亜人種とフリークス(伯爵のこと)

 キール・デリは暗闇の中、木立の間に立っていた。次々と追っ手が集結してくる。一台もザイナスの車には向かわなかったので彼は少しほっとした。それでも気を抜くことはできない。やがて全部で十四、五人ばかりが彼のほうに向かってきた。彼は炭酸飲料を持ったまま両手を挙げる。楽器ケースは足元に置いてあった。
「降参だ。この人数じゃ勝てない」
 いきなりは撃ってこないだろうとの読みで、彼は両手を挙げたのである。警戒しつつも襲撃者達は彼のもとに集まってきた。あと少しだった。
「もう逃げないよ。研究所でもどこでも連れて行くといい」
 襲撃者達がざわつく。しかしある一定の距離以上は近寄ってこない。罠が仕掛けてあるかもしれないからだ。
「誰もこないと俺、帰っちゃうよ。それでいいの?」
 やっと一人、意を決したようにキール・デリの近くまでやってきた。頭上にある彼の手をつかむ。彼は反抗しなかった。
「手間をかけさせやがって」
 それを見て他の者達も彼のまわりに集まってきた。
「捕まってもいいんだけど、あんたたちに頼みがある」
 両手をつかまれたまま、キール・デリは言った。
「研究所に送られる前に、社長と営業本部長だっけ、あの二人に会わせてほしい。俺、謝りたいんだ。それから楽器を持って行かせてくれ。俺はヴァイオリン弾きだから」
 ずいぶんとしおらしい言葉である。それを聞いてリーダー格らしい男が言った。
「#5か。話どおりだな。そんなことを言ってもだまされんぞ」
「本当だよ」
 今回は手強そうだった。もっとも前回ひっかけをやったのはばれているから、そう簡単にいかなくても仕方がなかった。
「何も持ってないよ。調べたっていい。あるのは楽器だけだ。これも置いていくよ」
 彼はそう言って炭酸飲料のビンを下に置いた。もう一人やってきて、彼の衣服とポケットを調べる。ズボンのポケットから、紙巻きの細長いソフトキャンディと、巻いてあるガット弦が出てきた。ガット弦はその男が預かり、ソフトキャンディは返してきた。
「あんたが持っていていい」
 同時に楽器のケースも開けられる。
「あんまり手荒にするなよ。俺、それしか楽器を持ってないんだ」
 中にはヴァイオリンと弓しか入っていなかった。そちらも何の仕掛けもない。ケースにも何もなかった。楽器をしまい、またケースが閉じられた。
「生意気な。亜人種風情が楽器だと」
 彼を取り調べている最中に、その一人が言った。
「こんなもの必要ないだろう」
 そのまま楽器をケースごと取り上げ、地面に叩きつけようとする。キール・デリは下に置いた炭酸飲料のビンに、素早くソフトキャンディを投げ込んだ。シュッと音がして噴水のように炭酸飲料が吹き上げる。彼はそれを楽器を叩きつけようとした男に思い切りひっかけた。
「やめないか!」
 リーダー格の男が言うと同時に、キール・デリも楽器を振り上げた男も取り押さえられた。リーダー格の男はキール・デリではなく自分の部下のほうに近寄り、ぶん殴った。
「バカが。なんと言われたのか忘れたのか」
 申し訳ありません、と男が小さい声で言った。
「だからストレージのようにやられるんだ。相手を見くびるんじゃない」
 若干の水しぶきはかかったものの、楽器は無事だった。リーダー格の男はそれを確認すると言った。
「連れて行け」
 楽器ケースは他の人間が持った。キール・デリはその男に言った。
「壊れてないか後で確認させてくれ。使えないと困るんだ」
 リーダー格の男があきれたように言った。
「自分の身があぶないっていうのに楽器の心配か。変な奴だ」
「大事だからな。それにその楽器、そこらへんのとは違うんだよ」
 すましてキール・デリは答えた。
「亜人種のくせに本当にヴァイオリン弾きなんだな。分かった、車内で見てもいい」
 彼は後ろ手に拘束されたが、それ以上のことはなく捕獲部隊とともに車内に入った。もっとも前後左右に逃走防止のための人間がつけられはした。
「ほらよ」
 楽器が渡される。キール・デリは彼らの監視のもと、片方の手にロープをつけたままケースを開け、入念にヴァイオリンのチェックをしだした。何が気になるのか、彼を連行した男たちはその作業をじっと見ている。
「なんだよ。爆弾なんか入ってねえよ」
 あまりいい気分ではなかったので彼はそう言った。雑に扱われたので糸巻が微妙に動いてしまっている。彼は糸巻を少しだけ締めなおし、四本の弦を弾いて調節した。うまくいかなかったのでもう一回、同じ作業をする。
「何をしている」
「音を合わせてる。普通は四四〇だけど、俺は四四二くらいがちょうどいい」
 彼は自分を捕らえた男達が、興味しんしんでその作業を見つめていることに気がついた。なんだよ、と思わず言ってしまう。同乗していたリーダーが言った。
「本当にお前は亜人種なのか。何人も逃げた奴を捕まえたが、そんな細かい作業をしていたやつは見たことがない。いや、そもそもできないはずだ」
 なんとか調弦が終わった。彼は楽器をしまい、リーダーに向き直った。
「特別製だって聞いてないのか」
 いいや、とリーダーは首を振る。
「逃げた奴がなんなのかは知らされない。種族とナンバー、それに顔写真だけだ。お前の場合はフリークスに近いとの連絡があった。他のやつらと違って頭がまわるからだまされるなと。それだけだ」
「フリークス?」
 初めて聞く言葉だった。リーダーは話を続ける。この、楽器を持ったおかしな亜人種は彼の興味をそそったのだった。
「『粛清』前にいた連中だ。遺伝子上は人間だが、外見をいじってある。遺伝子汚染の原因になるというんで、一部を除いてほぼ殲滅させられた。その後禁止になったやつらだ」
 左右色違いの目を持つ、穏やかな物腰のファンタジアの住人が思い出された。彼は粛清を逃れたのだ。
「一部って、なんだ」
 キール・デリはこう聞いてみる。答えが分かっているような気もしていた。
「学者先生の持ち物だ。実験用のな。もうあらかた死んでしまったが」
 当時を振り返って、彼は何と言っていただろうか。
 人でなければ何をしてもいい。その言葉がキール・デリにも重くのしかかってきていた。

 ザイナス・カミングは悶々とした日々を過ごしていた。あれからキール・デリの行方は杳として知れず、残ったのはブラッキィと雑多な荷物が詰め込まれたリュックサックのみであった。敏腕マネージャー、スミスはキール・デリが言っていたことを言わなかったからなおさらである。マネージャーに聞いても彼がどこへ行ったかは、ついぞ分からずじまいであった。
「ざいなすはなんでまいにちいないんだ」
 ブラッキィは彼が留守の間、ハウスキーパーが世話をしていた。そう聞かれてもハウスキーパーは「お仕事だからですよ」としか言わない。キール・デリとは大違いであった。
「ざいなす、たいくつだぞ」
 ある日の夜、帰ってきたザイナスにブラッキィはこう言った。ザイナスは顔をしかめる。
「キールと違って連れて歩けないんだ。我慢してくれ」
 そして思いついてキール・デリの荷物を持ってきた。中に何か退屈しのぎになりそうなものがないかと思ったのである。がさがさと中を探っているうちに、ザイナスは分厚い冊子を見つけた。真っ白い表紙の私製本である。タイトルは「異種化RNAの解析とその表現体の関連についての報告」と読めた。
「なんだこれは」
 分厚くて重たいそれを、ザイナスはリュックから引っ張り出した。そしてよくその表紙を見た。被験体名はキール・デリになっている。裏表紙には「サイモン財団遺伝子保存研究センター」となっていた。研究者名だろう、三人ほどの名前がその下に書かれている。
 ザイナスは表紙を繰った。
「不活性化……?」
 延々とアルファベットと数字の羅列が続く。どこまで理解できるか分からなかったが、かなり難解な内容のそれを、彼は夢中になって読み進めていった。そしてあることを思い出した。
「スミスさん、今大丈夫?」 
 自室から電話をかける。もうだいぶ遅かったが、マネージャーはすぐ電話に出た。ザイナスが簡単に用件を述べると、マネージャーは彼の話を聞いてうなった。
「調べてみます。人を頼みますので数日時間をください。そうですね、ブラッキィくんでしたっけ、ウサギも連れて行ったほうがいいでしょう。何か分かるかもしれません」
「じゃあすまないけど頼むよ」
「分かりました」
 ザイナスの頼みはマネージャーにとっては頭が痛くなるようなことであった。彼にとってキール・デリは本当にトラブルメーカーなのだ。なぜなら彼の雇い主は、キール・デリに関わるといつもの冷静さが吹き飛んでしまうからである。よく訓練された好青年がただのガキに戻ってしまうのだ。
 とはいえマネージャー自身も大いに気になっていることでもあった。翌朝に連絡を取るために、深夜ではあったが、マネージャーは使えそうな業者をピックアップする作業にかかった。

 彼らがタラゴンに着いたのは一週間後である。街中を歩き回って目当ての場所を見つけ出したのは、さらに三十分後であった。あまりにもあやしげな外見に、ザイナスとマネージャーは店外で立ちすくんでしまった。
「スミスさん、ここかい?」
「そうですが……これは勇気がいりますね」
 けばけばしいネオンが夜空にまたたく。その後ろには背の高い建物のシルエットがいくつも見える。連れ込み宿だ。そして前面には同じように、けたたましくネオンがまたたく店がいくつも並んでいるのだった。ザイナスの右手には小さなカゴが提げられている。そこにはブラッキィが入っていた。
 見ていても仕方がないので、意を決して彼らは中に入った。女装したホステスが二人ばかりからみついてくる。マネージャーは彼女らに、ママを呼んでほしいと頼んだ。ほどなくして、真っ赤なドレスにリボンをつけたハイヒールのオカマが彼らの元にやってきた。
「なんのご用かしらン」
 背はザイナスと同じくらいなのだが、ヒールを履いているために視線はザイナスより上である。圧倒されながらザイナスは用件を切り出した。
「ここにキール・デリというやつが以前いたと思うんだが、そいつのことでクリストファー・リンデンバウムという人が来ていたら会いたいんだ」
「キールちゃん? お友達なの?」
 ママは話をしているザイナスの顔を見ていたが、キール・デリの名前が出るとびっくりしたような顔になった。
「いや、まあ、そうなんだが」
 なんとなく調子を狂わされながらザイナスは答えた。そうねえ、とママは言う。
「リンデンさんのことかしらねン。もう少ししたら来るから待っててもらえるかしら。あなた、ザイナス・カミングでしょう。キールちゃんとお友達なんてびっくりだわ。そっちはマネージャーさんってところかしら」
「まあ、そうだ」
 マネージャーが首をすくめる。ママはザイナスが提げているカゴに気がついた。
「もしかしてブラッキィちゃんね? あの子どうしたの?」
「行方不明だ。今探している」
 ザイナスの返事にええっ、とママはまたびっくりした顔になった。
「戻ってきたらまた弾いてもらおうと思ったのに」 
 とりあえず、と二人をステージ前の席に案内しながらママは言った。
「リンデンさんが来たら案内させるからここで待っててねン。ゆっくりしていって頂戴」

 リンデン氏が来るまで、彼らはステージの演奏を聞きながらぼんやりとソファーに座っていた。マネージャーの隣にはホステスがついているが、ザイナスの隣にはいない。車内の嫌な記憶がよみがえるので、ママに頼んで下げてもらったのだ。
「意外だったな」
「そうですね」
 彼らが言っているのは、ステージ上に登場するミュージシャン達のことである。場末の店なのでザイナスもマネージャーも覚悟してこの席に座ったのだが、いずれの奏者もけっこうな技量の持ち主なのだった。みな、ママのスカウトである。キール・デリもそうであった。そしてママはこんなことも言った。
「キールちゃんはとび抜けてたわン。あのあとヴァイオリン弾きを何人か入れたけど、あの子の後じゃみんなダメ。キールちゃんがいないんじゃザイナスさんに頼みたいぐらいだけど、さすがにウチじゃお金を払えないわン」
 最後は冗談だったが、ザイナスは前半部分になんとなく納得してしまった。マネージャーも同じように思ったようだった。
「お二人さん、リンデンさんよン」
 ママがリンデン氏を案内してやってきた。どうもどうも、とリンデン氏が頭を下げる。
「あの時は失礼をした。なにしろ切羽詰まっていたのでね」
「おかげで大変でしたよ。なんとか切り抜けましたが」
 マネージャーが言った。少し笑っているようでもある。いやいや、とリンデン氏は言うと空いているザイナスの隣に座り、マネージャーの隣にいるホステスに酒を注文した。ホステスが席を立つ。
「よくここが分かりましたな」
 ふう、とマネージャーはため息をついた。
「ザイナスさんが思い出しました。しかし入るのに勇気がいりましたよ」
 あっはっは、とリンデン氏は笑った。しかしすぐ真顔になる。
「で、彼はどうしましたかね」
 ザイナスはカゴからブラッキィを出した。ふんふんとにおいをかぎ、テーブルの上を歩き回る。
「荷物とウサギを置いて行方不明です。その荷物からこんなものが出てきました」
 彼はリンデン氏に白い表紙の私製本を手渡した。リンデン氏はタイトルを見て顔をしかめ、それから本をひっくり返して裏表紙を見た。
「……全部知っとったか」
「検査してもらったとは言ってました。俺には見ても分かりませんが」
 リンデン氏はぱらぱらとページをめくった。何十ページにも渡ってアルファベットと数字の羅列が続く。
「亜人種特区まで行ったのか。よく無事で戻ってきたものだ」
 ザイナスが言った。
「亜人種特区? なんですか、それは」
 ふむ、とリンデン氏はザイナスとマネージャーの顔を交互に見た。先ほどのホステスが酒を持って戻ってくる。リンデン氏はそのホステスに席を外すように言った。はあい、と返事をしてホステスが去っていく。
「通称ファンタジアと呼ばれとる。亜人種とろくでなしのふきだまりだ。聞いたことはないかね」
 そういえば、とマネージャーが思い出したような顔になった。ザイナスのほうは反応はない。どちらも詳しくないと見て、リンデン氏は簡単に説明をした。
「『粛清』の話は聞いたことがないかね」
 ああ、とマネージャーが言った。
「子供の頃にあった。自分にはまったく関係なかったが」
 お若いですからな、とリンデン氏はマネージャーに言った。ザイナスはただ話を聞いているしかなかった。
「その後に残った亜人種連中を集めて閉じ込めたのがこのエリアだ。当然治安もよくなくてな。その真ん中にあるのがこの、サイモン財団遺伝子研究保存センターだ。いろいろあってな、一応政府の直轄機関になっとる。場所が場所だけにゲノム解析とその調査能力は優秀だ」
 ザイナスとマネージャーはうなずいた。リンデン氏はまたページをめくる。
「培養をして全解析をやったか。そうだろうな。あの状態では私でもそうする」
 後半部分のあるページでリンデン氏の手は止まった。エンライめ、とつぶやく。
「すべて封じ込んでしまったか。ならば分かる。ひとこと言ってくれればよかったのに」
 テーブル上のブラッキィはキャベツの切れ端をかじって、リンデン氏のにおいをかいだ。何度もしつこくかぐ。
「キールは、あいつはいったい何なのですか。#5とはなんのことです」
 ザイナスの質問にリンデン氏は考えているようであった。しばらくして口を開く。
「本来は社外秘なんだが……まあ仕方あるまい。ウォールナッツ・ブレインという言葉を知っているかね」
 ザイナスとマネージャーは顔を見合わせた。まあいい、とリンデン氏は話を続ける。
「二十三年前に私とエンライとで開発を進めていたものだ。実際の作業はほとんどエンライがやっとって、私は補助だったが。サラティア社がマン・ダミーの後釜として軍用の需要を狙っておった」
「軍用品?」
 マネージャーの言葉にリンデン氏はうなずく。
「本来非合法だがエリアによってはまだまだ販売先がある。会社としてはレーダー制御、無人空母や原潜の制御用などを目論んでおったようだ。エンライは反対しておったが、ほかにやれる人間がいないので仕方なしにやっておった。だいぶ社長とやりあったようだが。で、結局エンライは」
 ここでリンデン氏はいったん言葉を切った。
「黙って完成品と#5のプレート、それからおそらくだが、データを持って逃げ出しおった。それがキール君だ」
 リンデン氏は酒を口に運び、袖の手首部分のにおいをかいでいるブラッキィをながめた。
「ただし、彼は本来の姿ではない。ウォールナッツ・ブレインはまともな人の姿をしていないんだ。彼の中にウォールナッツ・ブレインの情報は入っている。しかし働いておらん。エンライは#5を、ほとんど人間に近い亜人種としてつくりあげた。今の彼を構成しているのはベースに使った研究室の受精卵だろう。つまりはほぼ人間だ。だから楽器が弾ける」
 ザイナスはけげんな顔をした。リンデン氏は補足説明をする。
「亜人種に楽器は扱えん。特にヴァイオリンのような難しいものだったらなおさらだ。楽器の演奏とは、単に音が鳴ればいいというものではないだろう。表現をするための動きを制御する細かい神経の働きと、自分の中に湧き出る表現そのものが必要だ。違うかね」
「ええ」
 ザイナスは同意した。 
「君達演奏家が何を見ているのかは私は知らん。だが、何かを見ているのは分かる。亜人種にはそこの部分が欠けているんだ。だから私は最初、彼を#5とは思っていなかったのだよ」
 そうしてまた裏表紙を見た。裏表紙に記載されている人名は、上からホーバー・クライン、サーパス・リー・ルドワイヤン、ジェナスとなっている。ジェナスの名前の後ろには、SRCP−02というナンバリングがある。リンデン氏はその中の二番目に目を留めた。
「サーパス・リー・ルドワイヤンか。まだ生きていたとは思わなかった。しかしまあ、ずいぶんと大物にやってもらったものだな」
「その人がどうかしたんですか」
 ザイナスがたずねた。うん、とうなずきつつリンデン氏は説明をする。
「フリークスだ。ドクター・サイモンの最高傑作と言われとる」
「フリークス?」
 そうだ、とリンデン氏は言った。
「『粛清』以後は禁止になったが、それ以前はずいぶんいたものだ。だが、ほんの一部を除いてほとんどが殺されてしまった。彼はその生き残りだ」
「なぜです」
 ザイナスの質問にどう答えていいものか少し悩みながらも、リンデン氏は話を続けた。
「フリークスというのは亜人種と違って遺伝子的にはすべて人間だ。しかし、外見や特徴は亜人種とさして変わらない。おそらく君たちには見分けはつかんだろう。そして現在の亜人種と違って人間との交雑が可能だ。どういうことか分かるかね」
 あっ、とザイナスは言った。
「そう、遺伝子汚染だ。だから抹殺され、禁止になった」
 では、とマネージャーが言った。
「この、ルドワイヤンという人の場合はどうなのかね」
 リンデン氏は答える。
「彼は不老体だよ」
「不老体?」
 マネージャーはけげんな表情になった。リンデン氏は自分の酒をあおる。
「ドクター・サイモンの研究の成果だ。その名の通り、ある一定以上から年を取らん。ドクター・サイモンの所有物だったので殺されなかった。そしてドクター・サイモンの死後、彼のもとには大量の捕獲部隊が各社から送り込まれた。もちろんサラティア社からもだ。彼はそれを全部迎え撃った。ちょうど今のキール君のようにな」
 マネージャーもザイナスも黙り込んでしまった。少し酔ってきたリンデン氏は言った。
「彼のあだ名は伯爵だ。自分に関するドクター・サイモンの研究を全部持ち出してファンタジアに逃げ込み、クラス七以上編成の捕獲部隊をすべて追い返した。いまだに伝説になっとるよ。キール君の捕獲部隊も、クラス五からクラス七以上に再編成されて出とる。フリークスの疑いありとな」
 ふああ、とリンデン氏はあくびをした。話し疲れてしまったのだった。

 その帰りのことである。ザイナスはマネージャーの運転する車の後部座席でぼんやりと外を見ていた。膝の上にはブラッキィがいる。カゴに入れっぱなしも窮屈かと思って出したのだった。
「なあ、ざいなす」
 ブラッキィが話しかけてくる。「おい、きーる」よりはましだが、この呼び方もひどいものだ。
「なんだ」
 ブラッキィは膝の上から空いているシート横に移った。車が揺れるからである。
「おれがうさぎだったときのことをおもいだした。きーるにいわなきゃいけない。いまやっとおもいだした」
「何?」
 ザイナスにはかまうことなく、ブラッキィはうたうように話し出した。
「……わーれんがぜんぶしっている、おれのことも、きーるのことも」
「ちょっと待て、もう一回だ。頼む」
 あわててザイナスは手帳とペンを取り出した。聞き耳を立てていたマネージャーが、車内からレコーダーを探し出してスイッチを入れる。
「いいか、ざいなす」
「いいぞ」
 ブラッキィはまるで童謡のように続きを話し出した。



※今回のみ補足。
 作中でキール君が使った技は「メントス・ガイザー」という名前がついています。
 ペットボトルのコーラにメントスを放り込むと噴水のように吹き上げるというものですが、バリバリ商品名なので出しませんでした。
 面白いので、興味のある方は検索してみるといいかと思います。

 

   

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