ウルタールからの半月ばかり過ぎたところに

〜六・砂漠を渡る帆船〜

 どこまでも続く赤い砂の上を、金色の船が滑ってゆく。夕映えの赤と砂の赤、それが混じり合い、薄紫色の空に映えて、不確かな、しかし力強い風景を作り出す。
 この小さな帆船はどこにでも行ける。彼女は心のままに舵を操り、星座を読む。コンパスを合わせ、その道標に沿って何もない空間を切り裂いていく。後に残る軌跡がその過程を物語り、これまでにかかった旅の時間を計る。
 ずいぶんと遠くまで来た。道連れもなく、空はいまだに不透明であり、行く手には砂嵐が吹き抜ける。ひとり、本当にひとりだ。その意味を彼女ははっきりと噛み締める。いでたちはは逃げ出した時のままの、膨らませたスカートとコルセットのきついドレスだ。髪は女らしく、長くやわらかく巻かれている。
 彼女の服装はこの不思議な風景には良く似合っているが、実用性にはほど遠い。このドレスでは操帆はできない。きれいにととのえられた巻毛は、吹きすさぶ強風であっという間に台無しになる。
 それでも、金鎖のついた籠に閉じ込められているよりはよっぽどいい。彼女は自分を縛る様々なものから、自分の意思で逃げ出してきた。女らしくあろうとして無理を重ねる自分に終止符を打った。それはほめられてよい。
 しかし、彼女の意識は行動の大胆さに比べて、まだ少しぐらついているように見える。以前に作られたイメージに安住し、隙があればそこに舞い戻ろうとしているようだ。砂糖のたくさん入ったケーキを焼き、恋人に甘えかかる歌を歌い、仕切られた小さな円の中で日々を過ごす。そんな生活を彼女は続け、それをよしとした。あの懐かしく、型に嵌ってどこにも後ろめたさのない日々を、彼女は一生、忘れることはないだろう。なんて素晴らしく、無意味な日々だっただろうか。
 ほんの好奇心から小さな帆船を盗み出した時、彼女にはその罪の大きさが分かっていなかった。たかが船ひとつで、これほどの罪状に問われるとは思ってもみなかったのだ。
 そして出航してしまってから、はじめて自分が何を望んでいるかに気がついた。はるか彼方を見ること、探求をすること、それらは彼女には許されないことだった。だから彼女は安全で小さな世界から逃げ出した。
 その代わり、なくしたものも大きかった。恋人は去り、今まで信じてきた規範は崩れ、彼女が愛してきた穏やかな日々は死に絶えた。だが、もう後戻りはできない。彼女は彼女自身であるしかないのだ。それがこの旅を続ける資格でもある。
 ある日、彼女は長い髪を切るだろう。窮屈なコルセットのついたドレスを脱ぎ捨て、歩けない靴を放り出す。豊かな腰と胸を半袖のシャツに包み、日に焼けた腕で力強く舵を取る。
 新しい女らしさを彼女は手に入れる。そうして砂漠を渡る旅は続けられていく。

 

  

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