インターミッション 悶着 〜古都フェヌグリーク〜

 そんなこんなでキール・デリはヴァイオリン一つをぶらさげて、シャトーブリューンフィルのある古都、フェヌグリークにやってきたわけだが、乗り合いバスから降りて指定された場所に着いたとたん、彼はとんでもないものを目にすることになる。
「……なんだよ、ここ」
 町の真ん中にはおそろしく立派な楽団員会館がそびえていた。キール・デリは入口を探して建物の周辺をうろうろし、やっとバス停のまん前にある巨大な階段に気づいた。あまりの階段の長さに右脇にちょこんとエスカレーターがしつらえてあったが、彼は挑戦的なその階段を、じっくりと歩いて登ることにした。
 外壁はなめらかな黒の石造り、同じく石の階段を上がった先にある正面玄関にいたっては、一時に何百人でも入れそうなばかでかさである。重量感のある強化ガラスの扉を押し開け、さらにその先にある、ごてごてと彫像やら何やらが飾られているホールを突っ切り、数十階分を一気に駆け上がる高速エレベータに飛び乗って、やっと彼は最終目的地であるオーケストラ事務局にたどり着いた。
「今日、入団試験をするから来るように言われたんですけど」
 受付の中年女性は無表情に、手元にある帳簿を繰った。
「お名前は」
「キール・デリです」
 女性は何か簡単に帳簿に書き込むと、彼に一枚の紙切れを渡した。それには彼の名前と試験科目が書いてあり、三十六番とナンバーが振られてあった。
「十五階の小講堂に行って下さい」
 なんともそっけない扱いであるが、そこは仕方あるまい。彼は礼を言い、またあの高速エレベータに乗るために受付を去ろうとした。
「ちょっとあなた」
 後ろを向いた彼を、受付の女性が呼び止めた。
「上着はないの?」
 言われてキール・デリは、自分の格好を改めて確認した。今日着ているのはかっちりとしたシャツに濃青のボトムである。ひどいなりではないと思ってはいたのだが、どうもいけないらしかった。
「これじゃまずいですか」
 受付の女性が眉をひそめる。
「まずいって……スーツで来るように言われなかった?」
「スーツ持ってないんで、これで来ました」
 女性はため息をついた。彼がネクタイも持っていないことを確認すると、彼女は机の引き出しを開けて、地味な色のネクタイを取り出した。
「後で返してね。あなたみたいな子が多くて困るのよ」
「どうもすみません」
 もう一度彼は丁寧に礼を言い、今度こそエレベータに向かって歩き出した。

 試験は布製の衝立で仕切られた向こう側で行われる。受験者の姿はシルエットしか見えないから、純粋に審査員達は音楽だけを聴いて判断する。キール・デリは手前の控え室で皮製のベンチに座って足をぶらぶらさせながら、自分の順番をぼんやりと待っていた。
 そんなことをしているのは彼ぐらいで、他の人間はみな必死である。課題曲のスコアを繰り返し見ている者もいれば、何やら口の中でぶつぶつ言っている者がいる。そうかと思えば緊張のあまり宙の一点をにらみつけて微動だにしない者もいて、どうにもこうにも彼には居心地の悪い感じであった。
「どこからきたの」
 キール・デリはその中でも幾分ましな感じの、二十代前半と見られる男に話しかけた。その男はケースを開けて自分の楽器をせっせと手入れしており、美しい彫刻を施された糸巻が彼の目をひいた。
「君は?」
 けげんそうな顔をして、相手は彼のことを見た。
「俺はキール・デリ。カプシカムから来たんだ」
「カプシカム?」
 相手はますますけげんな顔になった。それには構わず、キール・デリはさっきから気になっていたことを口にした。
「すげえヴァイオリンだなあ。見せてもらっていい?」
 ぶしつけにそばまで寄ってきた彼に、相手の男はつっけんどんに言った。
「さわるな」
「いいじゃん。弓はどんなの使ってんだよ」
 そこに出しっぱなしになっている黒っぽい木製の弓を、キール・デリは手に取った。
「触るなって言ってんだろ!」
 ものすごい勢いで怒られ、彼は手にした弓を取り上げられた。同時に周囲の注目をすべて集めてしまい、赤恥をかくことともなった。
「悪かったよ。ごめん」
 へこたれないというか何と言うか、彼は一応おとなしく謝り、ちんまりと隣に座り込んでしまった。これにはさすがに相手もあきれたと見え、手元を覗き込むキール・デリには何も言わず、黙々と作業を続けていた。
「カプシカムに音楽学校なんかあったか」
 しばらく沈黙が続いた後、相手の男が言った。無視を決め込むつもりだったが気が変わったという風情である。
「ないよ」
「どこ行ってたんだ」
「セイボリー音楽学校」
 しゃべりつつも、作業の手が止まることはない。
「名門じゃないか。今年の卒業生か」
「ううん。五年前に退学になった」
 男の手が止まった。楽器から顔を上げて、キール・デリのほうを見る。
「お前、年いくつだ」
「十七」
 その時、控え室のドアが開いて次の受験者が呼ばれた。
「二十五番。中に入りなさい」
「はい」
 男は楽器をきちんとケースに収めると、立ち上がって部屋を出て行った。見送る受験者の間から、かすかにざわめきが漏れる。ただでさえ張り詰めた室内の空気が、もう一段、トーンが上がっていった。

 試験科目は課題曲が一、選曲自由が二、計三曲で行われる。結果は即日発表され、落ちた者はすぐさまその場を離れなくてはならない。今回のヴァイオリン奏者募集の枠は一名だったが、名前を呼ばれたのは二名だった。
「二十五番、ザイナス・カミング。それから三十六番、キール・デリ。以上の二名は残るように。他の者は帰ってよい」
 そこにいた全員から疑問の声が上がった。なぜ二名なのかという問いに対して、オーケストラの担当者はこう説明した。
「すでにソリストとして各地で活躍しているザイナス君はもちろん、まだ無名のキール君も将来有望な若者だ。我々は両名ともに、このシャトーブリューン・フィルに必要だと判断した」
 これは異例のことである。受験者達は二人の合格者をじろじろ眺め、ザイナスには敬意を払い、キール・デリのほうには納得の行かない視線を送ってよこした。
「では二人とも奥の部屋に来るように」
 キール・デリは場慣れして、落ち着き払った様子のザイナスの後をついていった。すぐ後ろで受験者の一人が、彼のことを悪しざまに言うのが聞こえてきた。

 晴れてシャトーブリューン・フィルの一員となったキール・デリだったが、どうやらザイナスとはずいぶんと扱いが違うことを、だんだんと思い知らされるようになった。後日知らされた試験の結果によれば、ザイナスに比べれば技術点は低いもののさほど差はなかった。しかし人間的な重みというか、そういう部分が決定的に違うのである。
 その日、キール・デリは楽団員会館のてっぺんにあるカフェテリアにいた。下界の見下ろせる窓際の席に陣取り、上機嫌で雑誌をぺらぺらとめくりながら、アイスコーヒーをすすっていた。
 そこへザイナスがやってきた。別に約束があったわけではない。用事が済んだのでコーヒーでも飲んで帰ろうと思ったのである。彼はキール・デリを見つけると声をかけ、空いている向かいの席に座った。それから窓の外を見下ろしてひゃあ、と声を上げた。
 ウェイトレスが注文を取りにくる。ザイナスは暖かいコーヒーを頼み、キール・デリはサンドイッチの追加をした。
「こんな窓際でおっかなくないのか」
 聞かれてキール・デリはこう答えた。
「別に。五十階くらいだし、そんなに高くもないよ。俺、高いところ好きなんだ」
 猫とナントカというたとえがあるが、この場合はナントカのほうであろう。ザイナスはこわごわと外を眺めてからキール・デリに目をやり、彼がいつも抱えている楽器がないことに気がついた。
「ヴァイオリンはどうした」
「壊れた」
 あっさりとキール・デリは言った。ザイナスが顔をしかめる。
「壊れた?」
「うん。だから新しいのを買おうと思ってさ」
 ザイナスはここで、キール・デリが持っている雑誌が楽器のカタログであることに気がついた。それも大手メーカーの量販品がメインのものだ。しかも表紙には「入門楽器特集」などという文字がついている。
「どれを買う気なんだ」
「これ」
 彼が広げたページに載っているのは、そのカタログではまあまあの値段がついているものだった。つまりシャトーブリューンの他の団員達のものと比べると、かなりランクの落ちる楽器だったのである。
「そんなの買うな」
「なんで」
 ここでザイナスはあきれかえってしまった。シャトーブリューン・フィルの厳しい入団試験を突破した人間の楽器が、そんなものであっていいはずがない。
「だって楽器がなくちゃ話にならないだろ。俺、あれ一個しかヴァイオリン持ってないし」
「替えはないのか」
「ない。ここまでの旅費と試験費用が足りなくて売っちゃった」
 さらにザイナスはあきれてしまった。
「そんなに金がなくてよくここの試験を受ける気になったな。落ちたらどうするつもりだったんだ」
 素通しのガラスから賑やかな下の通りを見下ろし、けろりとキール・デリは言った。
「そこの飲み屋で雇ってもらおうと思ってた。金がたまったらまた試験を受けようと思って」
 なるほど確かにキール・デリが指差した先には、『従業員募集』の張り紙をした小さなバーがあった。『住み込み可』ともあったから、試験に落ちた場合、再チャレンジするにはうってつけである。
「でも楽器が壊れるかもしれないとは考えてなかったよ。試験に通ったからいいけど、落ちてたら悲惨だったなあ。こんな高い楽器、俺そんな簡単に買えないよ」
「そうか?」
「うん」
 キール・デリが買おうとしたヴァイオリンは、ザイナスや他の団員にとっては通常使っているものの半値以下の楽器だった。彼はそれを高いというのである。
「こんなんじゃ使い物にならないぞ」
「なんで? ちゃんと音も出るし部品も揃ってる。新品だよ」
 不思議そうにキール・デリは尋ねる。
「これだって壊れたやつよりずっといいはずなんだ。今まで使ってたのは貰ったやつと中古で買ったやつだったから、キズとか落書きがあって嫌だったんだよ」
「落書き?」
 あまりのことにザイナスは思わず聞き返してしまった。
「そう。マジックで横板にヘタクソな犬の絵がかいてあってさあ。どうせ弾く時は見えないし安かったから買ったけど」
「……とにかく、もっといいのを買え」
 ザイナスは話を聞いているうちに、なにやらぐったりとした気分になってしまった。ウェイトレスがコーヒーとサンドイッチを運んでくる。彼はサンドイッチをぱくつくキール・デリに言った。
「カターニャ社のはどうだ。ちょっと値は張るがいい音だぞ」
「そんな超一流ブランド買えるわけないじゃん」
「オザワ工房のは? まるくて甘い音だ。好みにあうんじゃないか」
「しらない」
「デッセンバーラインは? 少し堅いが丈夫だし低音が映える。ステージでもそれなりに使えるぞ」
「そんなの見たことない」
「ヴィオルミューズは? 量販メーカーだが限定モデルなら遜色ない。このランクだったらかなり安いはずだ」
「ふーん」
 そしてサンドイッチを食べ終わったキール・デリは、ザイナスの言葉に対してこう感想を述べたのだった。
「ヴァイオリンメーカーってずいぶんたくさんあるんだな。知らなかったよ」
 事ここにいたってザイナスは、キール・デリが音楽を学ぶ上でひどい環境にいたことに思い当たった。彼はそこにあるカタログをぺらぺらめくりながらさらに言ったのだ。
「俺んちのまわり、楽器屋はここの店しかなかったもん。試験会場でいろんなヴァイオリンがあるのを見てびっくりした。あんたのが一番すごかったけどね」
 ため息とともにザイナスはコーヒーをすすった。キール・デリが試験を受けた時に、その音を聴いたオーケストラの幹部が騒いだのも無理はない。実際のところザイナスは、最初、同期のキール・デリの存在をかなりうとましく思っていたのだ。
「むちゃくちゃだな、おまえ」
「何がさ」
 本当の天才というのはこういう存在を言うのかもしれないとザイナスは思った。自分はたまたま裕福な家庭に生まれて、整った環境にあったに過ぎない。才能はあったかもしれないが、それでも自らの存在が環境をしのぐほどのパワーはなかった。
「これから少し時間はあるか」
 キール・デリはきょとんとした顔をした。
「楽器を買うのにつきあってやるよ。ものの見分けもつかないんじゃ駄目だ。金がないならなおさらきちんと勉強したほうがいい。そんなんじゃここでやっていけないぞ」
 キール・デリはザイナスの顔をまっすぐに見て、素直にこう言った。
「そうか。そうだな」
 その様子にザイナスはふと予感のようなものを感じた。
(化けるぞ、こいつ)
 しかしそれは言わず、ザイナスは黙って伝票を持って立ち上がった。後ろからキール・デリがついてくる。
「いくらだよ」
「いい。面倒だ」
 そのままレジを済ませ、二人はカフェテリアを出た。ザイナス・カミングとキール・デリ、シャトーブリューン・フィル・ハーモニーにおいてツイン・ビオローニと呼ばれた、華やかな時代の幕開けである。

 しかしその時代は長くは続かない。あれ以来、なにくれとなく面倒をみてくれたザイナスが事情によりオーケストラを去ると、キール・デリはまた自らの出生における偏見とぶつかることになる。シャトーブリューン・フィルは創立より頑固なある種の純血主義を貫いており、幼少時代に彼が遭遇したものとはまた違う偏見が、キール・デリを騒動の渦中に追いやった。
 そのきっかけは彼が首に提げていた一枚のプレートにある。特に秘密にしていたわけではなかったが、彼はそのことを誰にも言わなかった。ザイナスすらも後にキール・デリがオーケストラを出ていった理由を聞き、初めてそのことを知ったくらいだ。
 プレート持ちは改変された人工的な亜人種だ。こういった者達はたいがい工場や研究施設でつくられるのだが、ヒト遺伝子がその遺伝子情報のほとんどを占める、または人間とまったく変わらない姿形であっても人とは認められていない。工場や企業の責任者が、彼らが市民権を得られない範囲の中で遺伝子情報の操作を行うからだ。
 こうやってつくられた者達は増やされ、ごく限られた層に使役品として流通している。有名どころでは単純肉体労働用としてつくられたマン・ダミーがあげられるだろう。初期の頃、まだ改良が入る前には、彼らとは会話もあやういと言われていた。後期にはだいぶましになったものの、それも政府通達による亜人種の規格が変わったからである。
 他には後に「フィンチ」とひとくくりにされる、もともとは観賞用だった翼人種達がある。彼らは努力により自立を果たしたが、初期の頃はひどい蔑視の中で種を存続させねばならなかった。
 つまりはキール・デリも当時、純血主義に凝り固まったシャトーブリューン・フィルの連中から、こういった人種と同じとみなされた。使役品としての人造種を購入する層と、シャトーブリューン・フィル・ハーモニーを構成する大多数が重なっていたことも災いした。
 人造種に音楽が解せるとは思えない。またそっち方面の遺伝子が混入されていたならば、キール・デリは『そのための』存在であり、アンフェアであろう。そしてやはり『人として』音楽が理解できているとは思えない。
 排斥派の意見はこのようなものであった。
 逆にこのプレートさえなければ、キール・デリは天涯孤独の天才ヴァイオリニストとして、この時期からたくさんのメディアに登場したはずだ。
 しかし人工物ではないかという疑問が、彼を栄光の地から追いやった。少なくともシャトーブリューン・フィルでは受け入れられなかった。彼は小鳥達の同類ではないかと疑われたのである。


 ――才能は認めよう。しかし、君の下げているそのプレートには納得しかねる。君は自分が翼のないフィンチではないかと考えたことはないのかね。我々はその疑いを捨てきれないのだよ。
 ――お言葉ですが、俺……いや、わたくしはそれほどの美男子でしょうか。そうであるなら今ごろこんなところで、男に囲まれて吊るし上げを食っていることはないはずです。

 彼は楽団員会館の会議室でこう質問に答えた。彼を告発したピアニストはおろか主宰、理事長、書記担当者すらも青くなり、それからそこにいた全員が赤くなった。

 ――君は我々を侮辱するのかね。

 やっとのことで主宰の老人が口を開いた。キール・デリのほうは涼しい顔である。

 ――いいえ、全然そんなつもりはありません。ただ自分はまぎれもなく人間であり、歌うために作られた人工的な種とは違うと言いたかっただけです。確かに両親はおりませんし、おかしなプレートも付いています。しかしそれは、わたくしの選んだ職業とは無関係です。
 ――嘘をつけ。ならどうして審査の時にそのプレートのことを黙っていたんだ。人間じゃなければ早くここを出て行け。目障りだ。

 これは告発したピアニストだ。さすがにキール・デリも頭に来てこう言った。

 ――関係ないと思っていたからだ。お前こそ影で何をやってる。
 ――なんだと。

 ピアニストが気色ばんだ。

 ――この前のコンクールであんたが審査員全員に金包みを配ったことを、俺はよく知ってるよ。いくらやったんだ、五百か、一千万か。まあそれにしても優勝だったからな、おめでとさん。俺はそんなことしなくても勝てるけどな。

 ピアニストの顔が青ざめた。もっともそれはいわずもがなのことであり、彼はこの一言を付け足したがためにオーケストラを追い出されてしまった。

 ――明白でないことで他人を攻撃するのはいいことではない。

 理事長のこの発言でピアニストは救われたような面持ちになった。なぜならこのピアニストはくだんのコンクールに推薦してもらうために、理事長にはまた別口で金を配ったからである。

 ――それだけの自信があれば、充分よそでもやっていけるだろう。我々は君の才能を素晴らしいと思うが、和を乱す者はよしとしない。

 それに、と理事長は続けて言った。

 ――君は自分のことを生きた蓄音機でないと証明できるまで、我々は君をこのシャトーブリューン・フィルに迎え入れることはできない。残念だが他を当たってくれたまえ。

 最初から理事長はそのつもりでいたのである。いくら彼に才能があっても、このオーケストラの名声と一介のヴァイオリニストを天秤にかけるつもりはなかった、。主宰の老人は残念そうだったが、彼を引き止めることはなかった。両名ともたっぷりと鼻薬を嗅がされていたのだろう。
 結局キール・デリはシャトーブリューン・フィルでの足の引っ張り合いに負けたのである。よくあることだったが、彼の場合は首に下げたプレートが騒ぎを大きくした。
「おとなしくしときゃよかったのに」
「半端者が生意気を言うからだよ」
 生来の彼の性格も、ことを大きくするのに一役買った。会議室を出るときに聞こえてきた仲間達の言葉に、彼はこう皮肉った。
「人間にしかなれないなんて、君たちは不幸だね」
「キール・デリ!」
 彼は尋問中もずっと離さないでいた大事なヴァイオリンを肩に担ぎ、その場に居合わせた者に手を振った。
「俺はキール・デリだ」
 そうしてひゅうと口笛を吹き、悠々と出口に向かって歩き出した。
「だからあんたたちとは違うんだよ。じゃあな」
 こんな捨て台詞を残して、彼はシャトーブリューン・フィル・ハーモニーの、楽団員会館の正面玄関から胸を張って出ていった。

 

   

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