ウルタールからの半月ばかり過ぎたところに

〜四・炎上する車輪〜

 炎を吹き上げ、巨大な車輪が夜空を横切っていく。その光量は星々を圧倒し、たおやかな月を霞ませる。何かの予兆を感じさせて、荒々しくも不吉な車輪が、空いっぱいに燃え上がる。
 神々の降臨だと古人は言う。だが、あれが神になど見えようか。ゆっくりと回転するそれは、地獄の使者のように見える。まがまがしい出来事を運び、それを地上にぶちまける荷車だ。恐怖をそそり、凶事を警告する信号だ。
 私はその車輪に語りかける。自分の信じるものの全てを賭けて、どこか遠くに行ってくれるように頼む。車輪はせせら笑い、私の懇願を無視する。
「汝は我の存在を如何に思う」
車輪は言う。私にそう問いかける。必死のおももちで私は答える。
「私は不幸は見たくありません。どうかその両手一杯の災厄を、どこか遠くの地に運び去って下さい。私達はそのような贈り物を受け取りたくないのです。あなたが神ならば、どうか私の願いを聞き届けて下さい」
 顔もないのに、炎上する車輪が笑ったことが私には分かる。悪意ある嘲笑をこちらに振り向け、荷台を傾けてもろもろの災いを頭上から撒き散らす。ありとあらゆる悪霊がそこから飛び出し、我々の体と心に取りつき、蝕んでいく。
「おやめ下さい。私はこんな状態は望んでおりません。悪霊どもを追い払い、安らかな夜をお与え下さい」
 さらに車輪の嘲笑は大きくなる。かっと目を見開き、ゴルゴンのように私を睨み据える。
「汝はまだ我の問いに答えておらぬ。我の存在とは何ぞや」
 そんなことが私に分かろうはずもない。しかし答えなくてはならない。冷や汗を流しながら、私は声を絞り出す。
「私はあなたをよきものだと信じております。どうか我々を諸悪からお救いください。豊かで穏やかな実りと、健やかで快活な日々を我々は望んでおります」
 哄笑が響く。空いっぱいに、張りさけんばかりに車輪の笑い声がこだましていく。
「我をよきものと言うか」
「はい」
「救済を望むと言うか」
「その通りです」
 私は試される。忠誠を誓えと言われ、苦行をせよと命じられる。施しを行い、丸裸になれと強制される。どれも私にはできない。うつむき、私はその言葉が私のすぐ隣を通り過ぎていくのを待つ。すべての言葉に首を横に振りつづける私に、車輪はあきれたように言う。
「愚か者は救えぬ。それでも救済されたいと望むとは。なぜ、我に帰依できぬ」
 絶望の苦い味を、私はじっくりと噛み締める。何が神なものか。こんなものに頼ろうとは私が浅はかだったのだ。怒りがこみ上げ、私は顔を上げて、赤く燃えながら回転しつづける車輪を怒鳴りつける。
「お前などいらぬ。歓迎されない荷物を持って、とっとと地獄に引き上げるがいい。私はお前の下僕ではないのだ」
 ゆらり、と車輪を包む炎が揺らめく。愚か者が、と車輪が笑う。そうして次第に輪郭がぼやけ、消えていく。
 差し出された手を私ははたき返した。それは罪かも知れないが、罰は死んでから受ければよい。現在の私には関係のないことだ。

 

  

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