文化会館二階6号会議室

 それからさらに二週間後のことである。キール・デリと、彼の担当であるホーバーとルドワイヤン博士は、呼ばれて近くにある文化会館二階の会議室に集まっていた。ブラッキィも一緒である。なぜかオラディア公もくっついてきていた。セッティングはザイナスである。
「や、どうも」
 少し遅れてリンデン氏がやってきた。続いてザイナス、それにマネージャーのスミスが入ってくる。最後にキール・デリの追っ手であった、捕獲部隊のリーダーらしき男が入ってきた。ルドワイヤン博士が顔をしかめる。
「リンデンさん、話が違うと思いますが」
 リンデン氏が困った顔をした。オラディア公が、巨大な楕円形の会議机に座ったまま口をはさむ。
「な、俺がいたほうがいいって言っただろ」
 視線は手に持った端末に向いているが、座っている白い椅子にはあのきらびやかな長剣が立てかけてあった。うーん、とリンデン氏がうなる。
「そちらも話にないメンバーが入っているようですが……まあいい、座りましょう。とりあえず、そちらが話を聞いてくださることに感謝しますよ」
 楕円形の長辺に向かい合わせになるように、それぞれキール・デリ、ホーバー、ルドワイヤン博士、オラディア公と座る。キール・デリは松葉杖だ。最初、ホーバーに車椅子を出されたのだが、かろうじて歩けたので断ったのだった。
 反対側はリンデン氏、ザイナス、マネージャー、最後に捕獲部隊のリーダーだった。ホーバーとザイナスのマネージャーがそれぞれに缶入りの飲み物を配る。マネージャーは飲み物を配りながら、反対側の席にいるキール・デリに目を止めた。
「君の分は止まったようだよ。よかったな」
「スミスさん、なんのことだ」
 マネージャーは彼の顔を見て少しだけ笑うと自分の席に戻ってしまった。全員が落ち着いたのを見て、では、とリンデン氏は話を始めた。
「どうも辞表が受理されないと思っとったら、なんとそちらとの交渉人にされてしまいましてな。ま、悪い話ばかりではないので引き受けましたがね。サラティア社の交渉担当のクリストファー・リンデンバウムです。みなさん、一応の自己紹介をお願いしたい。お互い知らない顔もあるようですし」
 ザイナスから次々と自己紹介が始まる。捕獲部隊のリーダーはこう挨拶した。
「保安課の統括部隊長をやっているジョセフ・ロガーノだ。今回の#5捕獲作戦での責任者になる。クラス七以上編成の捕獲部隊で隊長を務めていた」
 言いながらロガーノはキール・デリのほうを見た。
「おとなしく捕まったと思えば、お偉方ごと先代の音楽ホールをぶっ潰して逃げたとはな。よく逃げ延びた。おめでとう。賞賛を贈るよ」
 ザイナスがちらっとキール・デリのことを見た。続いてキール・デリ側の紹介が始まる。彼はこう言った。
「キール・デリだ。プレートは#5。さっきそこのおっさんが言った話は本当だ」
 ホーバーとルドワイヤン博士はさっと自分の名前を言っただけだった。最後、オラディア公の番になった。
「ロニセラ出身のルイ・L・オラディアだ。一応爵位を持ってる。今はまあ……荒れ城の管理人だ。話し合いは公平じゃないといけないからな。邪魔かと思ったがついてきた。そこのヴァイオリン弾きの知り合いだ」
 ふむ、とリンデン氏がオラディア公の顔を見た。
「そういうことならよかろう。ところで、ロニセラにはまだその青が残っておるのかね」
「青? ああ、目か」
 リンデン氏がうなずく。
「俺だけだ。オフクロがこの色だったが……もういねえよ」
 そうか、とリンデン氏が言った。
「最近はみんな淡い青ばかりでな。その年でこれほどクリアな色は珍しいもので、悪いがつい聞いてしまったよ。では本題に入ろう」
 リンデン氏は数枚の紙を全員に配り、一番上を見るように促した。全員がその通りにする。
「まずこの項目からだが、サラティア社はエンライ・コーダ所有の#5に関して、全権利を放棄する。ウォールナッツ・ブレインの研究も白紙撤回だ。データも破棄する。キール君、なんのことか分かるかね」
 肝心のキール・デリはぽやっとしていた。ルドワイヤン博士が言う。
「またすごい回答を引き出しましたね。キールさん、いったい何をしたんです」
「俺は……そこのおっさんが言ったとおりだよ。敷地内の音楽ホールを潰したんだ。それだけって言うか、そういうことなんだけど」
 リンデン氏が先を続ける。
「社長と営業本部長を巻き込んでの崩落事故だ。だいぶ建物が老朽化しとったんで崩れるのも早かったようだ」
「事故?」
 キール・デリが言った。
「違う。あれは俺がやったんだ」
 いいや、とリンデン氏は首を横に振った。
「上層部は事故にしたいらしいぞ。自社の亜人種が制御できんとなったら会社に傷がつくからな。それにこんなものまで出てきて、ウォールナッツ・ブレインについては、上層部も研究管理部も戦々恐々だ」
 リンデン氏は一枚の小さな記録用チップと、これまた大きい、茶色い磁気テープの巻きを取り出した。オープンリール用のテープである。
「こっちはいいのだが、これはなかなか道具がなくてな。ザイナス君達に協力してもらった。では、小さいほうからいくとしよう」
 会議室正面にロール式のスクリーンが下ろされる。リンデン氏は用意されていた映写機にチップを押し込み、スイッチを入れた。照明が落とされ、薄暗い中に見たことのある、巨大な玉ねぎ型をした生物が映し出される。
「なんだこれは」
 ザイナスの声がした。
「#11だ」
 キール・デリが答える。
「気持ち悪いな。なんだよ、これ」
 オラディア公の遠慮のない声が響いた。口には出さないが、初めて見た人間の誰もがそう思っているに違いなかった。
「ウォールナッツ・ブレインというものだ。ガレオンターク大ホールの奥におる。最新式システムの要だ」
 リンデン氏が補足した。
 ホーバーが青ざめているのが暗い中にも分かる。やがてその前に立つ、キール・デリの後ろ姿が映し出された。やがて横にまわり、しゃがみこんで動かなくなる。
「もう一つある」
 リンデン氏がここで映像を切り替えた。翌日撮影のものだ。やはり同じようにキール・デリの後ろ姿が映し出され、それが見えなくなったかと思うと数人が室内に入ってきた。そのうちの一人はリンデン氏である。
「ここだ」
 最後のリンデン氏がもみ合うシーンにキール・デリが加勢に入った。今までずっと背景と同化していた#11に動きがある。全身の細長い黒い点が逆立ったかと思うと、天井からコードが切れ、リンデン氏ともみ合っていた男の頭に命中した。男が動かなくなったのを見て、リンデン氏とキール・デリが逃げ出す。リンデン氏はここで映写機を止めた。立ち上がって照明を点ける。
「こっちは音声だ。なんと#11がさっきの顛末を録音しとった。なんでこんな機材を使ったのかと思っとったら、ホールの人間によると一番静かに動くそうだ。チップやHDDだと起動音がやかましいらしい」
 ザイナスとマネージャーが、背後に置かれたトランクほどの大きさがあるプレイヤーにテープをセットした。反対側にセットされた同じ大きさのリールに、テープの端を取り付ける。スイッチを入れるとサーッという音の後に音声が流れ出した。
「……やりませんよ。何度言ったら分かるんです。私はエンライではないんですよ……」
 テープのノイズをバックに延々と会話が続く。そしてキール・デリの「最後の、おまえだろ」という声でテープが終わった。ザイナスのマネージャーがスイッチを切った瞬間に、室内に安堵のため息がもれる。
「なんて内容です」
 思わずザイナスが言った。ホーバーはもう言葉もない。
「これを公開してしまっていいんですか。外部に漏れたらどうするつもりです」
 ルドワイヤン博士の指摘が入る。リンデン氏は言った。
「どうにもならんよ。キール君は亜人種だ。その縛りがある以上、会社は叩かれるかもしれんがそれ以上のことはない。倫理規定違反でペナルティを食らうかもしれんがね。ただし」
 リンデン氏はここで話を一度切った。
「ここで重要なのは、#11がキール君、つまり#5に協力したということだ。もっともこれがキール君でなくても同じだとは思うがね。道具としてしか扱わない連中と、話しかけてくれる人間、そのどちらを選ぶかという話だ。ただ上層部はそうは見ていない」
 その言葉にルドワイヤン博士が反応した。
「キールさんが#11にやらせたと、そういうことですか」
「それだけではないよ。そこへ社長と営業本部長を巻き込んでのあの事故だ。キール君を軸にしての、自社への亜人種による反乱が起きるのではないかという声も出ておる。その前に手を切りたいと、そういうことだ」
 リンデン氏は二枚目の紙を一番上にして説明を続けた。
「そういうことで賠償金としてエンライあてに三千万ほど出ておる。ただし故人であるのは会社も知っているから、実質はキール君への示談金だ。ごねれば倍になるがどうするかね」
「さんぜんまん? 俺に?」
 今までの人生では無縁な金額であった。キール・デリはそう聞き返してから、思わずザイナスの顔を見てしまった。
「俺じゃない。お前の金だ」
「そうなのか」
 ザイナスに言われ、彼はやっと実感が湧いてきた。実はしょっぱなの「#5に関する全権利の放棄」からここまで、彼にはまったく人ごとのように思えていたのである。
「じゃあ、俺はもう追いかけられないのか?」
「そうだとも」
 リンデン氏が答えた。
「どこへ行って何をしてても自由だ。ウォールナッツ・ブレインの研究も中止になった。後から言うが、他社の捕獲部隊もおそらく出ないだろう。体さえ治ればまた元の生活に戻れるはずだ」
「本当に? 本当にか、リンデンさん」
「本当だとも」
 リンデン氏が保証する。キール・デリは全身の力が抜け、べったりと自分の椅子にへたり込んでしまった。そのままテーブルに突っ伏してしまう。
「よかった……」
 言ったそばから彼は悲鳴を上げた。肋骨の折れた部分がテーブルのへりに触ったのだった。

 休憩を挟み、後半は雑談から始まった。キール・デリはリンデン氏に事故後の様子を聞いていた。
「それにしてもどれだけ君はあの二人を脅したんだね。君が生きてると聞いて二人とも真っ青になっとった」
「二人とも?」
 キール・デリは自分の思い違いに気づいた。
「てことは、あの二人、死んでないのか?」
 リンデン氏がうなずく。
「社長は骨折で全治三ヶ月、営業本部長はもう少しひどくて、打撲と骨折で全治五ヶ月の診断書が出とる。誰も死んどらんよ。あんな大事故で奇跡的だと言われとる」
 できなかったのだ。あれだけの覚悟をして、それでもできなかったことを彼は思い知った。
「どうしたね、キール君」
 キール・デリは、最後の最後で手加減をした。ホールは崩れても社長と営業本部長は生き残った。
「いや、なんか……ほっとした。死ななくてよかった」
「そうか」
 リンデン氏はさらに話を続けた。
「会社が彼から手を引く理由はもうひとつあってな。伯爵殿、あなたですよ」
 ルドワイヤン博士の色違いの目が疑問を投げかける。ロガーノが話を引き継いだ。
「少しこちらから話させていただく。実はうちでクラス七以上編成の捕獲部隊を出したのは、今回と三十年前の二回だけだ」
「私の時ですね」
 穏やかではあるが、先ほどとはまったく違う、一瞬底の知れない空気が漂った。そうだ、とロガーノが答える。
「#5とあんたに手を組まれたら太刀打ちできない。正直、あんたが#5の側についたというのを聞いてぞっとした」
 退屈そうだったオラディア公がロガーノをちらっと見た。あくびをして今度はドアのほうを見る。
「うちにはクラス七以上編成超えの部隊はないんだ。上はやれというかもしれないが、我々はお断りだ。化け物どもの相手はできない」
 くすっとルドワイヤン博士が笑った。
「そんな風に言わなくてもいいじゃないですか」
 全員の視線が彼に集まる。
「つまりは私とキールさんと、両方とも御社では手に負えないと、そう判断したわけですか」
 言葉は丁寧だったが、かなり挑戦的な口調でもあった。
「そう思われてもかまわない。我々保安課はそもそも戦闘をする部署ではないし、死者が出るなんて本来あってはならないことだ。分かるか、不老体」
「私は何もしていませんよ。ファンタジアの奥まで深追いしてきたのはあなたたちです」
 ロガーノは舌打ちした。
「フリークスめ。本当にむかつくぐらい頭が回る。どっちにせよ我々は#5にも不老体にも勝てない。共闘を組まれたらなおさらだ。なら白旗を揚げるしかない」
 ルドワイヤン博士はまっすぐに保安課の統括部隊長を見た。さっきまでの張り詰めた空気が少し緩んだようだった。
「御社よりもコンタニのほうがしつこかったですね。なんにせよ、私はいまさら事を構える気はありません。これが終わったらファンタジアに戻りますよ」
「そうしてもらえるとありがたい」
 明らかにほっとした様子でロガーノは言った。その時である。突然にオラディア公が席を立って、すたすたとドア付近まで歩いていった。
「おい、どこへ行くんだ」
「席に戻りたまえ」
 手には例の派手な長剣が握られている。キール・デリはそのことに気がついてあわてて止めようとした。
「やめろ! 殺すな!」
 重たい金属製の扉を軽々と手前に引き開け、その向こうで素早く剣を振り下ろす。ガツン、という鈍い音がした。
「ここじゃしねえよ」
 柄で一撃をくれたらしい。足で閉まろうとする扉を押さえ、気絶した大男を室内に引きずり込む。
「隊長さんだっけか。少し規律がなってねえな。こいつ、買収されてんぞ」
 そう言って大男が持っていた小さなスプレーを取り上げた。
「ガスか。なかなか汚えな。これを振りまいて全員一網打尽というわけだ。まだ下に何人もいるが、どうする? 全部俺がぶちのめしてきてもいいけどよ」
 ちっ、とロガーノは言った。
「ご協力を感謝する。そいつは処分だ。リンデンバウム、どこからの差し金か分かるか」
 リンデン氏はオラディア公の動きをあっけに取られてながめていたが、気を取り直し、少し考えてから答えた。
「やるとしたら専務あたりかね。私は社長と副社長から委任されとるよ。どっちが惜しくなったか分からんが、保安課が動かないので自分でやったんじゃないのかね」
 どっち、のところでリンデン氏はキール・デリとルドワイヤン博士の顔を交互に見た。ふう、とロガーノがため息をつく。
「ルイとか言ったな。お前、戦場にいたことがあるだろう」
「あるよ。ずっと前だけどな」
「何人やった」
「もう覚えてねえ」
 あっさりと彼は答えた。
「化け物どもめ。こんなやつらに勝てるか」
「俺も一緒かよ」
 ロガーノは豪奢なつくりの剣に目をとめ、もう一度オラディア公の顔を見た。
「リンデンバウム、専務に連絡を入れてもらえるか。下をうろうろしている連中を引き上げさせろと。さもないとそいつら全員が斬り殺される。手に負えないのは#5と伯爵だけではない」
 リンデン氏が電話をしている間に、ロガーノはキール・デリにたずねた。
「#5、お前はさっき殺すなと言ったな。やばいことを知っていたのか」
 キール・デリはうなずいた。
「説明は難しいんだけどさ。そういうやつなんだよ」
 ザイナスがテーブルの向こうから、またちらりとキール・デリのことを見た。が、すぐにさっきまで見ていた書面に目を落とす。
「いや……専務、本当ですよ。冗談ではなくて、そう言っておるんですが」
 一方のリンデン氏はなにやら電話口で一生懸命に言っていたが、やっと電話を切ってやれやれ、と言った。
「下にいる連中は引き上げさせるそうだ。しかし専務が信じないんだが」
「何が」
 一同を代表してロガーノが聞いた。
「ロニセラから来た、そこの青い目をした若者だ。名前とどんな様子か言ったんだが、お前はかつがれとると言われたよ。ちゃんと本当の名前を聞いてこいとな」
「本当の名前?」
「彼が言ったのはロニセラの吸血鬼伝説に登場する吸血鬼の名前だそうだ。人相も年もそうだと言うんだが、まさかそんなことはあるまい。気になるといえば気にはなるんだがね」
 リンデン氏は明らかに貴族の持ち物である、巨大なルビーの入った金細工の長剣に視線を送った。続けてその持ち主も見る。さっきから話を聞いていたオラディア公が言った。
「それ、俺の本名だから。本当だって」
「……だそうだ」
「ならいいだろう」
 ロガーノとリンデン氏は穏便に済ませるべく、これ以上追求しないことにした。なんとなくだがこの青い目をした若者をつつきまわすと、とんでもないことになりそうな気がしたのである。キール・デリとルドワイヤン博士はホーバーをはさんで顔を見合わせた。
「あのー、やっぱり本物なんですかね」
 ホーバーが思い切ったように聞いてくる。なぜです、とルドワイヤン博士が聞いた。
「輸血用の血液バッグをねだられたんですよね。センターのじゃないんでお断りしたんですが。やっぱり、そうなんですか」
 キール・デリとルドワイヤン博士は黙ってうなずいた。この時オラディア公は巨大なテーブルのはしっこで、貰った携帯端末を出して付属のゲームで遊んでいた。

 

   

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