ウルタールからの半月ばかり過ぎたところに

〜終・夢のはじまり〜

 ウルタールの村を抜けて、大きな森の中に入る。弦のない琴を抱え、私は冷たい水の湧き続ける、小さな泉のほとりに座る。
 泉の中を覗き込むと、丸い、大小の石がゆらゆらと持ち上がり、また沈んでいく。少しだけ頭を水面から出し、一瞬、月光に照らされてまた水中に潜る。
 人はこれを涌き水の対流によるものだというが、私はそう思わない。彼らは魚のふりをしているのだ。銀鱗の代わりに緑色の苔を身にまとい、ほんの少し外界を見て、それで満足して水中に帰る。彼らが仰ぎ見るのは中天にかかった満月と、木々の切れ目から見えるまたたく星をちりばめた夜空と、梢を鳴らして吹き抜ける風の音だけだ。
 彼らはそれを大事に持ち帰り、深い水底で世界を作りなおす。自分達のいるこの場所と遠くに見えるあの場所、それを繋ぐ橋を手持ちの材料で作る。ここではないあの場所はどんなに素晴らしいか、彼らはその素晴らしさを語り合い、夢見ながら、こつこつと辛抱強い作業に取り組む。
 その橋を掛けて、遠くに見えるあの場所に行くのが彼らの望みだ。渡れそうになく脆くても、触った瞬間に落ちてしまっても、彼らはせっせと橋を作りつづける。水に乗って材料を集め、方法を工夫し、強くて美しい橋を掛けようと、いつ終わるのかも知れない努力を、この水の中で続けている。
 この泉に魚は住まない。水が冷たすぎるのだ。毒水なのを知っているから、鳥もここの水を飲まない。大小の丸い、夢見る石ころだけがこの泉の住人だ。苔むした彼らは、永劫に近い時間を水の中で過ごしている。
 彼らの夢がかなうのはいつになるのだろう。私は琴を取り上げて、彼らにその音楽を聞かせてやろうとする。いくらかの慰めになるように、その橋の材料の一つになるようにと、琴を泉の前に掲げる。
 弦がなくとも彼らには聞こえる。彼ら自身が弦となり、彼らの音楽を奏で始める。それは大地の深いところから湧いてくる、水の音でもある。それが聞こえてくると、私はほんの少しだけ安心するのだ。

 

あとがき

 

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