ウルタールからの半月ばかり過ぎたところに

〜七・銀雨散糸〜

 世界など滅んでしまえばいい。私はずっとそう思ってきた。しかし実際に滅びに出会って見ると、自分の覚悟のなさをまざまざと思い知らされる。
 冷たい雨が、全てを洗い流していく。空は黒く重く垂れ込め、地には燐光が瞬く。瓦礫の上にはたくさんの甲虫が這い廻り、腐肉を求めて暗がりへと入っていく。まだ生きているにも関わらず、昆虫の強靭な顎がわずかな生者を噛み砕く。
 虫達ももうじき死に絶える。彼らが好む死者の体には猛毒が含まれているからだ。数世代もかけて、人々は自分の体に毒を蓄えた。それはまず自らを襲い、ついで周囲の生き物達をも巻き込んだ。この星に未来はない。そう思わせるのに充分な愚行だったと言える。
 空気も、水も、大地もじっとりと毒を含んでいる。恵みを与えるはずの太陽はいつか、人々を焼き殺す熱源へと変わった。人々の体は取り込んだ毒と太陽によって変化していく。肉腫と皮膚病と先天的な異常、それらは人体が毒に耐えるために作り出した、新しい、醜い器官でもあった。どこへ逃げよう、人々はそう算段する。しかし、どこにも逃げ場所は見つからない。選択肢はただ滅んで行くのみだ。
 高層ビルが音もなく倒壊する。酸性雨のせいだろう。強酸が土台の鉄骨を腐食する。いや、もっと悪いものが降っているのかもしれない。見上げる私の前で、ふたつ、みっつと都市部の中枢であった建物が、いくつもいくつも崩れ、なくなっていく。夢のあとだ。だが、誰の見た夢だろう。
 これは私の望んだ風景だっただろうか。不意に私は、目の前の光景に恐怖する。こんなものは欲しくはない。気がつけば全身が雨に濡れている。さっきから、やすりをかけられるような痛みが体を覆っているのはそのせいだ。雨が目に入り、その鋭い痛さに私は目を閉じる。耳元で雨が滅びの歌を歌う。
 大地が歌に応えた。新しい者がやってくるためには、一度すべてを真っ白にしなくてはならない。この、人々の起こした変化は確かによいものではなかった。それなら、と大地は考える。
 新しい子供を作らねばならない。毒を滋養にし、世界を浄化できる者を作らねばならぬ。その種族は先人の智恵に感謝し、ユートピアに住むことになるだろう。彼らはこの毒の中で産まれた者だ。毒はマナであり、無尽蔵にあるものである。彼らは毒を消化し、大地の母に感謝する。そうしてまた毒がなくなったときに、悪あがきをしながらいなくなる。
 我々は滅ぶのだ。次なる者のために。大地の母の御心のままに。

 

  

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