山城の夏休み(後編)

 

 本日は地下倉庫の掃除である。懐中電灯を各自ひとつずつ用意し、キール・デリとザイナスはオラディア公について地下に潜った。キール・デリの記憶よりも地下倉庫は広く、そして散らかっていた。
「キールが泥棒に入ったのってここですか」
 のんびりとザイナスがたずねた。そうだ、とオラディア公は答える。
「こいつの後にも続々来やがって、全部とっ捕まえてやった」
 もしかしたらみんな殺されてしまったのかもしれない。キール・デリはそう思うとぞっとしたが、ここ数年、この地方で殺人事件が起きたニュースも聞かなかったのを思い出して安堵した。おそらく彼と同じように、こっぴどく脅されて帰されたのであろう。
「そこ、罠が仕掛けてあるからな。気をつけろよ」
 入ってすぐのところにロープ式の罠が仕掛けてあった。引っかかると足が固定され、外の呼子が鳴るしくみである。キール・デリのときはなかったので、訪問者が増えたために設置したのであろう。面倒くさがりのわりに、変なところにまめな吸血鬼であった。
 散らかっているがらくたを元に戻し、明らかにゴミにしか見えないものは地上に出す。もう価値のあるものは何もなかったので、この作業は簡単に終わった。罠はそのままに、入口も鍵をかけずにおいておく。ザイナスがなぜ鍵をかけないのかと聞いた。
「つまんねえ奴を追い払うのにちょうどいいんだ。城まで来られると面倒だからな」
 オラディア公はこの倉庫自体をトラップとして活用しているのだった。この辺の人間は皆、この城のいわれと城主の伝説を知っている。なので彼が出て行くとたいていは泣いて詫びるのだが、たまに強情なのがいるらしい。
「よそ者とかな。その時は外から鍵をかけて一晩放っておく。ここ、ネズミの巣なんだよ。寝てりゃ体の上を走り回るし、食いもんがあれば齧る。時期が悪いと耳だの指だのだって齧る」
 そう言うとオラディア公はゲラゲラと笑った。
「朝見に行くと血だらけで許してくれって喚いてんだ。面白えよ」
 幽霊退治でよかったとキール・デリは心底思った。ザイナスも肝が冷えたらしい。本人にしてみればちょっとした悪ふざけなのであろう。相手のことなどどうでもいいのだ。
 作業は昼前に終わった。オラディア公は部屋に引っ込み、キール・デリとザイナスは昼食の準備に取りかかった。ブラッキィは厨房のテーブルで遊んでいる。その横には黒いカシスの房が山になって皿に乗せておいてあった。ザイナスが水汲みの途中で見つけたのである。小道から少し入った場所にたくさんあったのだった。
「きーる、これ、たべていいか」
 ブラッキィの目の前に、そのひとつが房をはずれて転がってきた。いいぞ、とキール・デリが言うとブラッキィは顔を汚しながら食べだした。うまかったのであろう、今度は皿に乗っているほうに顔を突っ込む。そこらじゅう、黒い汁でべたべたであった。
「キール、すごいことになってるぞ」
 ザイナスが気がついて言った。テーブルだけでなくブラッキィもまんべんなくべたべたである。もう食べるだけの段階だったが、仕方なくキール・デリはブラッキィを外に連れ出して水をかけて洗った。
「きーる、なにをする」
「うるさい」
 テーブルも拭いてきれいにする。ぶつくさ言うブラッキィを物置台の陽の当たる場所に出し、彼は厨房に戻った。大きいままのパンケーキを両手でつかみ、かぶりついたところで外からブラッキィのきいきい声が聞こえてきた。
「きーる、だれかきた」
「だれかって、あいつだろ」
「公じゃないのか」
 フォークを持ったままザイナスも言った。他にいないからである。腹も減っていたので、二人ともあまりブラッキィを構おうとはしなかった。そんなことよりも食べるほうが先である。
「ちがう。かんりにんさんじゃない」
 ここでやっと二人とも互いに顔を見合わせ、椅子から立ち上がった。
「ケンタとかじゃないのか」
 キール・デリはオラディア公の同族である、少年と剣士の二人連れを思い出した。彼らならここにやってきてもおかしくはない。しかしブラッキィはこう答えた。
「ちがう。みたことないやつだ。へんなやつだぞ、きーる」
「へんなやつ?」
「しかもいっぱいいる」
 キール・デリとザイナスはパンケーキを持ったまま厨房の入口から外を覗いた。考えてみればこの場所は、あの崩れかけた城門からはだいぶ離れている。ここまで来るというのはよっぽどであった。しかもオラディア公の部屋はこちらではなく、城門側にあるのだ。彼が気づかずに城内に侵入者を許すというのはありえないことでもあった。泉のある森から侵入したのかもしれなかったが、森の奥は崖である。
 キール・デリとザイナスは外を見て息を呑んだ。映画で見たことはあったが、本物は初めてである。
「キール、あれってバンパイアハンターってやつか?」
 まさかと思ってキール・デリも二度見してしまった。しかし間違いなくそうであった。
「そうみたいだ。俺も初めて見た」
 黒装束に銀の十字架、腰に下げた拳銃には銀の弾丸が詰まっているのであろう。それが総勢十名ほど、執事のような黒服が三名、それ以外の黒マント姿が七名でこちらに向かっていた。普段ならば笑い飛ばしてしまうところだったが、ここは吸血鬼の居城である。しかもこの状況では間違いなく彼らも仲間とみなされて退治されてしまう。
 キール・デリはあわててブラッキィを中に入れ、ザイナスと一緒に重い石の扉を閉めにかかった。内側からかんぬきもかける。今まで使ったことはなかった。
「公を見てくる」
「頼む」
 扉を閉め終わったザイナスが通路を走っていった。キール・デリは長いカギのついた棒を探し出し、急いで窓を閉めた。真っ暗になってしまったが、さっきまで使っていたかまどに火が残っていて、それが明かりになっていた。
「どうした、きーる。くらくなったぞ」
「しっ」
 厨房のすみに置きっぱなしになっていた蜀台を探し、それに火をつける。ザイナスが懐中電灯を持って戻ってきた。青ざめているようだった。
「どこにもいない」
「……灰になっちまったか」
 いいや、とザイナスは頭を振った。
「それなら灰があるだろう。何もない。たぶん逃げたんだ」
「どこへだ」
 外で扉をこじあけようとガタガタやりだした音が聞こえた。かんぬきの棒はかなり太いものだったので、チェーンソーでもなければそう簡単には開かない。ブラッキィと蜀台を持って、キール・デリとザイナスは急いで厨房から離れた。使っていた使用人扉もきっちり閉め、その辺にあったものを積み上げてバリケードにする。大ホールに戻りながら、そこの正面入口も確認した。かなり重い、観音開きの正面扉ががっちりと閉められ、かんぬきとつっかい棒で施錠してあった。
「閉めたんだ」
 いつもは片方開いている。この扉はキール・デリとザイナスが二人ががりでやっと動くような、とても難儀な代物であった。オラディア公なら一人で開閉できるのだが、それでもおっくうがって夜間以外は開けっ放しだったのである。
 キール・デリは一度自分たちが使っている部屋に戻ることにした。ブラッキィをリュックに隠してこようと思ったのだ。ザイナスも懐中電灯で後ろを照らしながらついてくる。階段をのぼり、古くさい木の扉を開けて部屋に入ると、オラディア公がそこで待っていた。
「お前ら、逃げろ」
 右手にはあの剣が光っている。ザイナスが部屋に着いたのを見て、オラディア公は言った。
「階段の下に外へ抜ける道がある。そこから出ろ。眷属だと思われて一緒にやられちまうぞ」
「公も行きましょう」
 ザイナスがその腕を引っ張ろうとした。
「五百年も生きてきて、みすみすここで死んでしまうこともないでしょう。また戻ってくればいいんです」
 オラディア公はその手を振り払った。
「戻れねえんだよ」
「なぜです」
 身振りで二人に荷物をまとめるようにうながす。
「この先にできる飛行場の話は知ってるか」
「ええ」
 ザイナスが答えた。キール・デリもよくは見てこなかったが、駅に張ってあったポスターを見た。
「そのためにこの山に道を通すんだ。この城も観光地として使う。だが、この地方とこの山には吸血鬼伝説があって地元が動かねえ。しかもここの城と山の登記は俺になってる」
「公に?」 
 ザイナスが驚いて言った。オラディア公はうなずく。
「先々代の町長だ。それまでは町が持っていた。俺がいるのを知っていつの間にかそうしてあったが……何か思うところがあったんだろう」
 階下から大きな音が響いてきた。正面扉をこじあけにかかっているのだ。キール・デリはブラッキィをリュックに入れ、楽器を持った。ザイナスも最小限の荷物をまとめたカバンを持つ。
「魔物だと聞いて最初、生贄を送ってきやがった。俺は受け取らずに返した。ならば退治すればいい。やつらはそう考えたんだろうよ」
 同じだ、とキール・デリは思った。自分も同じような目にあった。制御できない者は必要とされない。そこには対話するという選択肢もなく、あるのは従順か否かという二択だけだ。
「……公は反対なのですね」 
 きしんだ音を立てて、オラディア公は木の扉を開けた。部屋から外に出る。
「山を削って道を通して、それからどうなる。しばらくはいいだろうよ。だが、五年たった後に残るのは、荒れた山と、廃墟のような建物と、寂れてすさんだ下の町だ。開発したやつらはいいことを言うが、まったく責任は持たねえんだよ」
 行政とは異なる単位で、いまだに彼はこの地方の領主なのだった。キール・デリとザイナスはそのことを思い知った。
「本当に義理堅いんだな」
 キール・デリはリュックサックを降ろしながら言った。ザイナスもそこに自分のカバンを置く。
「眷属ですか。あんまり変わらないかもしれませんね」
 驚いたようにオラディア公は扉の外から彼らを振り返った。
「で、今度は何をするんだよ」
「楽器はちゃんともらって帰りますよ」
 ザイナスは困ったような表情をしている。キール・デリのほうは何か考えているようだった。ちっ、とオラディア公は二人を見て舌打ちをした。
「半人と軟弱者なんか使えるかよ」
「やってみなきゃ分からないだろう」
 キール・デリは楽器ケースから自分の楽器を取り出した。瑚老人作のものである。
「この城、でかいけどボロだよな。すぐ崩れそうだ」
 ザイナスはそれで感づいた。
「ここを壊したら話にならないぞ」
「壊さないよ。ホーバーにやるなって言われてる。今度あれをやったらストッパーが外れて死ぬってさ」
 楽器を調整しながらキール・デリは言った。
「それにここはでかすぎて無理だ。だからもう一回幽霊退治をしよう。ザイナスも手伝えよ」
 キール・デリはザイナスとオラディア公にそう言った。

 重い観音開きの正面扉を力づくでこじ開け、暗い城内に入ってきた者がいる。その数ざっと十名ほどだろうか。そのうちの三名は黒装束で銀の十字架を下げ、残りはその補佐であるマント姿であった。
「よく来た」
 大ホールの中央に、この城の主である若者の姿がぼんやりと見える。伝承通りの金髪と青い目、それに凝った意匠を施された、一振りの金細工の剣を持っていた。ハンターである黒装束のうちの一人が前に進み出る。銀の弾丸を込めた銃を突きつけた時に、オラディア公は言った。
「楽士が来ている。お前らにはもったいないような名手だ。よく聞いていけ」
 右の柱の影から、よく響くヴァイオリンの音が聞こえてきた。ザイナスだ。やわらかく、甘く、うっとりするような音がホールを占領する。
「目くらましだ」
 そう言ってもう一人のハンターが銃を取り出した。とたんに左から小気味よく、力強い音が響き渡る。こちらはキール・デリだ。両方の音が渦を巻き、訪問者たちを席巻する。その音楽に圧倒され、バンパイアハンターたちは一瞬、次の行動をためらった。
「迷うな、撃て!」
 そのうちの一人が檄を飛ばした。旋律の狭間にいくつもの銃声が聞こえる。オラディア公は素早く銃弾を避け、巨大な吹き抜けの天井に向かって跳躍した。曲調が変わる。
「なんて曲を選びやがる」
彼らが選んだのは、闇夜に君臨する魔王をうたったものだった。不遜にも夜を追い払おうとする人間たちを抹殺し、恐怖に打ちひしがせる猛き存在だ。不安定なリズムとおどろおどろしいメロディーが、その恐怖を強調する。
「お前ら、やり過ぎだぞ」
 オラディア公は自分をそんな者だと思ったことはない。だが、演出効果は抜群だった。城内に差し込む日光を背に受け、薄笑いを浮かべて高みから見下ろす彼を、音楽にあおられた人間達はさっきまでなかった不安の目をもって見つめる。大ホールにうっすらと煙と甘ったるい香りが漂い、オラディア公のいた場所に違う人影が出現した。バンパイアハンターと同数の、三人の錬金術師の姿である。オラディア公はまたその中に降り立った。
「行け」
 ローブ姿の錬金術師たちは、それぞれに黒服のハンターたちに向かっていった。煙が濃くなり、ヴァイオリンの音色が熱を帯びてくる。さらに今度は七名の兵士が、彼のまわりに音もなく出現した。
「場所と、音楽と、香と魔方陣だ」
 戦闘が始まる前に、オラディア公は二人にそう言った。
「それだけ揃ってりゃ、術式さえ知ってればなんとかなる。あとは素養だ。目のつけどころはよかったが、残念ながら俺はできねえ」
「できないのか」
 キール・デリが言った。女吸血鬼がけっこうな数の幽霊を操り、襲撃してきたことを思い出したのである。同じ吸血鬼ならばオラディア公にもできるのではないかと彼は思ったのだった。
「だが」
 オラディア公の視線はザイナスに向いた。
「俺ですか?」
「そうだ」
 キール・デリとザイナスの顔を、オラディア公は交互に見た。
「お前ら、意外といけるんじゃねえか。音楽ってのは空間と人心を操る術でもあるんだ」
 この幽霊たちを呼び出しているのは実は彼ではない。壁際に立つ二人のヴァイオリン弾きであった。
「まさかこんなことをするとはね」
 ザイナスが楽器を弾きながら一人ごちる。キール・デリも反対側の壁で言う。
「早くやっつけてくれよ。ばれたらおしまいだ」
 しょせんは幻覚である。実体があるのはオラディア公一人なのだ。彼ら二人は次々と幻の兵士をオラディア公のまわりに送り込んだ。
「反響のポイントはここだ。ここに全部の音が集約される」
 キール・デリは、作戦会議の際にオラディア公に立ち位置を指定した。
「こんな、城内のような複雑な構造で分かるのか」
 ザイナスが言うと、彼はうなずいた。
「みんな分かる。人間でも分かるよ。だけど、それが分かるのは俺だけみたいだ」
 言いながらキール・デリは吹き抜けになった高い天井を見上げた。その視線の先には大きくて古い絵がかかっている。どうやったのか、アーチ状につくられたかなり高い場所の壁面にそれがかけてあった。暗くてよく分からなかったが天使の絵が描かれているようである。
「#5か。ほんとに軍用なんだな。五百年前に欲しかったぞ」
 オラディア公が感心したように言った。
 ザイナスは音による感覚の擾乱を、自分は音響による敵への打撃を担当する。そうキール・デリは仕事を割り振った。そしてそれは今のところうまくいっている。オラディア公は幻覚に振り回されるハンターたちを次々と倒していった。
「ちっ」
 一人だけ左右から現れる幻影をかわし、オラディア公に近づいていったハンターがいた。ザイナスとキール・デリはそのハンターを止めようと、楽器を奏でる手を早めた。幾人もの兵士が現れ、ハンターに斬りかかる。焦りからか、ぴったり合っていた二本のヴァイオリンにぶれが生じた。
「そこか!」
 ハンターは右の壁に向かって発砲した。その弾はザイナスの真横をかすめ、左肩の上の石壁に着弾した。音楽が切れ、幻覚が掻き消える。これまでだった。
「反魂か。こざかしい真似を」
 オラディア公は剣を構え直した。
「よく見破ったな」
 キール・デリは隙をうかがっていたが、ハンターはどこにも隙を作らなかった。またもや三すくみである。
「もう聴かないのか。まだ楽士は残っているぞ」
 ふざけたようにオラディア公は言った。
「右のほうが術が強力だったから撃った。左はどうってことはない」
 おかしそうにオラディア公は笑った。
「やはり半人では駄目か。それでも半人にしちゃかなりやるほうだが」
 キール・デリは楽器を構えた。ハンターが言う。
「もう術は効かない。諦めろ」
 キール・デリはその姿勢のまま吹き抜けの天井を見上げた。オラディア公がハンターに斬りかかる。だがすぐ押され、そこから壁際へと寄っていく。
「こんなものだったか」
 ハンターはかさにかかってオラディア公を仕留めようとした。
「噂ほどでもない」
 オラディア公の顔に笑みが浮かんだ。キール・デリは一拍だけ弓を引く。短い、キュッという音が高いホールの天井に向かって響いた。
「かかったな」
 城の高いところから、そのアーチ状の壁にかけられていた巨大な絵画が落下してきた。車輪の姿をした座天使とそれを従え、指揮する有翼の若者像である。そして見事にオラディア公を避け、ハンターの上に墜落した。ゲラゲラとオラディア公が笑う。
「こいつは術者じゃねえ。ソニック使いだ。残念だったな」
 キール・デリはぼやいた。
「またホーバーと伯爵に怒られる。そんなに死にたいんですか、ってさ」
 やっと耳が元に戻り、腰を抜かしていたザイナスが石の床から立ち上がった。かろうじて楽器は壊さなかったらしい。
「あ、公。終わったんですね」
 そしてさっきと同じように床にへたり込んだ。安心したようであった。

 次の日は後片付けと休養で終わってしまった。オラディア公は残っているバンパイアハンター達から銀の弾丸を分捕り、聖水を全部庭にまいてしまった。
「こんなの効かねえよ。今度はもっと違うもん持ってこい」
 実際庭に撒いているときにオラディア公に少しかかったのだが、彼の着ている高価な服を濡らしただけであった。ハンター達の落胆ぶりときたら、見ているキール・デリとザイナスが気の毒になったくらいである。銀の弾丸は「少しは金になるんじゃねえの」とのセリフとともにキール・デリに渡された。もはやすっかり眷属扱いであった。
「山は売らない。城は明け渡さない。分かったな。よく雇い主に伝えとけ」
 ハンター達はがっかりしながら山を降りていった。二人のヴァイオリン弾きという予想外の協力者がいたとは言え、十人もいて勝てなかったのだから当たり前である。もっともがっかりで済んだのだから、幸運と言ってよかったかもしれない。場合によっては皆殺しにされてもおかしくはない状態であった。
 山を降りる時に、ハンターの一人がキール・デリに聞いた。
「人間なのに、なぜあの吸血鬼に協力する」
 対する彼の答えはこうであった。
「俺、人間じゃないんだよ。あいつとも違うけど」
 ハンターはキール・デリのシャツの下に、チェーンに下がったプレートを見つけた。「試作品・#5」の表記に、ハンターは彼の出自を知った。
「亜人種だ。扱いきれないんで放り出された。あいつは殺されかけた。同じだよ。同じなんだ」
 何がいけないんだ、とキール・デリはハンターに言った。
「勝手にちょっかいを出してきて、勝手に扱おうとする。言うことをきかなければ化け物扱い、どうにも抑えられなければ処分だ。そんな目にあったことがあるかい」
 オラディア公が門前で話しているキール・デリに、中庭から声をかけてきた。
「半人、くっちゃべってないでビール取ってこい」
「後でいいだろうよ」
 その返事に少し不機嫌になったらしい。口調がきつくなった。
「今だ」 
「ちっ」
 キール・デリは仕方なく城内に戻った。残ったバンパイアハンターはオラディア公のことをじっと見た。
「何だ」
「……いいや」
 そして山を降りていった。

 五日目の昼過ぎに、ザイナスのマネージャーがやってきた。来るなりマネージャーはこう言った。
「下の町が大騒ぎなんだが、何かあったのかい」
「特に何もねえよ」
 そらとぼけてオラディア公は答えた。キール・デリはザイナスの荷物を中庭に引っ張り出しながら、マネージャーに聞いた。
「大騒ぎって、どうしたんだ」
 マネージャーはしかめ面で答えた。
「この山に悪霊が出たって、派手な格好の祈祷師が道でわめいているんだ。あの、山を走る道路の計画は白紙にするべきだってね。魔封じができないならば無理だと。なんだまあ、どこかいかれてるんだろうが」
「ふーん」
 オラディア公はそう言っただけであった。そこへザイナスが楽器を二つ持って城から出てきた。オラディア公にそれを見せる。
「それか。いいぞ」
 嬉々としてザイナスはその楽器をマネージャーに渡した。マネージャーは雑多な荷物を受け取りながら話を続けた。
「他にも山頂の地主がうんと言わないらしいな。なんだかこの計画は頓挫しそうな感じだが、君はこのままでいいのかい」
「別に」
 もったいない、とマネージャーはだだっ広い敷地を見回した。
「上に道が走ればここも重機が入るぞ。今は整備は全部手だろう。奥に広いグラウンドがあるが、あの草刈りだって機械でできる。大型重機が入ればあっという間だ。手でやったみたいだが、えらい大変だったろうに」
 マネージャーは奥に見える、中途半端に草が刈られた練兵場のほうを向いて言った。オラディア公が聞き返す。
「マネージャーさん、本当か、それ」
「ああ。半日あればすっかりきれいになるぞ。ちゃんと指示してあれば君は見ているだけでいい。刈った草だって廃棄を頼んであれば持って帰ってくれる。道が整備されていればな」
 オラディア公は思わず言ってしまった。
「道、あったほうがいいのかなあ」
 それが聞こえたキール・デリとザイナスはあきれてしまった。なんたることであろうか。おとといの苦労を無にするような言葉であった。
「簡単にひよるんじゃねえよ。ここ、町から預かったんだろ」
「公、この前すごくかっこいいこと言いましたよね」
「あっ、まあ、いいじゃねえかよ」
 珍しく弱気な表情であった。マネージャーはその様子を見ていたが、大量の荷物と楽器を抱えるとザイナスのほうに向き直った。
「ザイナスさん、そろそろ失礼しましょう。明日から忙しくなりますよ」
「そうだな。もう行こう」
 ザイナスがオラディア公に一礼する。
「山頂の地主ってのは君だったのか」
 マネージャーが去り際に言った。
「不便でもなんでも、居心地がいいのが一番かもしれないな。ここは先祖代々の土地なんだろう。手放したくないのはよく分かる」
 ふん、とオラディア公は言っただけだった。
「ところで」
 マネージャーは言った。
「この城、吸血鬼伝説があるそうだが、君の先祖の話か」
「そんなところだ」
 マネージャーは思わず彼の顔を見つめた。
 その顔は下で祈祷師がばら撒いていたビラに載っていた、肖像画の写真にそっくりであった。いくら血が繋がっているとはいえ、よく似すぎている。彼の雇い主のザイナスは、自分より年下のこの若者を公と呼び、敬語を使う。マネージャーは最初、ザイナスは今は飾りにしか過ぎないその爵位に対して、上流階級の人間として敬意を払っているのだと思っていたが、どうもそれだけではなさそうだった。一方のキール・デリは敬語でもなく態度もそれなりだったが、その相手になにがしかの畏怖と尊敬を持っているようにも見えた。
「まさか、な」
 そんな疑念が沸き上がったが、マネージャーは頭を振り、ばかげた気分を追い払った。同時にあの時に感じた恐怖も思い出したが、それも振り払い、ザイナスとともに山を降りていった。
 二人が去ったのちに、彼はキール・デリに言った。
「半人、お前はいつ帰る」
「明日帰るよ。まだ片付けが終わってない。大ホールがひどいことになってる」 
「後でいい」 
 ザイナスを見送った後姿が退屈そうであった。確かにこんな山の中ではろくにすることもあるまい。久しぶりに人間どもをかまって面白かったのだろう。
「ビール取ってきてやろうか」
 オラディア公は門前から振り向いて彼を見た。さっきまでの寂しげな空気は微塵もない。まったくいつもと変わらぬ表情であった。
「ケースで持ってこい」
 なんとなくおかしくなって、キール・デリは笑いをかみ殺しながら彼の自室まで、缶ビールのダンボールを取りに行った。

  

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