しかけてまたしまった。灰皿忘れたわー、とつぶやく。
「どちらさまでしょうか」
 がちゃ、とインターホンが繋がる音がして、若い女性の声が聞こえた。すいませーん、とイサクが話し出す。
「ガルヴィータのイサクと申しますが、サムソン殿はいらっしゃいますでしょうか」
「はい?」
 とまどったような声が聞こえた。インターホン越しにその女性が誰かに説明をしている様子が伝わってきて、それから今度は男性の声に替わった。
「ガルヴィータ財閥のイサク様でしょうか」
「そうです」
 防犯カメラにはしっかりと彼ら三人の姿が映っているはずである。ばたばたと物音が聞こえて、正面の巨大な門が開き、がっしりとした壮年の男性が一人出てきた。
「御本人のようですが……お約束は?」
「してないです」
 男性はバードックと名乗った。この別荘の執事兼管理人のようだった。レイノルズとはずいぶん違うな、と思いつつ、イサクは用件を切り出した。
「コルネリの件でサムソン殿とお話したいのですが、いらっしゃいますか」
「コルネリ?」
 とまどった口調だった。それはそうだろう。イサクとサムソンは面識はあっても親しくはない。それだってお互い財閥の要人として顔を知っているだけだ。
「いらっしゃいませんか」
 イサクはたたみかけた。その、とバードックが口ごもる。
「コルネリの、どのようなご用件で?」
 後を取ったのはケルビンだった。
「簡単や。売られた喧嘩は買わなあかん。公私共にな」
「公私?」
 なんとなく、彼らとは係わり合いになりたくないという雰囲気を漂わせているバードックに、イサクはへらへらと答えた。
「ええ。サムソン殿の顔面パンチは効きましたよ。俺は戦場でもあんな痛い目にはあったことがないですね」
 バードックが驚いた表情になる。
「うちのサムソンがですか? まさかそんな……失礼ですが、ガルヴィータのイサク様と分かってそのような乱暴を働いたのでしょうか?」
「さあねえ」
 イサクはとぼけた。
「それで話し合いにきたんです。いえ別に何かサントライド家にいちゃもんつけようとか、そういうのではないですよ。その件については、俺はただ謝ってもらえばそれでいいんですけどね」
 バードックは観念したようだった。
「どうぞお入りください。その、本人はおりませんが、私がお話を承ります」
「そうですか」
 三人はぞろぞろとバードックについて中に入った。


5章 そして、明日も日が昇る

 メンツは揃った。機材も揃った。あとは進軍ラッパが鳴り響くのを待つだけだと、イサクは集まった連中に言った。コルネリの地下では工事が始まっており、資材輸送用の宇宙ダンプがいくつもいくつも出入りしていた。
「で、どやって始めるつもりや」
 今回彼が旗艦に据えたのは、ヨッチとノエルの運転する中古のサイクル型シップである。たいした装備も武器もなく、どこが旗艦なのかとオシリスなどは怒鳴り込んできたほどだ。
「待つんだよ」
 荷台のほぼ全てのスペースを占めるのは、彼が持ち込んできた巨大高速コンピュータだった。過去にもイサクは戦略用としてこのサイズのコンピュータを使っていたが、今回は中に入っているアプリケーションが違っていた。
「金勘定が終わるのをか」
 イライラとオシリスが言う。
「そう」
 イサクは宇宙空間に船を浮かべると、真っ先にこの機械の電源を入れた。それからタイプライター型の操作卓を叩き、いくつかの数字を入力した。経理ソフトを起動させたコンピュータは、すさまじい速さで年間の架空収支報告書を作り出した。
「いつまでやるんや」
 待機中のケルビンがあきれたように地上から聞いてきた。そうだな、とイサクはカレンダーを呼び出して見た。
「あと五百年分くらいあればいいか。そっちではちゃんと受信してるよな」
「受信はしとる。けどデータがでかくて入りきらんわ。処理しても片端からあふれよる」
 ガレリアは昨晩到着し、イサクと打ち合わせ済みだった。オシリスは自分の戦艦ディアナに乗り、万が一の場合に備えて遊泳していた。
「なんかすることないのかよ、イサク」
「まだない」
 コンピュータはすでに五百二十年分の決算報告書を提出している。もうちょいだな、とイサクは壁の時計を眺め、星空しか映し出してないスクリーンに目をやった。
 その時である。
「た9956のダンプ。何をしている」
「おー、きたきた」
 赤い記章はこの宙域の警備艇だ。あのー、と不安そうに声をかけるヨッチとノエルを無視し、イサクは通信回路のスイッチを入れた。
「資材を運んできたんですが、ここじゃないんですか」
「何を言ってる」
 向こうのスクリーンにはよれたシャツを着てやや長めの髪をした、気弱そうな男の姿が映っているはずだ。すいませーん、と彼は頼りなげな声を出した。
「ここに荷物を持って来いって言われたんです」
「こんなところに持ってきてどうする」
 えらそうに警備艇のオヤジが威張る。イサクは二人のパイロットに指示を出した。
「でも工事現場ってここですよね」
「工事の依頼なんか聞いてないぞ。なんかの間違いじゃねえか」
「いや」 
 その通信に割り込んできた者がいた。かなり高圧的に、進路を譲れと主張している。白い派手な装飾を施したクルーザータイプの船だ。
「うひゃー、金かかってんな」
「このボロ船の三倍はするぞ」
 ヨッチとノエルの二人組がそれぞれ感想を述べている間に、警備艇は後方に下がって道をあけた。一方のイサクの船はそのままだ。
「そこのダンプ、どけと言っているのが分からないのか」
 どうします、とピアスを下げたノエルが聞いてきた。イサクは待機を命じる。そして自分でクルーザー船とコンタクトを取った。
「どくわけにいかないんですが」
「ふざけるな」
 ダンプに送られてきた映像は若い男で、短気を起こしてわめきたてていた。手元に表示された映像と比べてみる。
「警備艇、早くこいつを排除しろ。聞こえないのか」
 言われて警備艇がしぶしぶ通信を送ってきた。ヨッチが輝線レーザー砲を起動させる。
「お前ら船をどけろ。早くしないか。ここはサントライドの宙航路だぞ」
 イサクはへらへらと返事をする。
「そうでしたか」
 そして一発、輝線レーザーを何もない空間に向けて撃った。警備艇は慌てふためき、通報と救援の信号を一緒に送り出した。
「ご同行願います。サムソン・サントライド殿」
 ディアナがクルーザーの下方から、星辰をバックにゆらりと現れる。警備艇の救援信号は届いていなかった。イサクが発信しケルビンが増幅している数字の羅列が、スペースガードの通信網を邪魔していた。
「誰だ、お前は」
「私が分かりませんか。何度かお会いしているはずですが」
「知るか! お前は誰だ」
 やれやれ、とわざとらしくイサクはため息をつき、昨日ガレリアから受け取った金チェーンの片眼鏡をつけ、彼の正装であった青いチュニック丈の上着を羽織った。
「こうしないと分かりませんか」
 警備艇から息を呑む音が聞こえてくる。そしてゆっくりと警備艇ははるか後ろに下がった。イサクと事を構えたくないのだ。
「お前はガルヴィータの……どうも最近おかしいと思っていたら、お前が来ていたのか、戦争屋め」
「先に戦争を仕掛けたのはそちらですよ」
 イサクは慇懃に言った。
「この星はガルヴィータのものです。お分かりでしょう」
 さらにイサクは続けた。
「力ずくで横取りをするつもりなら、たとえサントライド家であってもそれなりの対応を取らせていただきます」
「なんだと」
「具体的には私とご同行願います。行先はそうですね、お父上のオフィスがよろしいかと。ご子息が許可なくビンテージなどといった者に大金を払い、ガルヴィータと悶着を起こしていると匿名で通報があったはずですから、その釈明のためにも行かれたほうがいいと思いますよ」
「ビンテージ? でたらめを言うな」
「証拠はあがってるんですよ。友人に調べてもらいましたから」
「そやなあ」
 ケルビンが楽しそうに地上から答えた。
「他にもいろいろと……まあ、ここではやめておきますか」
 サムソンの顔がだんだんと怒りで歪んできた。
「成り上がり者のお前になんか用はない。警備! 何をしている!」
 仕方ないといった感じで、警備艇が自動追尾の小砲を何発か撃ってきた。ヨッチは器用に追尾ミサイルを迎撃し、一つ残らず撃ち落してしまった。ノエルはなめらかに中古ダンプを動かし、逃げ出しかけたクルーザーを追いかけた。
「やつら逃げます。どうしますか」
 逃げ足の速いクルーザーのために、イサクはオシリスを背後に回らせていた。ディアナの姿を見て、クルーザーのパイロットは後ろへの逃走を断念した。
「上へ逃げるぞ!」
 オシリスが叫んだ。そこへハードラック・ガレリアが高速で滑り込んでくる。ブルーグレーの機体の下部から網を放ち、自分よりもはるかに大きなクルーザーを優雅に絡めとった。
「相変わらずおっかない嬢ちゃんやな」
 ケルビンが地上でうなった。
「戦争屋のくせに女に取り入りやがって。きたねえやつだ」
 投網にからまり、身動きが取れなくなったクルーザーでサムソンが大声でわめいた。なんでこいつにこんなことを言われなくてはならないのだろう。イサクはむっとしたが表情には出さなかった。
「なんと言われようと結構ですが」
 つとめてイサクは穏やかに返した。
「この星はガルヴィータのものです。私としてはただであなた方に差し上げるわけにはいかないんですよ」
「へっ、上品ぶるなよ」
 サムソンはいぎたなく、ぺっとつばを画面に吐いた。スクリーンには不快な、白濁した液体が大写しになった。
「色仕掛けで次期総帥を狙うなんて、それも計略のうちってわけか。たいしたもんだね」
 毒のある言葉に、言われている本人よりもパイロットの二人のほうがぎょっとする。当人はポーカーフェイスを崩さない。
「お褒めいただいて恐縮ですよ。そのくらいの知恵も回らない方が、サントライド財閥の将来を担うわけですか。そちらは大変ですね」
 こたえないだろうと思いつつも、イサクは一言いやみを言ってやった。そうでもしないとおさまらなかったのである。


6章 決算報告
 
 くだんの上着と眼鏡をつけ、イサクはサントライドの本社に向かった。もちろんサムソン・サントライドも一緒である。
「ジェレミー・サントライド殿に取次ぎをお願いしたいのですが」
「どちら様で……あっ」
 受付の女性が彼らの顔を見て、あわてて奥に引っ込んだ。代わって大柄な、スーツを着た壮年の男が現れる。警備隊長だとイサクは踏んだ。
「社長は外出しております。私でよければお話をお受けいたしますが。イサク・ヨシュア・ガルヴィータ殿」
 ガルヴィータの娘婿の顔ぐらいは分かるらしい。イサクは手っ取り早くこう言った。
「この方のことで社長にお話があるんです」
「なるほど。しかし私どもではなんとも……」
「いやしかし、取り次いでいただきたいんですが」
 押し問答をしているとさっきの女性が戻ってきた。警備隊長に耳打ちする。
「えっ……あ、社長が今、時間があるので少しならいいそうです。コルネリの件でしょうか」
 その言葉を聞いたとたん、サムソンがその場を飛び出そうとした。
「俺は帰る! こんなやつらにつきあうひまはない!」
 騒ぎ立ててもいいように、イサクはあらかじめヨッチとノエルに彼をしっかりと押さえさせてあった。騒ぎ立てる声はやかましかったが、この二人にとってサムソンを捕まえておくことはたいした作業ではない。ラボでの仕事の方がよっぽど骨が折れた。
「離しやがれ! さわるんじゃねえ!」
 広い清潔なホールにサムソンの怒鳴り声が響き渡る。警備隊長は顔をしかめた。
「その件は私からではないほうがいいでしょう」
「と、おっしゃいますと……」
「コルネリの件は、私が総帥代行として話をさせていただくわ」
 ガレリアが自船から降りてきたままの戦闘服で、イサクの背後から出てきた。さらにその後ろから金糸のジャケットを羽織ったオシリス、つなぎを着たケルビンと続く。
「社長に、いやジェレミーに取り次いでいただけるかしら」
「は、はい、ガレリア様」
 ガレリアはイサクの後ろに控える一行を振り返ると、花のように笑った。
「こちらの方達は今回、ガルヴィータのガードとして協力してもらったの」
 警備隊長は目の前にいる連中の荒っぽさと、その伝説的な呼び名を思い出した。彼のまわりを部下達が走っていく。
「ジェレミーを呼んでくださるかしら」 
 秘書室の人間が何人も彼らの前にやってきた。不穏な一行をエレベータに乗せ、警備隊長はやっと人心地がついた気分になった。

 上流階級で彼らよりも有名なのはこの、ガルヴィータ家のお嬢様であろう。ジェレミー・サントライドはガレリアには敬意を表し、その他の人間にはやや失礼な視線を送った。
「で、なんだね。私の息子が何をしたのかね」
 どやどやとやってきた若僧どもを歓迎してはいないが、話だけは聞いてやる。そんな態度だ。イサクが口火を切った。
「コルネリについての説明は私からさせていただきます」
 そう言ってからちらっとガレリアのほうを見る。ガレリアが優美にうなずいた。打ち合わせ通りだ。。
「そうですね、いくつかあるんですが、ひとつはコルネリに戦争を仕掛けてきたこと、もうひとつは労働者を焚きつけ、反ガルヴィータの運動を起こそうとしたこと」
「ふむ」
 前もって話を聞いているのだろう。ジェレミーは落ち着いた態度だった。別荘に押しかけていったかいがあったというものだ。
「そしてもうひとつは私の夫の顔をなぐったことだわ」
 ガレリアがそう言い放った。ジェレミーの表情がわずかに動く。それからサムソンのほうを見た。
「バードックから報告をもらっている。本当なのか」
「俺はやってない。そいつらのいいがかりだ」
 ふてくされた態度でサムソンが答えた。では、とイサクが仰々しい片眼鏡を取る。
「この顔に見覚えは?」
 サムソンは嫌そうにじっとその顔を見る。父親の手前、あまり生意気な態度も取りにくいからだ。しばらくしてからあっ、と言って背後に控えるオシリスを見た。
「思い出していただけましたか」
 何度も何度もサムソンは眼鏡を取ったイサクとオシリスを交互に見た。そしてとうとう悔しげにこう言った。
「お前ら……卑怯だぞ! あんな格好で分かるか!」
 イサクは言った。
「あれはわざとではありませんよ。けれど式にもお呼びしましたし、私の顔ぐらい覚えていていただきたかったですね」
 ふうむ、とジェレミーはうなずいた。
「なるほど、君達の怒りはもっともだ。しかし君達が取った手段もあまりいいものとは思えないが」
 ケルビンが一歩引いた位置からすぐ近くに寄ってくる。オシリスもサムソンの隣に移動してきた。
「私は戦争屋ですから」
 きわめて慇懃無礼にイサクは言った。ほう、とジェレミーが返事をする。イサクは話を続けた。
「穏便に済む方法がこれしか考えつかなかったのですよ。この方の滞在する別荘ごと吹き飛ばしてしまえという意見もあったのですが」
 ここでイサクはケルビンとオシリスを見た。
「話ができなくては仕方ありませんので、こうしてやってきた次第です」
「ふむ、つまり謝れと、そういうことか」
「私はそれでかまいませんが……」 
 ガレリアが後を取った。
「コルネリに手出ししないでちょうだい。言っている意味が分かるわよね?」
 イサクが苦笑して見せる。
「口約束では駄目よ」
 苦笑いを浮かべつつ、イサクはこう言った。
「それなりの謝罪をいただければ、私はかまいません。ただし、コルネリに関しては真剣なご返事を頂けない場合、それ相応の対応をさせていただきます」
「……サントライド家を脅すか。いい根性だ」
 くすくす、と女の子のようにイサクが笑った。
「私は戦争屋ですから。サントライドの一つや二つ、簡単に潰して差し上げます」
「できるのかね」
「ご要望があれば」
 そうですね、とイサクはなんでもないことのように言った。
「こちらの方がいなくなると、サントライド家は跡継ぎの問題で叩かれるようなことが起きるかもしれませんね。確か弟さんとだいぶ不仲だったかと。まあ私は知らないことですが」
 サムソンが青ざめる。
「それとも……」
「分かった分かった」
 ジェレミーが笑いをこらえつつ、あきれたように言った。
「確かにガーヴィンが自慢するだけのことはある。そんなことをされたらたまらない」
 ジェレミーの言ったことは本当なのかこっそりと疑いながら、イサクは続けた。
「しませんよ」
 サムソンがほっとした顔になる。
「私はそういうのは嫌いです」
 ガレリアがとん、とデスクに手を突いてジェレミーの顔を見た。それで勝負が決まった。

 ガルヴィータ家の別邸ではホームパーティが開かれていた。広い芝生に椅子とテーブルを持ち出し、前の日からレイノルズがせっせと準備したのである。
「いい天気ね」
「はい、ようございました」
 一週間前からウェザーチャンネルにへばりついたかいがあった。レイノルズは満足し、仲良く談笑している大旦那様と不良の娘婿を眺めやった。
「君もやるねえ、イサク君」
「いや、ガレリアの芝居がうまかったんですよ。俺はただ昔の格好で突っ立ってただけです」
 ガーヴィンの足元には赤いリボンをつけた白猫がいる。気持ちよさそうに伸びをすると置いてあるトリプレットの座席に飛び乗り、うつらうつらやりだした。
「ところで」
 イサクはさりげなくガーヴィンに言った。
「もしかして、相手がサントライドの御曹司だってことはご存知でしたね?」
「そうかなとは思っていたよ」
 いとも簡単にガーヴィンは白状した。
「しかし私から話せばジェレミーの顔をつぶすことになる。それに君が行ってくれれば一番簡単だからな」
「……そうですか」
 なんというのか、どう返事していいのかイサクが困っているとガーヴィンはこんなことを言い出した。
「サムソンに何か言われなかったかね」
「何かって、何ですか」
 んー、実はなあ、とガーヴィンは切り出した。
「サムソンから前にガレリアを嫁にほしいという話があってな。ジェレミーも乗り気だったんだがあんまり気が進まなくて断った」
 思わずイサクは言った。
「いつですか、それは」
 んんー、とガーヴィンは思い出しながら続けた。
「君から婚約破棄の連絡が来た直後だ。だから、そうか君が田舎で政務官補佐をやっとった時だな。いや、軍属になった時か」
 当時は先が見えなかったので確かにガレリアとの縁談を断った。しかし、その後一年足らずの間にガーヴィンから再度、ガレリアとの結婚話を持ち出されたのだ。軍略、政略込みの話ではあった。
「知りませんでした」
「知るわけないだろう。黙ってたからな。式の後もしばらくサムソンがうるさく言ってたが面倒なので放っておいた」
 コルネリで手ひどく浴びせられた悪口の意味が、今やっとイサクには分かった。そしていまだにサムソンはガレリアにご執心である。イサクはサムソンの中ではけっこうな悪者扱いなのだった。
「サントライドと手を組もうとは思わなかったのですか?」
 ガーヴィンはイサクをちらっと見た。
「そういうところが君の悪いところだ」
「すみません」
 まあいい、と鷹揚にガーヴィンが笑った。
「ガレリアにごねられてな。それに儲からない」
「……そうですか」
「サントライドよりも君のところのほうが金になる。いやー、あの時はずいぶんと儲けさせてもらったよ」
 心底この人は商人なんだな、イサクがそうあきれた時にケルビンとオシリスの姿が見えた。
「おおい」
「来てやったでえ」
 ガーヴィンがそっちに向かって手を振った。
「あ、どうも、お久しぶりです」
「こんちわー」
 後ろからひょいをヨッチとノエルが顔を出す。けげんな表情をするイサクにガレリアが言った。
「だってお友達でしょう?」
「えっ?」
 いつこいつらと友達になったんだ、そう言いたげなイサクを押しのけ、ケルビンとオシリスがガーヴィンの近くに座る。お前らも座れ、と勝手にオシリスが仕切りだし、ヨッチとノエルも適当に椅子を見つけて座った。レイノルズは飲み物を用意し、ワゴンに乗せたご馳走を次々と取り出した。
「すごいっすねー」
「これ何すか。食えるんですよね」
 ぶしつけなヨッチとノエルの声にレイノルズの眉が釣り上がる。二人があわてて口をつぐんだ。ケルビンは落ちつかなげな二人組になにやら話しかけだした。
 あらかた料理が並んだところでじゃあ、とイサクが立ち上がり、乾杯の音頭をとる。
「コルネリの掘削開始を祝って」
「かんぱーい」
 なんやこれ、とケルビンがテーブルの奥にある焼き菓子に手を出した。イサクも一つ手に取る。デザートのはずなのだが誰も順番を気にしない。
「ベリーパイよ。いちごとブルーベリーがあったから作ってみたの。少し甘くないかしら」
「そうでもないよ」 
 サントライドでは今ごろ大騒ぎだろうな、とパイをかじりながらイサクは思った。経理コンピュータ搭載の中古ダンプの料金と一緒に、イサクはコルネリのシャトル工事の代金も彼らに支払わせたのである。この件でジェレミー・サントライドはかなり高額な、息子の火遊びのツケを払ったことになった。ついでにガルヴィータの娘婿はずいぶん物騒だとも思われたかもしれない。
 オシリスはイサクの近くでただひたすら目の前にあるものをぱくついていたが、ヨッチとノエルがおそるおそる、という感じでご馳走を盛られた皿に手を伸ばしているのを見つけた。気を使っているのだろうが、あんな量では足りないに決まっている。そう思った。
「もっと食え! ケチケチすんな!」
 そう一喝すると適当に、そこらにあった料理を彼らの取り皿に山盛りにしてしまった。それでも足りずに他からも料理を大量に持ってくる。
「そ、そんなに食えませんよ」
「やめてくださいよ」
 もはや味もへったくれもあったものではない。オシリスは一生懸命に割り当てを消費している彼らの前に、今度はグラスを二つ持ってきた。
「飲め! 遠慮すんな!」
 勘弁してくださいよう、と二人からは泣きが入るがオシリスは容赦しない。またもや適当に、そこにあった酒をなみなみとグラスに注いだ。赤いのでワインのようだったが、こんな量は普通グラスに注がない。
「もう無理です」
「許してください、すいません」
 どうやら本当に入らないらしい、ということに気がついて、オシリスは二人を解放することにした。なんだよ、と言いつつ隣にどっかりと座り、切り分けたローストビーフが大量に乗っている大皿を手前に引き寄せると直接その皿から食べだした。見る間に肉が減っていく。ヨッチとノエルは呆然とその様子を見守った。
「お前らけっこうやるじゃねえか。どこでレーザーの操作を習った」
「え、あの……ラボで先輩に」
「ふーん」
 皿が空いた。オシリスは次にパエリアが山盛りになっている皿に目をつけた。まだ誰も手をつけていない。それも手元に引き寄せ、取り分け用の巨大なスプーンを握ってまわりを見渡し、こう叫んだ。
「これ食うやついるかー!」
 少し離れたところで話していたガーヴィンとケルビンが笑いながらいらない、というしぐさをした。
「相変わらずだなあ」
 あきれたようなイサクの声を聞いたのち、オシリスは猛然と手に持った巨大スプーンでパエリアを食べだした。あっという間に十人前はあろうかという量のパエリアが半分になった。
「すげえ」
「オレにはできねえ」
 ヨッチとノエルが感嘆するのを尻目に、オシリスはイサクに食べながら話しかけた。
「イサクよう」
「なんだい」
「サントライドって本当に潰せんのか」
「無理だ」
 あっさりとイサクは答えた。オシリスが目を丸くする。
「なに、じゃあれは大ウソかよ?」
「ウソじゃないよ。でもできない」
 なんだそりゃ、とオシリスは言った。イサクはそこにあったりんご酒のグラスを手に取ると、一口飲んだ。
「ガルヴィータとほぼ同規模のサントライドが潰れればまた混乱が起きる。それは誰も望まない。そしてもしそうなった時、関係がなくとも叩かれるのはガルヴィータだ」
 そしてちらっとガーヴィンのほうを見た。ガーヴィンはすっかりできあがってしまったケルビンと、ゴルフの話でひとしきり盛り上がっていた。
「悪評が立てば商売もあがったりになる。賢い商人はそんなことはしないもんだよ」
 もう一口含むと空になってしまったので、イサクは中身の入ったグラスと交換した。ガレリアは興味があるらしくトリプレットをいじっており、レイノルズが手を貸して動かし方を説明している。
「それに、俺は戦場に出たくないんだ」
「とんでもねえやつだ」
 赤い顔をしたガーヴィンが寄ってきた。ケルビンもだいぶ酒臭い。
「やあイサク君、今回は大活躍だったよ。さすがウチの婿だけある。いや、たいしたもんだ」
 何か嫌な展開だなあ、そうイサクが思った瞬間である。
「それでだね、君。今度はサヌーザに行かんか」
「は?」
 ケルビンががっはっは、と大笑いした。
「行かんか、イサク」
「ケルビンまでなんだよ」
「サヌーザのゴルフ場開発が地元団体の反対で遅れててな。どうだろう、イサク君」
 ケルビンが持っているグラスを空ける。いつの間にか中身はウイスキーのロックになっていた。
「うまくいったらわしに会員権をくれるってな、ガーヴィンさんが言ってくれてなあ。な、行かんか、イサク」
「俺は二度とああいうのはやりません!」
 なんじゃ残念だのー、とケルビンがこぼす。まあいいじゃん、とオシリスはパエリアの続きにかかった。
 ガレリアがトリプレットに乗って、スペースブースのほうに移動していく。イサクとレイノルズはそれに気づき、あわてて走って追いかけていった。

 

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