ウルタールからの半月ばかり過ぎたところに

〜五・吸血鬼幻想〜

 誇り高い瞳をした若者が、かたわらの青年を引き寄せる。引き寄せられた方の青年は疲れていて、青ざめた表情をしている。すぐによくなる、と燃えるような瞳をした若者は、まるで医者と変わらぬ声で、慈愛をこめて彼にささやく。彼らは互いにこれから何が起きるのかを知っており、あえてそれを受け入れようとしている。
 現実に疲れた者を追い返すほど、この夜の住人は無慈悲ではない。神々が現実に適応できない者をつっぱねるような、そんな真似はいっさいしない。彼はいつも来る者を拒むことなく、暖かく迎え入れてきた。そして実際に、薄闇の中にしか見えないような、そんなものもあるのだ。
 彼はこの薄闇の中の王として振舞ってきた。たった一人で自らの王国を統治し、異形の者たちを使役して、その支配をあまねく行き渡らせた。死の入口で苦しむ者を見取り、眠れぬ者に安らかな夜を与えた。夜は彼に属する。造作もないことであり、薄闇の王は、人々の望むものを苦もなく与えることができた。
 そこへあの青年がやって来た。どうしようもなく倦み疲れ、絶望の淵に立った青年を彼は見つける。この青年は夜に身を投じようとした。そこを彼が押し留めた。すぐによくなる、と彼は青年にささやきかける。
「どうやって? どうやって自分を救おうと?」
 生半可な方法では無理なことを彼は悟る。今までのやり方では駄目だ。青年が欲しているのは支配ではなかった。
「では……こうしよう」
 方法はいくつもない。ひとつは相手を追い返してしまうこと。だが彼はそれができるほど傲慢ではなかった。悩んだ末、もうひとつの方法を彼は選ぶ。共に滅ぶことだ。
 神々なら、愚かだと彼のことを笑うかもしれない。だが私には笑うことはできない。若者もこの際限ない闇に疲れている。慰めが欲しいのはどちらも同じだ。相手のためにではなく、はじめて自分のために若者は行動する。
 動いていく現実と動かぬ夢幻、どちらが確実なものなのか、彼は青年に問い掛ける。自棄を起こした青年はこう答える。
「現実など必要ない。なぜ死なせてくれないのか」
期待通りの答えを得て、若者は青年にもう一度ささやきかける。ここにいろ、ここにはすべてがある、と。

 やがて青年は、彼の腕の中で生き返る。先ほどとは打ってかわって、生気に満ち溢れた表情と、挑戦的な瞳が青年の顔をおおう。誇り高い若者の隣に身を寄せ、同等の存在としてこの闇に君臨する。
 愛情はすぐさま呪縛に変わってゆく。彼らがその轍を踏まないように私は祈る。

 

  

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