再上演

 リンデン氏の営業車はキール・デリを乗せ、一路メリッサへと向かっていた。ザイナスの車を捕まえるためである。
「友達だったか、そうか」
「そうか、じゃねえよ。あいつに何させる気だ」
 途中、リンデン氏は彼が売り払った白いドレス一式を、古道具屋から買い戻してきた。そしてそれを着るように言った。
「いや、ちょうどいい。それにしてもキール君、きみ、あいかわらず美人だな」
「俺、もう嫌なんだけど」
「死にたくなければ着ていたまえ」
 営業車の後部座席には薬の入ったダンボールと一緒に、ドレスに着替えたキール・デリが乗っていた。ブラッキィも一緒である。リンデン氏はほどほどに混んでいるショッピングセンターの駐車場に車を停めると、ささっとメイクの仕上げを施した。それから彼が着ていた服を楽器ケースにぐるぐると巻きつけて外観が分からないようにし、こ汚いリュックサックはブラッキィが入れるように上部を開けて、買い込んできた明るい色のクロスでくるんだ。
「これでいいだろう。急ぐぞ」
 もう夕方だ。ラジオの渋滞情報を聞きながら、リンデン氏はわき道を抜けタイベリーとメリッサの合流地点へと急いだ。時間との勝負である。車の特徴はキール・デリから聞いてあったから、先回りして細い一本道でつかまえるつもりだった。
「リンデンさん、あれだ」
 ほどなくして前方にメタルグレーのセダンが合流してきた。ありゃ、とリンデン氏が言う。
「ずいぶんといい車だが、彼はそんなに稼いでいるのかね」
「税金がすごいって言ってたぞ」
 いい車ということは加速がよくて逃げ足も速いということでもある。リンデン氏の営業車とは排気量が違いすぎた。
 リンデン氏は作戦を変更し、真後ろについて運転手をいらだたせることにした。ほどよい車間距離を取って真後ろからパッシングする。暗くなってきたこともあって、運転をしていたザイナスのマネージャーは、点滅するライトに軽い苛立ちを覚えた。
「なんだ、後ろの車」
 ザイナスが振り向く。その瞬間、けたたましい警笛音が鳴った。ザイナスのマネージャーは真っ赤な顔になり、少し先で車を停めた。
「ちょっと行ってきます。なんだあれは」
 それに続いて後ろの小型ワゴンも停車する。いかにも営業といった感じの五十代なかばのスーツを着た男が出てきた。リンデン氏である。
「ザイナス・カミング君の車かね」
「そうだが、なんだ」
 マネージャーはイライラしながら返答した。時間も惜しいしこんな変な親父とも係わり合いになりたくなかった。
「彼をキール君の友人と見込んで頼みがある。私はクリストファー・リンデンバウム。彼の父親の友人だ」
 キール・デリの名を聞いてザイナスが車から出てきた。マネージャーが制止する。
「あいつがどうした」
 その様子を見て、リンデン氏はほほう、と言った。
「うん、適役だ」
 そして営業車の後部座席から、白いドレスの美女を引っ張り出した。そのドレスと首にかかっている無骨なプレートがまったく合っていない。
「すまないが彼女をあずかってもらいたい。名前はヴィオレッタ。君の役どころはアルフレードだ」
 リンデン氏は後ろから思い切り美女のことを突き飛ばした。どっちにしろフェイクだから、レディファーストもへったくれもあったものではない。よろよろとドレスに足を取られて転びそうになった美女を、ザイナスは両手で抱き止める格好になった。
「いてえよ、リンデンさん」
 プレートとその声でザイナスは美女の正体に気づいた。
「キール?」
 マネージャーも気がついた。
「キールくん? 何をしている?」
 リンデン氏は大きな荷物を二つ出してきて、マネージャーのほうに放った。勢いでマネージャーは荷物二つを受け取ることになった。
「これが大事なウサギと楽器だ。彼女は出生の秘密を知る悪いやつらに追われている。無事に逃がしてやってくれ」
「おい、ちょっと待て」
 言いたいだけ言ってリンデン氏はそそくさと営業車に乗り込み、エンジンをかけた。
「私もここまでしか協力できんのだ。では『ラフィーネ』で待っとるよ」
 そう言うとリンデン氏はその場を去ってしまった。後には呆然としているザイナスとマネージャー、それにドレス姿のキール・デリが残された。
 
 車内の空気は険悪である。ドレス姿のキール・デリは後部座席でザイナスに尋問されていた。眉を吊り上げてザイナスは彼に詰め寄る。
「そのプレートがらみだな」
「そう」
「何がどうなのか、俺に分かるように説明しろ」
 マネージャーも聞き耳を立てていた。ソレルのホールに置いてきたはずの彼が、なぜかドレスを着てザイナスの隣にいる。それもそこまでのいきさつが尋常ではない。ザイナスは少し事情を知っているようだったが、それでもこの怒りっぷりは並ではなかった。
「分かったよ」
 キール・デリとしては彼らを巻き込みたくはなかったが、ザイナスとマネージャーはもう充分巻き込まれているのだった。どう説明したらいいのか悩みながら、彼はザイナスに言った。
「ここに#5ってあるじゃん。それが俺。名前も入ってる。プレートも俺もサラティア社製。オヤジはそこの技術者だった」
 プレートを受け取り、ザイナスは記載されている項目を見た。
「それで」
 会社名までは分からなかったが、このへんまではザイナスも知っていた。以前プレートを見せてもらったことがあるからだ。
「アルピニアで変なやつらが来ただろ。あれは俺のことを捕まえに来たんだ。捕まったらまずいから全部やっつけた」
「そうだったな」
 なんて物騒な、とザイナスは思ったことを思い出した。しかもキール・デリは十六才くらいの少年と組んでそれをやったのである。
「で、ソレルに行ったら#11がいたんだ」
 やっとザイナスは怒り以外の感情を自覚した。
「#11? なんだそれは」
「俺のあとの実験体。どんなだったかは言わないけど。で、そいつに会いに行ったら社長と営業本部長ってのが来た」
「社長?」 
「そう。サラティア社の社長。やばいから隠れてたんだけど見つかって……」
 ザイナスは自分の顔から血の気が引くのが分かったような気がした。
「まさか、おまえ……」
 ザイナスはきれいに化粧をして髪を上げたキール・デリの顔を見た。すまなそうな表情である。
「捕まったら殺されると思ってリンデンさんとぶちのめしてきちゃった。ごめんな、ザイナス」
 気が遠くなるとはこのことだろう。ザイナスはとうとうマネージャーに助けを求めた。
「……スミスさん、俺、どうしたらいいと思う」
 マネージャーは車を運転しながら言った。とんでもないことになったものである。
「とりあえず夕飯にしましょう。何か買ってきますから、ザイナスさんもキール君も車内にいてください。時間も押してますし、メリッサまでこのまま突っ走ります」
「……そうだな、そうしよう」
 ザイナスはもはやどうしたらいいのか分からなかったので、マネージャーに従っておくことにした。マネージャーは適当なところで車を停め、三人分の夕食を買ってきた。食べながら夜の道路を運転する。そうこうしているうちに、真っ暗な中に渋滞の列が見えてきた。検問である。
「何、スミスさん」
 ザイナスがのんきに言った。このへんはお坊ちゃんだとマネージャーは思う。キール・デリのほうはかなり警戒していた。
「検問です。警察に見せかけてますが違いますね」
 強引に車を停めさせた営業車の親父がなんと言っていたか、マネージャーは思い出した。ザイナスの役どころはアルフレードだと言っていたのだ。そのためのドレス姿だったのである。少し考え、マネージャーは決断をした。
「ザイナスさん、一芝居打てますか。キール君も」
 渋滞でのろのろになったので、マネージャーは後部座席の二人を呼び寄せ話をした。みるみるザイナスが不機嫌になる。一方、キール・デリのほうはおとなしかった。うまくいかなければ逃げ場はない。
「分かった。キール、お前の楽器でいい。それで手を打ってやる」
「そうきたかよ」
 急いでマネージャーは車内を整理し、よく分からないものを助手席に放り込んだ。キール・デリのプレートも座席下の小物入れにしまいこむ。ブラッキィは寝てしまっていたので、そのままリュックの中でそっとしておいた。その代わりにリュックは助手席の下に置いた。
「来ますよ」
 コンコン、と運転席のガラス窓が叩かれる。マネージャーは窓を開けた。
「なんだ」
 いかつい、紺色の制服を着た男が話しかけてくる。その向こうにも二人、同じような男が見えた。
「ヴァイオリン弾きの若い男を探している。後部座席とトランクも見せてもらおう」
「後部座席もか」
「そうだ」
 マネージャーはトランクを開けた。そして威張りちらす男を尻目に、車内のザイナスに声をかけた。
「後ろも見せろとのことですが、開けていいですか」
「かまわない」
 後部座席の窓が開けられる。ザイナスは手前側に座り、その奥にキール・デリがいた。あいかわらずドレス姿のままである。ザイナスのさらに手前には彼の楽器がケースに入って置いてあった。キール・デリの楽器は巻きつけてあった服を外され、助手席に置いてある。
「何の用だ」
 言いながらザイナスは自分の楽器ケースを手に取った。手持ちぶさただったからである。窓を開けろと命令した男がそれに目をつけた。
「その中を見せろ」
 言われたとおりにザイナスはケースを開けた。見事な彫刻がついたヴァイオリンが現れる。ザイナスはそれを手に取り、これでいいか、と言った。見せられた男が息を呑む。
「なんだこれは。見せろ」
 男は思わず手を伸ばしてザイナスから楽器を取り上げようとした。ばしっと音がして彼は男の手を払いのけた。
「触るな」
 思わずマネージャーが振り返ったほど尖った声だった。この楽器だけはザイナスは絶対に他人に触らせない。キール・デリですら触ったことはないのだ。それ以上男がごり押ししてくると逆上すると思い、彼は無言でザイナスの袖を引っ張った。しゃべると男だとばれるからである。ザイナスは気がつき、楽器をケースにしまうと彼のほうに向き直った。
「ああ、大丈夫だ。ヴィオレッタ、君は何も心配しなくていいんだよ」
 そしてかなりきざったらしい動作でキール・デリのことを小脇に引き寄せた。マネージャーが声をかける。トランクの検閲も終わっていた。
「ザイナスさん、大丈夫ですか」
「ザイナスってザイナス・カミングか? 最近テレビに出てる、あの金持ちの演奏家だな?」
 男の言葉にザイナスは答えた。
「そうだが、何だ」 
 さっき手を払われた男が憎たらしそうに言った。
「いいご身分だな。運転手と女付きか」
 マネージャーが言う。
「もう行っていいか」
「とっとと行っちまえ」
 マネージャーは車を発進させた。まったくむかつくぜ、という男の声が後ろから聞こえた。

 同じような手口で、メリッサに着くまでにキール・デリとザイナスは三つの検問を突破した。最後の頃にはザイナスはかなり不機嫌であり、キール・デリは疲れ果てていた。それでも車はメリッサ市内に入り、彼はやっとドレスを脱ぐことができた。
「スミスさんはなんにも聞かないんだな」
 ザイナスがうたた寝を始めたのを見て、彼は運転をしているマネージャーに言った。マネージャーが答える。
「ザイナスさんへの説明でだいたい分かったよ。亜人種を見たのは初めてだったが」
 キール・デリは窓の外を見た。月が明るく道路を照らしている。信号の赤もはるか遠くだ。
「俺は少し違うんだよ」
 独白のようにキール・デリは言う。
「オヤジがこの姿に仕立ててくれたから、ここまで普通に生きてこられた。ザイナスやリックのように仲よくしてくれるやつらもいる。でも、みんな違うんだ」
 マネージャーは黙って車を走らせ続ける。
「どうやったらこんなことが止まるのか、いくら考えても分からなかった。亜人種ってバカなんだよ。でもバカはバカなりに生きてるし、こんなことを考えられるのも俺だけだと思ったから、ずっと考えてた。でも、どうやっても答えが出ないんだ」
「それは君のせいではないよ」
 心なしか、マネージャーの声音は優しかったようだった。
「どうにもならないことなんていくらでもある。君だけでは解決のつかないことなんてたくさんあるんだ」
 だけど、とキール・デリは言う。
「俺が#5で俺がはじまりなんだ。だからせめて俺の分だけでも止めなきゃいけない」
「君の分?」
 マネージャーがいぶかしがる。
「そう。今が#11。俺はもういいと思うんだ。リンデンさんもそう言った。でもあいつらはまだやる気なんだよ」 
 マネージャーは黙った。不意にキール・デリの声が響く。
「スミスさん、つけられてる」
 マネージャーはバックミラーで後ろを見た。車種もいろいろで総勢七台が彼らの後ろに走っていた。
「俺、もう行くよ」
「いいのか」
 キール・デリは手を伸ばし、助手席から自分の楽器を持ち出した。
「これ以上、ザイナスにもスミスさんにも迷惑はかけられない。俺のことだし、俺が自分でケリをつけてこなきゃ。スミスさん、車停めてよ」
 マネージャーは少し走り、七台が七台とも自分達のあとを追いかけてきていることを確認した。どこがいい、とキール・デリに聞く。
「その先の交差点角でいいや。なんとかなるだろ」
 彼はリュックを取ってもらい、中から炭酸飲料のビンを取り出した。ブラッキィはもうぐっすり眠っていてリュックの中でぴくりともしなかった。
「あとさ、ザイナスにブラッキィと俺の荷物を預かってもらえるように言ってもらえないかな。さすがにもうブラッキィは連れていけないよ」
「……分かった」
 指定の場所につくと彼は炭酸飲料のビンを開け、一口飲んでまたキャップを閉めた。そして楽器とそのビンだけ持って車を降りた。
「グッドラック。キール君」
 キール・デリはうなずく。今まで隠していたプレートは堂々とシャツの前に出ている。片手にはヴァイオリンのケース、そしてもう片手は炭酸飲料のビンを持って、彼はこれから戦闘に行くのだ。
「グッドラック」
 ザイナスのマネージャーはもう一度言い、窓を閉めてその場から離れた。

 

   

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